001「アラサーおっさんの些細な幸せ」
世の中は世知辛い。三十二歳にもなって独身を貫いていると、余計に身に染みる。
女性と接する機会もガクッと、下がり始めた。
仕事は工場の品質管理。男だらけで出会いは皆無。
同僚や後輩は次々に結婚していくもんだから、合コンなんて華やかなものは無くなった。唯一、女性との触れ合いと言えば、仕事帰りに立ち寄るスーパーのおばちゃんぐらいなもんよ。
「あら、今日はおつまみだけ?」
「まあ、ははっ……」
「ダメよちゃんと栄養取らなきゃ! 若いうちは良いけど、年取ってから来るのよ!」
「ですよね~」
スーパーのおばちゃんに軽く説教されながら、惣菜と缶ビールを買い込み帰宅するいつもの週末。
たく、余計なお世話だよおばちゃん。帰ったら溜まったアニメを晩酌しながら見て、その後に積んであるゲームをして週末を楽しむんだ!
それが俺の楽しみ。
アラサーおっさんの、些細な幸せなのだ。
結婚はもう諦めている。出会いもないし、出会いを求めるのも億劫になってきてしまった。まあ、刺激的な出会いがあれば、ズボラな俺も変わるかもしれんがな。
「ふんふふっふーん♪ アニメでビール♪ その後ゲーム♪」
我ながら気持ち悪い鼻歌交じりで玄関のロックを開け、住み慣れた1LDKの我が家へと帰る。
「んぅ……? なんか酒臭い?」
我が家へと足を踏み入れた瞬間鼻をつく酒の臭い。焼酎でも出勤前に慌てていて溢したかと思ったが、先週飲み干したからそれはない。
じゃあなんだ? 臭いのするリビングの扉を恐る恐る開けると、その正体が分かった。
「すぴー……すぴー」
「な、なんだこれ!?」
テーブルの上に置かれた山積みの缶。それは見慣れた銘柄で、毎週買い置きしながら溜め込んだ俺の缶ビールだった。
そして、テーブルとソファの間で幸せそうな寝息をかく謎の物体。俺はすぐにその正体を確かめるべく、リビングの明かりを急いで付けた。
「お、女!? しかも布を大事な所に巻いただけだと!? あらやだハレンチ……いや違う! 誰なんだこいつ!! 」
「んぅ……」
「う、動いたー!? じゃ、なくて! 警察に通報だ!」
スマホを取り出し11までダイヤルを押した俺は、ふと気づいた。もしこのまま通報して警官がやって来るとして、女が酔って寝ている状況をどう思うだろうか。
そこで女に『襲われたんです!』なんて、言われてみろ。逮捕されるのは俺の方じゃないか? いや、証拠不十分で帰されるだろうが、容疑をかけられる可能性は高い。
それは非常に面倒だ……もしかしたら、この女はアパートの住人で、元々酔っていたため部屋を間違えて入り、そのまま寝てしまったという事も……。
いや、それはないな。それだと鍵の説明がつかない。
だってこのアパート。ナンバーロックになっていて、扉を閉めると勝手にロックされる仕組みだもん……。
「あー、もう面倒だ! 聞けば分かるさ!」
状況確認をしない事には、何を考えても想像の域を出ない。そう考えた俺は、俺の家で眠りこける謎の女に接触を図る事にした。
「とりあえず起こせば良いか? ……お、おーい」
「……」
反応なし。さあ、次はどうする。揺り起こすか?
それとも冷や水でもぶっかけるか?
どちらにせよ、騒がれると厄介だ。
前者で『触られたー!』なんて騒がれると、警察が来た際の重要な証拠になってしまう。せめて指紋が残らないように触らないと。
後者は後者で、ただでさえ薄い布を大事な箇所に巻いているだけの格好なのに、水なんてかけたらスケスケで大変だ。それこそ、本当に襲ってしまうかもしれん。
だって良く見ると……。
艶々の白い肌。細く伸びる手足。それも生足で、ギリギリゾーンまで露出されている。豊満な胸は下からも上からも谷間がくっきり。
まさに、『たわわなおっぱい上から見るか下から見るか』状態。唇はピンクでプルプルしてそうだし、長い睫毛と整った顔立ちは魅力的。
長く伸びた髪は、唇と一緒でピンク色。いや、髪の毛の方が若干濃いな。年はいくつだ? 見た所、十代から二十代前半か。あー、でも、ビールを飲んでるぐらいだから二十歳は超えてるって事だよな。
「ダメだ。独身貴族に対して、こんなん生殺しですやん。うん、襲いかかる前にさっさと起こしちまおう……おーい! 起きろー!」
「……んぅっ」
寝返りうっただけか……それにしても、艶っぽい声だったな。アニメ声っていうの? 少し高い感じの。
仰向けになった無防備な女。
俺の正面には二つのお月様。
堪んねえなちきしょうっ! あれ? 俺いつ抜いたっけ? ああ、仕事忙しくて二週間は抜いてねえな……トイレで抜いてからリトライか?
このままじゃ、本当に狼さんになってしまう気がする……。
「まあ、その前に、もう一度だけトライしてみよう」
今度は、足先で女の足裏をつついてみる。
「起きてくださーい! 起きないと通報しますよー」
「……ふっ」
鼻で笑われた。かー! なんなのマジ! 会社では怒らない事で有名な""仏のまもっちゃん"も流石に怒るぞ?
「おいっ! いい加減におき――」
揺り起こそうと、女の元に歩みを進めた所だった。
空転する視界。原因は足元の空き缶だ。
それを踏み、転んでしまった俺は……。
「っ……危ねえなもう……ん? なんだこの柔らかい感触は?」
俺はしばらく、その軟体の感触を確かめるように揉みしだいた。そして気づいた。これはおっぱいであり、人類の神秘そのものであると。
そう、俺は転んだ拍子に女の体に跨がり、手をついた先がおっぱいだったのだ。ああ、分かってる。これは完全にアウトだ。
「なんだこのおっぱい!? 磁力でも付いてるって言うのか。離れろ俺の両手! 柔らかさに惑わされるな!」
「んぅ……誰?」
「あっ、起きた。そして俺の息子が立った。うん、だいぶ終わってる気がする」
平穏な筈の街に、けたたましいサイレンの音が鳴り響いていた。
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