第7話 オレの生徒会夏バテ事件
「ただいまぁ。」
暗い玄関でそう叫んでも、思っていた通り誰も返してくれない。
やっぱそうなるかぁ。
まだ津姫、帰ってきてないんかし。
「今日も残業かよ。………って、オレが言えたことでもないけど。」
オレも残業したし、と呟きながら、靴を脱いで、自分の部屋に向かう。
スーツを脱いで、部屋着に着替えて、ハンガーラックの出っ張っている部分にカバンをかけて、リビングに戻った。
もうこんな時間だし、なんかあったらまずいから、一応津姫に電話するか?
そう思い、立ち上がってテーブルの上のスマホを手にとった。
すると。
「ただいまぁ!」
という明るい声が聞こえてきた。
オレはほっとしながら、玄関に向かう。
「おかえり、津姫。今日も残業だったのか?」
「う〜ん、まぁね。博人に説教されちゃった。」
「あぁ、博人くんかぁ。確かに、津姫のことすっごく心配してくれてるからな。」
「そうそう。高校の時とおんなじことやってるよ、って怒られちゃった。」
「あぁ。それで遅くなったのか。」
とオレが言うと、津姫が目線をそらした。
「え、まさか浮気でもして………」
「え?すると思ってんの?本当に言ってる、優斗?」
めっちゃガチな顔でキレられた。
「うそうそ。で、弟君の説教だけじゃないなら、ほかに何で遅くなったんだ?」
「え〜っとねぇ、」
と、少し気まずそうな顔をしてから、津姫が言った。
「実はね、博人が高校のことを持ち出したら懐かしくなって、遙ちゃんと電話しながら帰ってきたのよ。」
「遙ちゃん……?あ、東遙ちゃんか。思い出した思い出した。津姫の後の後の生徒会長さんだな。」
「そうそう!」
津姫が嬉しそうな顔をして、リビングに飛び込んだ。ジャケットを脱いでハンガーにかけ、ソファに倒れこんだ。
「何の話してたんだ?」
「えっとね、七夕祭りの話から夏祭りの話、それから螢を見る会の話。あと、東京あるある。」
「え、一番最後全然関係ないじゃん。」
オレが突っ込むと、津姫は笑った。
───高校の時から変わらない、聞いている者を楽しい気分にさせる笑い方だった。
「まぁね。でも、やっぱ高校時代はよかったわぁ。」
しみじみと、津姫が言う。
「螢を見る会といったらあれだな、オレが、タピオカつまんで勇者になったやつ。」
「そう、それ!大正解っ!やっぱ、あれが高校最後の夏いちばんの思い出?」
津姫がケタケタ笑い声をあげながら言うので、オレはしばし考え込んでから、言った。
「い〜やぁ〜?夏いちばんの思い出と言ったら、夏休み明けの始業式だわ。」
それから、冷蔵庫を覗いて、材料を確認。
今日は卵チャーハンかな?
「あ、あの生徒会夏バテ事件!」
津姫は体を起こして、ビシッとオレを指差してきた。
「あの雰囲気はやばいわぁ。私、生徒会長やってていちばん背筋凍ったかも。」
「マジで。オレも、副生徒会長人生一冷や汗かいたわ。」
「ま、原因作ったのは優斗だもんね。」
「まぁなぁ。」
オレたちが言う、“生徒会夏バテ事件”とは、夏休み明け初っ端の生徒会の行事で、生徒たちの気合い入れとして期待されていた始業式での事件だ。
けど、オレは前の日、スポーツアニメを見て夜更かししていたので、めっちゃ眠くて、朝からやる気がゼロだった。
んで、校長先生の話の前に、生徒全員で朝の挨拶をする、っていう、小学校でやったようなことをやらないといけなかったわけだな。
生徒会長は司会進行があったから、副会長のオレが校長先生の前に出て、「おはようございます!」と言って、そのあと、生徒たちも「おはようございます!」と言う、というような流れだった。
………のだが。
先ほど言ったように、オレは夜更かしをしていた。
スポーツアニメを見て、だ。
スポーツアニメというのは、「よろしくお願いしまっす、コーチ!」みたいな挨拶が定番というもので、オレの頭にはそんなような内容の言葉が染み付いていた。
ここまで言ったら、も〜う予想がついただろう。
そう、オレは。
オレは、校長先生の前に出ると、
「よろしくお願いします!コーチ!」
と叫んでいた。
あの時の冷たい空気は一生忘れられない。
ステージの端の方でマイクスタンドを前にして立っていた津姫は、どうフォローしたものかという顔をして固まっていた。
体育館の端に控えていた生徒会メンバーの方を見ると、全員がこの世の終わりという顔をして立っていた。
オレはどうしようもなくなって、できるだけ何もなかったように、
「おはようございます!」
と叫んでから、慌ててステージを降りた。
校長先生も、周りの先生もオレが降りてから一分近く固まっていたが、最初にその冷凍を溶いたのは津姫だった。
どうにか言葉を絞り出すようにして、
「そ、それでは校長先生、お話をお願いします。」
と言った。
その目には、生徒会長としてなんとかしなければ、という使命感の炎が燃えていた。
ほおはこのあと言われるであろう説教を想像しているのか、赤くなっていたけれど、でも唇をしっかり引き結んで、きちんと校長先生の方を見ていた。
校長先生はそれで我に返り、長い長いためにならない話を始めた。
───ずっと前からオレは津姫のことが好きだった。
けど、あの時、あの瞬間、あの目と、あの顔を見て、『アァ、やっぱり好きだ』と改めて思った。
んまぁ、そうやって惚気ていられるほど、現実は甘いものではなかった。
オレの間違いのせいで、ほかの生徒会メンバーもおかしくなってしまったのだ。
一番最初は新島一香。
校長先生の話が終わった後、新島は風紀委員会委員長として、みんなに気を引き締めろと言う注意をするつもりだった。
のだが。
「みなしゃん、おはようございまっしゅ。」
と、初っ端から噛み続け、それが引き金となって、話が終わる頃には計12回ほど噛んでいたと思う。
それから七山喜綺。
七山の場合、校長の話の内容を忘れていて、
「え、なんだっけ。」
と言ったのがマイクに拾われ、体育館に響き渡った。
失敗しなかったのは、津姫と冬園杏利だけ。
よく、二人は失敗しなかったなぁと説教後にはみんなで感心したものだ。
でも説教は連帯責任で全員が受けたけど。
まず担任。
「夏休み明け一番最初ではありますが、生徒たちの手本とならなければならない生徒会がこんなことでは………」
次に、生徒指導。
「夏休み明けでまだ夏休み気分が抜けきっていないのはわかりますが、気を引き締めて行ってもらわなければ困りますよ………」
最後に、校長先生から、
「言いたいことはわかりますね?生徒代表として、もう二度と、失敗しないように。」
と言う言葉と、ものすごい圧をいただいた。
さらにその後。
宿題提出の際、オレは読書感想文を忘れていることに気づき、先生に言わないといけないことになった。
しかも、忘れたのオレだけ。
朝の失敗もあり、オレは言うことを戸惑っていた。
オレが一人トボトボ言いに行って、先生に怒られていると、立ち上がる音がしたんだ。
「先生、私も忘れました。」
津姫だった。
先生はお気に入りの津姫をそんなに強く叱れないので、お説教が早く終わった。
だけど、オレは知っている。
あの日、津姫は完璧な読書感想文を書いてきていた。
それを引き出しの中に隠して、オレと一緒に叱られてくれたんだ。
そういうことができる津姫は、やっぱり素敵だと思った。
みんなからは、それも含めて“生徒会夏バテ事件”になっているけど、でも違う。
オレは、ちゃんとやってきた津姫も怒られたことが嫌だった。
でも………。
津姫の満足そうな顔を見て、それでもいっか、と思ったんだ。
確かに、津姫の言うように、やっぱり高校生活───生徒会は特に楽しかった。
津姫と毎日顔を合わせて、津姫の隣で、津姫の補佐をする。
その生活が、どれだけ充実していたことか。
今、オレは津姫と付き合って、一緒に暮らしているわけだけど、お互い仕事をしていて忙しいから、顔を合わせない日だってある。
辛いけど、それでもあんなにのびのびとした生活を送れたのは、高校時代が最後だったのではないだろうか。
まぁ、でも。
もう、過去に戻れないのだから、くよくよしていてもしょうがない。
今を、今この瞬間を、これから津姫と歩んでいく日々を、オレがどうやって過ごしていくかが重要なんだ。
「津姫、夜ご飯、チャーハンでいい?」
「もちろん!キムチたっぷりで!」
「はいはい。お前、本当辛いもの好きだよなぁ。」
「だって、辛いの美味しいじゃん。」
「オレ苦手だからなぁ。」
「じゃ今度、辛いもの専門店連れてってあげるわ。」
「辛いの苦手って言ったじゃん。」
「大丈夫大丈夫!どんなに辛くても食べられるメニューが多い店だもん!」
自信たっぷりに言い切る津姫を見て、オレは根負けした。
「わかった、じゃあ、次の休日に。」
「ヤッタァ!」
ガッツポーズをして、テレビをつけ始めた。
楽しそうに録画を見る津姫を見て、
「今もそんなに悪くない、か。」
と呟いた。
津姫が振り向いてくる。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない。」
オレはそう答えて、まな板と包丁を取り出した。
読んでくださってありがとうございます!
今回は初めての優斗視点でしたが、どうでしたか?
優斗はめっちゃ津姫を気遣うタイプの人です。
こんな彼氏が欲しい……(現在非リア)
まぁ、気を取り直しまして。
次は奏視点の話になります。
締め切りがぁっ!