第1話 出会いの入学式
か、肩こりがっ!
まぁまぁ硬い椅子の上で大きくそり返ると、腕を目一杯伸ばした。
バキボキ音を立てて腕が伸びる
やっぱり、先生って職業は大変だ。
明日の授業の準備はあらかた終わったはず………
プリントは用意してあるし、メイパッドに教材をダウンロードしてあるし、多分もう大丈夫。
え〜っと、教頭先生に連絡くださいって言われてたんだっけ……
説教なんてされないといいんだけど。
僕はスマホを開いて、電話アプリをタップ。
教頭先生に電話することなんてないから、“いつも使わないけど絶対必要ホルダ”だよね。
ホルダを開いて、【教頭先生】を五十音順で探していると、一番上に、
【池神津姫】
と言う文字が現れた。
池神津姫先輩。
僕の好きな人。
僕らが一年の時に三年だったから、二年年上で。
僕が高校の時、一番人気な先輩だった。
生徒会長で、すっごくかっこいいけど、気さくで、優しくて。
ちょっと紫がかった黒い髪をポニーテールにして、黒曜石のように黒い輝きを持った瞳、それを縁取る長くて艶やかなまつげ、すっと通った鼻筋、ちょっと筋肉質でスラリと伸びた脚に、細さのあまり骨が際立つ腕。
身長が高くて、顔が小さくて、肌の色は雪みたいに真っ白。
声が澄んでて、高くて、聞いたものの胸に染み付くような響きを持ってて、笑うとぽんぽん跳ねるボールを思わせる。
時々コートでテニスをしている様子を見かけたが、どうも球技は得意らしい。本人は、
「走るのちょっと無理」と言っていた。
津姫先輩は、まぁその、いわゆる学園のマドンナって人で、そう言う人って大体女子に嫌われるんだけど、津姫先輩は違った。
みんなに優しいから、女子にだって好かれてて、数少ない制服のボタンをみんなが狙ってた。
そんなキラキラな先輩と僕が出会ったのは僕の入学式の時だった。
僕の入学式、津姫先輩は生徒会長だから、生徒代表として挨拶をしていた。
先生方の紹介と挨拶が終わった後、津姫先輩が現れた瞬間、空気が一変した。
だるい、辛い、めんどいなどの雰囲気が、津姫先輩がやってきたことによって、爽やかな、楽しげな雰囲気になった。
そのあとの津姫先輩の挨拶は、よく覚えている。
先生たちみたいな堅苦しい話し方をしてるのに、津姫先輩が言うと全然違うような気がする。
「入学おめでとうございます、皆さん。
私は生徒会長の池上津姫です。
この高校は普通の学校と違ってちょっと特殊なルールもあれこれありますから、それも含めて管理してるのも私たち生徒会です。」
ここまで言った途端、津姫先輩がクスッと笑った。
「皆さん、堅苦しい話ばかりで疲れたでしょうから、ちょっと切り替えて、楽しい話もしましょうか。
この学校では、皆さんが楽しく学校で学べるように、一昨年から、半年に一度、校外学習をすることになっています。
一年生の皆さんも、班ごとに決めて校外に出て活動してもらいます。
どこに行ってもいいんです。
私、今度はパン屋さんに体験でも行って、食べさせてもらおうかしら、なんて思ってるくらいなんですよ。」
無理くり言ってるんじゃなくて、本心から言ってるっぽくて、一年生もつられてわらって、
「俺もパン屋いきたい!」
「私は紙漉きとか!」
そうやって盛り上がって、その姿を見ると、津姫先輩は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ皆さん、先生たちが怒ってしまいますから、切り替えてくださいね。」
「はい!」
先生たちが怒るかもしれないと思って体育館の端をみると、先生たちも笑っていた。
津姫先輩は、先生からも人気があるらしく、ちょっとやそっとじゃ怒られないみたいだ。
津姫先輩はニコニコ笑ってステージを降りた。
帰ってから、みんなが津姫先輩の話題でいっぱいになった。
「あの先輩、スッゲェ美人!」
「池神先輩……って、呼ぶべきかな?」
「え〜、どうなんだろ。北山さんはどう思う?」
「え、僕?」
急に話題を振られて、僕はびっくりした。
その日から、何日も「津姫先輩のことをなんて呼ぶか議論」が発生した。
池神先輩か、津姫先輩か。
でもある日、急にその議論が終結することになる。
それは、体育の帰り。
みんながガヤガヤ、各々自由に叫びながら、帰っていた時。
「津姫!」
と叫ぶ声が聞こえた。
とたん、僕たちの声はやんで、「津姫!」と呼んだ人の正体を暴くため、声がした方を見た。
「あ、優斗!」
津姫先輩は、そう言って呼んだ人の方を見た。
どうやら、その人の下の名前は優斗さんというらしかった。
「どしたの?」
「先生が呼んでた。生徒会のことで話があるって。」
「ありがと、副会長。」
なんて話をしながら、二人は仲良く職員室に向かって行ったわけなんだけど。
二人の姿が見えなくなった途端、また、わっと声が上がった。
「津姫って、いい響きだよな!」
「津姫先輩って呼ぶのもいいかもねぇ。」
それでも、やっぱりまだ踏ん切りがつかずにいると、次の日。
集会に行く途中、朗らかで少し高い男の子の声がした。
一年生ではない。
「津姫先輩♡」
先輩呼びをしているところを見ると、二年生のようだ。
津姫先輩はその声で振り返って、その子の耳元で何らかを囁くと、ステージへ向かった。
その途端、先生が手をつけられないほどの大騒ぎになった。
「やっぱり、津姫先輩って呼ぶのがよくね?」
「素敵な響きだね!」
「二年生の先輩も呼んでるんだし、いいんじゃない?」
「サンセーイ!」
先生たちはその近くでウロウロするのが関の山で、止めることはできなかった。
集会が始まって、津姫先輩がステージの上で何かをしゃべっている間、僕も、他のみんなも、頭の中で「津姫先輩」と言う呼び方について考えていた。
かく言う流れで、僕らは津姫先輩のことを、「津姫先輩」と呼ぶようになった。
最初の頃、みんながそう呼ぶのを少し恥ずかしがっていたけど、夏休み前の頃には、みんなが楽しそうに「津姫先輩」と呼ぶようになった。
津姫先輩も、何にも言わずに楽しそうだった。
津姫先輩、楽しそうにしてる時は目をキランと輝かせるんだ。
黒い瞳にハイライトが入って、いたずらっぽい光が宿って、見ているものを引き込んでしまうような、魅力的な目。
周りの人も楽しくなっちゃうような、そんな目。
あの目も、僕は好きだったなぁ。
目を閉じると、その笑顔が見えてくるみたいだった。
そういえばあの後、津姫先輩、本当にパン屋さんに校外学習行ったらしいっけ。
───気温が上がり始めた5月くらいだったかなぁ。
読んでくださってありがとうございます!
次は津姫視点の話になるかな?
視点の書き分けがすごく難しくて頭がおかしくなりそうですが、頑張ります。
ちなみに、主人公の名前の読み方は、「きたやまそう」です。
どうぞこれからよろしくお願いします!