メリット
むかしむかし、とある雪深い国におじいさんとおばあさんが住んでいました。
その日は年末。年越しの準備をしなくてはなりません。
ですがおじいさんとおばあさんは酷く貧しくお餅の一つも買うことはできませんでした。
「そうじゃ! 街に笠を売りにいこう!」
おじいさんはぽんと手を叩くと、毎日毎日こさえてきたたくさんの笠を担いで町へと出かけていきました。
町に着いたおじいさんは笠を使った雪合戦大会を企画し、見事に笠は完売。おじいさんは年越し資金を無事手に入れることができました。
めでたし、めでたし。
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「一応ハッピーエンド……なのか?」
「分からないわね……」
うんざりしたような声でジュリが答える。
ひとまずおじいさんの所から撤退した僕はジュリと相談の真っ最中だ。
「まあ、でも魔女の望むバッドエンドじゃないことは確かだね」
「それはそうね」
とするとここからも何か仕掛けてくるのか?
今回の魔女の手先がおばあさんなのはおじいさんの話からして確定だろう。
おばあさんの打てる手には何がある?
いや、おじいさんにビジネスモデルを授けてくるのは正直予想外だった。とすれば次の手も予想が難しい可能性が高い。
無理に予想を立てて思考を限定するのは悪手だろう。
「ジュリ、おばあさんの現在地は分からない?」
「難しいわね。この世界広そうだし。
探して見つかる気はしないわ」
「そうか」
おばあさんの居場所は家、この町、お地蔵様の所。この三つのうちの何処かの可能性が高い。
今一番やられたくないのはおじいさんに直接危害を加えられることだ。
例えば無許可でイベント開いたことを咎められて警察的なところ、奉行所? か何かに連行されるとか。
金銭目当てのチンピラに絡まれてボコボコにされるとか。
誰が襲ってくるか分からない以上阻止が困難だ。
自慢じゃないが僕は弱い。
戦闘職じゃないのだ。
「早めにおじいさんを家に戻そう」
うん、それがいい。不確定要素を減らすのだ。
「おじいさん、おじいさん」
「ん? おぬしはさっきの……」
「今日は大雪になるらしいですから、早く帰った方がいいんじゃないですか?」
「じゃがのう、まだ雪合戦が終わっとらんのじゃ。賞金も渡さんと」
「僕が代わりにやってあげますよ」
「ほんとかの? いや、じゃがなぁ。大金じゃしなぁ。人に預けるのも……」
おじいさんは人を疑うことを覚えてしまったようだ。お金は人を変えるのだ。めんどくせぇ。
「あ、それならお金は僕が建て替えるので次会った時に払ってくれればいいですよ。こう見えて僕、お金持ちなんです」
懐から小判がたくさん詰まった巾着を取り出してみせる。米問屋の若旦那でよかった。
金は多いに越したことはないと思ってたくさん詰めてきたのが功を奏した。
「す、すごいの。じゃ、じゃがなぁ」
だがおじいさんはまだ迷っているようだ。
「ありがたいんじゃが、その申し出、おぬしにとってのメリットはなんじゃ?」
江戸時代にメリットとか言うな! 日本語しゃべれ! いや、江戸時代か知らんけど!
ばあさん何教えてんだ! 世界観壊すな!
だが、そっちがその気ならこっちにも考えがある。
いいだろう。乗ってやろう。
「あー、僕のメリット? そうだな。おじいさん、これはね。ビジネスのオファーだよ」
「おふぁー?」
「僕はおじいさんとビジネスパートナーとしてタッグを組みたい。僕の資金を使って国中にこのビジネスを広げよう。僕とおじいさんが加盟店に開業資金とノウハウを提供して加盟店がイベントを開催。僕たちは収益の何割かをロイヤリティとして受け取ればいい。フランチャイズビジネスだよ。
あ、もしかしてマーケティングどうするかとか心配してる? 大丈夫。マーケティングはこちらで請け負うよ。
今のままだと冬限定のイベントだからもっとバリエーション増やして年中収益化できるようにもしていきたいね」
「ばりえーしょん」
「僕のメリットは分かってもらえたかな? ドゥー ユー アンダースタンド?」
おっと、これは違うか。
「……」
駄目か。そりゃそうか。
「ま、何が言いたいかと言えば僕にもちゃんとメリットがあるってことだよ。ここは僕に任せて早く帰りなよ」
「わ、わかった」
あまり分かっていなさそうな顔でうなずくおじいさん。この人大丈夫かな。
いつか詐欺師に騙されるんじゃない?
「あ……」
「なに、まだあるの? おじいさん」
「米とか餅とか買わんと」
……そういえばこのじいさんそれ買いに町に来たんだったな。忘れてた。
「ああ、それなら適当に見繕って後で届けさせるよ。実は僕宅配もやってるんだ。亜魔存って言うんだけどね」
「す、すごいの、おぬし……」
「あ、帰る時に笠6つ持って帰ってくれる?」
「なんでじゃ? メリットあるのか?」
メリットメリットうぜぇ。かぶれやがって。
メリットあるよ。
お地蔵様にかけてあげられるよ。
「いいからいいから」
「じゃ、じゃが、笠持って帰って来たら殺すとばあさんに言われとっての」
「DVじゃん。じゃあ手拭いでいいや、それならいいでしょ?」
「そうじゃの……あ、じゃが、手拭いも持って帰ってくるなといわれておっての。何故かは分からんが……」
「チッ、あ、いや、失礼。じゃあハンドタオルならいいだろ?」
「はんどたおる? それは言われておらんの」
「ならオッケーだね。はい、どうぞ」
「……? これは手拭いとは違うのかの」
「違うよ、ハンドタオルさ」
僕は手拭いを6つおじいさんに手渡す。
笠が売り切れたと聞いて急いで買ってあったやつだ。
魔女の手先がおばあさんな以上、笠を持って帰ってこないように言含められている可能性は十分考えられたからね。
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「あー、疲れた。何あれ」
「お疲れ様、フェリス。肩揉みましょうか?」
「君、腕ないじゃん」
「精神的に揉んであげるわ」
「どういうことだよ、いらないね」
物陰に隠れておじいさんが街を出て行くのを見送る。
結局町では襲撃はなかった。おばあさんが仕掛けてくるのはこれから先ということだろう。
「フェリスはここからどうするの?」
「とりあえずジュリはおじいさんを尾行して」
「分かったわ。妖精はあなた以外には見えないし触れられないから何かあったら連絡するわ」
「それでいいよ、お願い」
「フェリスはどうするの?」
「僕はね、ちょっと準備してから追いかけるよ」
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町で大儲けして亜魔存で食べ物を注文したおじいさんはおうちへと引き返しました。
「ああ、寒い。ずいぶん雪が降りはじめたなぁ」
ゆっくりゆっくりとおじいさんは雪のふりしきる街道を歩いていきます。
街道を中ほどまで進んだ頃です。
七人のお地蔵さまが雪に埋れていました。
「おや? お地蔵さまだ。随分と寒そうにしているなぁ。気の毒なことだ」
おじいさんはお地蔵さまに積もった雪を払ってあげました。しかし雪は払っても払ってもあっというまにお地蔵さまの頭に積もってしまいます。
「うーん、何かかけるものはないかのう」
おじいさんはビジネスパートナーからもらったハンドタオル(?)を思い出しました。
「これがあったの。じゃが……、せっかくビジネスパートナーにもらったものを置いてって良いものか」
おじいさんは考え込んでしまいました。
「何かメリットはあるかの」
おじいさんは考えます。
おじいさんは考えます。
おじいさんは考えます。
「メリットは……ないの」
おじいさんはハンドタオルを懐に仕舞うとそのままお家へと帰りました。