002「コアちゃん」
「それで…… 君は誰かな?」
あの後なんとか女から飛び退き、事なきを得た? と、思う。むっくり起きた女は、特に騒ぎ立てる事もなく、ユラユラと体を揺らしているから大丈夫……だよな?
「わたすですかぁ?」
「ああ、君の名は?」
だいぶ酔ってるな。呂律が回ってない。これでまともな回答が得られるか疑問だが、自分が誰かぐらいは分かるだろ。
「わたすは……"ありしゅ"でし!」
「ありしゅでし? いや、アリスか?」
「そうでし! ましゅたー!」
「ま、ましゅたー? それ、俺の事?」
首をブンブン振り暫定を示す"アリス"と名乗る女。
ましゅたーって……"マスター"って、事か?
「俺は君にとってマスターって、事かな?」
「そうでしましゅたー! わたすはダンジョンの管理を任されたちかいまでし! そしてましゅたーは、だんじょんの運営をするだんじょんましゅたーでし!」
要するに、アリスはダンジョンの管理をさせるための使い魔で、俺はそのダンジョンを総合的に管理運営する"ダンジョンマスター"という事か。
凄く凝っている設定だな。
もしかして、ラノベとかゲームとか好きな子か?
それなら気が合う。是非ともお突き合いしましょう。
「で、アリスちゃんはどこから来たのかな?」
「やめてくだしいましゅたー! わたすのことはありしゅとよびすてにするのでし! わたすはただのちかいまなのでしから!」
ダメだ。話にならん。まずひらがな率と酔っぱらいの巻き舌じゃ、意味を理解するのがやっとだ。
「とりあえずこれ飲みな」
「ありがとうでし!」
冷たい水を差し出すと、アリスはごくごくと喉を鳴らし一気に飲み干した。
「かぁーっ! ありがとうございますマスター! お陰でクラクラするのがとれました!」
「お、おお、それは良かった……」
酔い覚めるの早くね? いや、まだ覚めてないか。もし覚めてたら、自分の言動が恥ずかしくて今頃ジタバタしてるだろ。
「アリスはどこから来たのかな?」
「あそこです!」
アリスが指差した所は、隣の部屋の一角。
つまり、俺の寝ている寝室の押し入れだ。
まさかドラ○もんじゃあるまいし、そんな所から来れる訳ないだろ。やっぱりまだ酔ってるな……まあ、ちょっと面白いから、もう少し聞いてやるか。
「へ~、押し入れがどっかの異世界ダンジョンと繋がってる的な感じかな? しかも、俺の家が最深部でダンジョンマスターの部屋ってか」
「さすがマスター! お話が早くて助かります! そしてこれがダンジョンコアの"コア"ちゃんです!」
おいおいマジかよ……俺の冗談に乗っかってくるとは予想外だ。それになんだその赤い宝石? 胸の谷間に、良くそんなもの入れといたな……。
「それがダンジョンコア? いや~! 中々面白い設定だね」
『設定ではありませんマスター。私の事はコアちゃんとお呼び下さい』
「へっ、今のって……」
「コアちゃんの声です!」
赤い宝石が光を放ちながら喋るのを聞いてしまった。
いやいや、見間違いだし空耳だよきっと!
「コ、コアちゃん?」
『なんでしょうかマスター』
「や、やっぱり喋った!? な、なにこの玩具? 凄い最新だねっっ!」
そうだ。これは玩具に違いない。アレ○サ的な声だし、こっちの声に反応して返答するAI式の最新玩具だ。
『玩具ではありませんよ。アレ○サでもありません。マスター』
「えっ、今俺、口に出してた?」
『私はマスターと一心同体。マスターの心の声は筒抜けです』
「冗談も完備とか、やっぱり今時の玩具は凄いな~!」
一瞬焦ったぞマジ。心の声が分かる玩具とかあり得ない。今のはジョークだジョーク。
『ジョークではありません。マスターは、二週間前に抜いたのが最後。アリスとお突き合いしたいと思っています。これで信じましたか?』
「は、はぁ!? な、なんなのこれ!? なんかのドッキリ!? 最近のテレビは素人をガチで騙して楽しんでんのか!!」
「落ち着いて下さいマスター! コアちゃんは嘘付きません! 後、お突き合いとはなんの事でしょうか? 私に出来る事ならさせて頂きますよ!」
「ああ! だったら是非ともお願いしたいね! ドッキリ流せないように、全編モザイクにしちゃうぞこの野郎!」
我ながら取り乱したと思う。だってこんな事、人生で起こる筈ないと、たかをくくっていたから。
『テレビのドッキリではありません。まだ信じられないようなら、寝室の押し入れをご覧下さい』
「押し入れだ? 良いぜ見てやるよ! どうせそっから、ドッキリ札持った奴が飛び出してくんだろ!」
啖呵を切って寝室の押し入れを開けに行く。どうせなにもない。あるとしたら、さっきも言った通りドッキリ札の奴が出て来るぐらいだろ。
寝室である六畳の和室。布団やら箪笥が置いてあるだけのシンプルな部屋。そこの押し入れを勢い良く開け放つ。
誰が出て来ても良いように、心構えだけはバッチリな筈だった。だが、俺の想像を上回る光景が、押し入れの先に広がっているとは、思いもしていなかった……。
「ちょ……なんだよこれっっ!?」
「『ダンジョンです』」
俺の後ろでは、コアちゃんを持ったアリスが着いてきて二人でハモっていた。
そして俺の目の前には――
無機質でゴツゴツした岩肌が広がる体育館ほどの空間と天井。松明が何ヵ所かに置かれ、暗闇を怪しげに照らしていた。
「嘘だろ……俺のお宝フィギュアコレクションが、なくなってる!!」
『驚くところはそっちかい』