第2話 私の校外学習 〜パン屋さんにて〜
「やっと終わった!」
誰もいないオフィスで、一人叫んだ。
同僚たちが次々退社していく中、私は仕事を片付けるために残業。
最後の方まで残っていた同い年の女の子も、
「お先に。」と言って、差し入れのサンドイッチをくれて帰っちゃった。
正直、めっちゃ疲れた。
今何時?
げ!21時半じゃん。
早く帰らなきゃ!
………あれ?
メールきてる。
誰から?
アプリを開くと、差出人は「池神博人」
弟だ。
なになに?
『姉さん、今どこ?』
返信しなきゃ。
『えぇっと、会社』っと。
すると、すぐに返事が返ってきた。
『会社?』
何を聞いてるのかな、この子は。
『そうだよ、会社。』
と送ると、またすぐに、返事が返ってきた。
がしかし。
『……会社?今、何時だっけ。』
あ。
やばい。
やらかした。
もう、私のばかっ!
そういえば最近、博人、私の残業が多い、さっさと帰れって怒ってたんだっけ。
どうしよう。
『ね、いま何時だっけ。』
もう一度、送られてくる。
めっちゃ怒ってんね、これ。
これは、素直に返した方が身のためかも。
『21時半です。』
『そうだよね、そうだよね。なんで会社にいんの?定時ってことば知ってる?』
怒りを表すスタンプとともに、説教が送られてきた。
『わかった、わかった、すぐ帰るって、もう終わったし。』
『姉さん、最近残業多すぎない?仕事とか問題とか、一人で溜め込みすぎじゃん?高校の時と同じことまたやってるよ?』
秒で返信が返ってきた。
『わかったから。明日はすぐ帰るから、もうお説教は勘弁して?』
『姉さんのために言ってるんだけど?』
だめだ、逆効果だったみたい。
スマホを手に持って、バックを担いだら、オフィスを出て、電気を消して、鍵を閉める。
鍵を管理人室に返してから、外で電話をかけた。
「プルルルルルルー、プルルルルルルー。」
ツーコールで出る。
「姉さん。」
確実に怒ってる。
声が怒ってる。
「メールでも言ったけど、最近残業しすぎじゃない?疲れて倒れたら困るんだよ!」
「大丈夫だって、私、体丈夫だから。」
「そういう問題じゃないの、分かってないの?」
正論で何もいえなくなる。
「だいたい、彼氏さんほっといていいの?」
「うぐ……よくない、けど、仕事に集中して、って言ってくれてるし。」
「本当は一緒にいたいだろうね。」
ぐさっと刺さる言葉。
博人の言葉はナイフみたいだ。
「津姫姉さんさ、高校から一歩も進歩してないよね。
仕事や問題を一人で抱え込んで、めっちゃ遅くまでかかって終わらせるの。
役員の人も、申し訳ないって言ってたよ。
おんなじことまたやらないでよ。ぼくら家族がすごい心配するんだからさ。」
「ごめんなさい。」
「本当にわかってる?明日もまたやったら許さないからね?」
「わかってるって。絶対やらない。」
「明日は定時に彼氏さんに迎えにきてもらったら?」
「え〜、申し訳ない。」
「じゃ、絶対帰ってね?わかった?」
声に込められた圧がすごい。
「わかった。」
「そう。そういえば姉さん、今度同窓会あるんでしょ?」
「あるねぇ。」
「生徒会長だからって幹事やってないでしょうね。」
「や、やってないやってない、仕事が忙しいからそんな暇ないよ〜って断ったから!」
「あっそ、ならいいけど。じゃあね、おやすみ。」
そういって、博人は電話を切った。
ほ……
なんで、感づかれたんだろう。
同窓会あることを知ってるのはまだしも、幹事をやってることまでバレかけた!
あの子、勘がよすぎるっ!
一歳違いとは思えない!
でもまぁ、あの子も昔はこうじゃなかった。
あの子が私と同じ高校来て、大変だったなぁ。
今よりずっと鈍感だった。
呼ばないでって言ってるのに、「津姫先輩」なんて呼ぶし。
私が嫌がってるの、わからなかったの?
それともあれ、わざと?
きっとそのせいで、一年生の子たちも私のこと、「津姫先輩」って呼ぶようになったんじゃないの?
いや、嫌なわけじゃないよ?
でもさぁ、兄弟に先輩呼びされるのはやじゃん。
少なくとも私はやだっ!
あぁ、もうっ!
怒ってたらおなかすいてきたっ!
パン屋さんでも寄って行こうかな。
確か、新しいパン屋さんができたって、先輩が教えてくれたっけ。
しばらく通りを歩くと、パン屋を発見。
だけど……
「閉まってる……」
これが残業の欠点。
やってるお店が格段に減る。
コンビニで買うしかないかぁ。
明日の朝、買って行こうかな、ここのパン。と思いながら看板をみると、
『パン屋 十六夜』
ぶっほぉ!
ここ、私が高校の時に校外学習行ったところじゃん!
こんなとこまで支店広げてたんだ。
それだけ儲かってるってことだね、ちょっと嬉しい。
よし、明日の朝ごはんもしくは昼ごはんはここで買おうっと。
そう心に決めて、メイフォンにメモをすると、スマホをカバンにしまいこんだ。
あの校外学習は楽しかったぁ。
ただ体験したり食べたりするだけじゃなくて、ちゃんと職人さんのお話を聞いたんだ。
5月のくせに、すっごく暑い日だった。
衣替え期間中だったから、私は夏服で向かった。
朝から、学校はワクワクした雰囲気に包まれていた。
一、二、三年生は別々の日に校外学習だったけど、一二年生は、三年生の雰囲気に飲まれたみたいだった。
生徒会長としての威厳がどうこうって言ってられないくらい、私もワクワクしてた。
食べ物のお店に校外学習行くのは初めてだったんだもの!
校外学習の日は一日授業がないから、校外学習で必要な筆記用具とメモ帳だけをカバンに入れ、みんなが軽い足取りだった。
私が席に着いた途端、隣の席の杉木さんっていう女の子が声をかけてきた。
「津姫ちゃんのとこはパン屋でしょ?私のところは老舗のお肉屋さん。命を扱う仕事?な気がするから、って理由でね。」
「へぇ、いいじゃん。」
適当に相づちを打ちながら、カバンの中身を見て、忘れ物がないことを確認。
しばらくすると先生が入って来た。
私のクラスの担任は、いつもノリの悪い女の先生だったけど、この日ばかりは、っていうか、校外学習の時ばかりは、すっごくノリノリで、登山にでも行くんかってくらい動きやすそうな格好をしてきた。
「は〜い、みなさん、こっち見て。ウキウキしてるのはわかるけど、最後に注意事項の確認ね。」
それから、先生はつらつらと注意事項を上げ始めた。
人に迷惑をかけない、話をちゃんと聞く、メモを取るときはずっと下を向かずに、できるだけ話している人の方を見ておいて、後から書きなさい、とか。
小学校で受けたような注意を受けてから、出発することになった。
私の班は、私と、南優斗と、新島一香、七山喜綺、冬園杏利。
生徒会の主要メンバーだ。
優斗は副会長で、一香ちゃんは書記、喜綺ちゃんは会計、杏利ちゃんはうちの学校特有の役職、インターネット係。
杏利ちゃんの役職は、学校のホームページの中の生徒会の枠の記事を書いたり、管理をしたりしてくれてた。
コンピューターが得意だった。
教室を出たら、そこからはもう班行動。
私は生徒会長だからという理由で班長だったんだけど、私がみんなをパン屋さんまで連れて行った。
………って言えたら、かっこよかったんだろうけどねぇ。
実際は、ほとんど優斗がやってくれたなぁ。
そんで、パン屋さんに着いたら、店長さんが出て来てくれた。
ニコニコ笑ってて、優しそうな、少し太った女の人。
見た瞬間、「絶対ここのパン屋はうまい!」と思った。そんな雰囲気がある女の人。
「よく来てくださいました。狭いパン屋ですけど、どうぞよろしくね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「じゃ、まずはこっちを案内するわ。」
と言って、売っているあたりを説明してくれた。
一番人気、二番人気、三番人気、と書かれたポップが看板に貼ってあって、一番人気はミルクフランス、二番人気は明太マヨパン、三番人気はフルーツサンドイッチ。
まだ一時間目だよね、めっちゃお腹空いて来た、って思った。
優斗も、みんなもおんなじ気持ちだったみたい。
優斗に至っては、よだれをぬぐっていたくらい。
それから、三つぐらい置いてあるテーブルと椅子のコーナーを紹介してくれた。
「焼きたてとか、出来立てとかを食べてたいお客さんもいらっしゃるでしょうから、狭い店内をどうにかして作ったんです。それで、サービスで、紅茶かオレンジジュースかりんごジュースか選べるんです。」
そして、台所。
すごく豪華で、しっかりとした設備だった。
パン屋さんの裏側なんて見るの初めてだったから、みんな興味津々で、中にあったものをメモったりしてた。
巨大冷蔵庫、巨大オーブン、準備してある生地など、色々。
それからパン作りをさせてもらって、焼いている間にお話を聞いた。
「わたしは、昔から何かを作るのが好きだったんです。特に、お菓子とか。
でも、パン屋さんになろうとした直接の原因はそれじゃなくて。
小学校の中学年くらいの時に、お母さんの誕生日にパンを作ってあげたんです。
へたっぴなクマの形で、へたっぴなクマの絵が描いてある、拙いパン。
でもお母さんはすごく喜んでくれて、笑ってくれた顔を見て、パン屋さんかパティシェになりたいって思ったんです。
結局パン屋さんにしましたけど。
だって、パンってすごいんです。
お菓子みたいにすることも出来れば、お惣菜パンだってある。
その人が求めてるパンを選んでもらえるんです。
だから、わたしはパン屋にしたんです。」
すごく納得できるような話だった。
確かに、パンはすごい。
フルーツサンドやミルクフランスはお菓子みたいだけど、カレーパンとかコロッケパンとか焼きそばパンとかは、お惣菜パンだからご飯になる。
私は、パンのそんなところが好きだ。
みんながしんみりしてメモを取ったら、パンが焼きあがった。
みんなでアフあふ言いながら食べてたら、店長さんが紅茶を出して来てくれた。
みんなが、「ありがとうございます!」とお礼を言って紅茶を飲む。
「この紅茶は、わたしがお店で選んで来てるものなのよ。」
と、店長さんはすごく誇らしげだった。
一人二つずつパンを焼いて、みんな一個は持って帰るみたいだ。
一つパンを食べ終わると、それから、商品の陳列を手伝ったり、その時の工夫を聞いたり、台所はいつも綺麗にしてるとか、お客様一人一人を見て、どの商品をたくさん作っておけばいいかとか考えてるって話をきいた。
最初、パンを食べたいなんて軽い気持ちで決めた見学先だったけど、すごく深い収穫があったんだ。
ほんと、高校の時は楽しかった。
華やかな会社に行っても、仕事内容はすごく辛いし。
でも、昔が昔がって言ってたって、もう戻れないわけだし。
でもほんと、楽しかった。
あ、夏の七夕祭りとか!
あれ、私が企画して、生徒会が先生に掛け合って成功させたんだから。
読んでくださってありがとうございます!
パン屋さん、私も校外学習行ったなぁ。
次も津姫視点のお話です!
七夕祭りとは、一体なんなんでしょうね。
そこら辺も含めて、お楽しみに!
ではまた次のお話で。
さようならっ!