笠地蔵のじいさんにビジネスを教えた結果
笠地蔵編完結まで毎日更新予定です。
むかしむかし、とある雪深い国におじいさんとおばあさんが住んでいました。
その日は年末。年越しの準備をしなくてはなりません。
ですがおじいさんとおばあさんは酷く貧しくお餅の一つも買うことはできませんでした。
「そうじゃ! 街に笠を売りにいこう!」
おじいさんはぽんと手を叩くと、毎日毎日こさえてきたたくさんの笠を担いで町へと出かけていきました。
「もし、笠はいりませんか? そこのお方、笠はいりませんか?」
おじいさんは一つでも多く笠を売ろうと頑張りましたが、残念ながらほとんど笠は売れませんでした。
「そこのおじいさん。もうすぐ吹雪がやってくるよ。早くおうちへお帰りなさい」
おじいさんは仕方なく笠を売るのを諦めておうちへと引き返しました。
「ああ、寒い。ずいぶん雪が降りはじめたなぁ」
ゆっくりゆっくりとおじいさんは雪のふりしきる街道を歩いていきます。
街道を中ほどまで進んだ頃です。
七人のお地蔵さまが雪に埋れていました。
「おや? お地蔵さまだ。随分と寒そうにしているなぁ。気の毒なことだ」
おじいさんはお地蔵さまに積もった雪を払ってあげました。しかし雪は払っても払ってもあっというまにお地蔵さまの頭に積もってしまいます。
「そうだ、売れ残った笠をかけてあげよう」
おじいさんは担いでいた笠を一つ一つ、丁寧にお地蔵さまにかけてあげました。
しかし売れ残った笠は五つ、お地蔵さまは七人。二つ足りません。
おじいさんは自分が被っていた笠をお地蔵さまにかけてあげました。
「ああ、どうしても一つ足りない。何かないものか。
手拭いしかなくて申し訳ないが、この手拭いでどうか雪をしのいでくだされ」
おじいさんは手持ちの手拭いを最後のお地蔵さまにかけてあげると、何も持たずにお家へと帰りました。
「おやおや、それはいいことをしましたね。おじいさん」
おばあさんはお地蔵の話を聞くとにっこりと笑ってそう言いました。
「お餅は手に入りませんでしたが、よい年越しができそうですね」
おばあさんはお餅が手に入らなかったことを責めたりしませんでした。
その夜のことです。
二人が寝ていると外で何かどすんと大きな音がしました。二人が外に出るとそこにはお米にお餅、お野菜にお魚、お金、たくさんの贈り物が置かれていました。
あたりを見回して、おじいさんとおばあさんは、七人のお地蔵さまが雪の中を去っていくのを見つけました。
お地蔵様の内六人は笠を、一人は手拭いを被っていました。
おじいさんとおばあさんはお地蔵様の贈り物のおかげでよいお正月を過ごすことができましたとさ。
めでたし、めでたし。
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「旦那! 旦那!」
「ん? ああ、なにかな」
「今年もありがとうごぜえやした、旦那!」
「こちらこそね。来年もよろしく頼む」
適当にそれっぽく話を終わらせ、手を振って男を見送る。
「フェリスの今回の役回りは米問屋の若旦那ね」
「ふむ、誰かな?」
「お地蔵さんが笠の恩返しのために米俵とかお餅を持ってくるでしょ、米問屋がなかったらお地蔵さんはどこで米買ってくるのよ」
「え? お地蔵さんって米買ってきてたの?」
「そうよ」
僕の脳内にお地蔵さんがお米を買いに来るシーンが頭に浮かんだ。シュールすぎる。
米問屋もよくお地蔵さんに米売ろうと思ったな。
そうするとお金はどこから持ってきたのだろうか。ひょっとしてお供えものを換金してヘソクリ作ってたりするの?
「今の時間は・・・・・・、太陽の位置から考えて昼前ってところか。おじいさんがそろそろ街に着く頃かな?」
「多分そうじゃないかしら。見に行ってみたら? あたしは大妖精のところ行ってくるから」
「うーん、でも場所が分からないな。ジュリ案内できる? 大妖精はその後でいいよ」
「しょうがないわね」
ジュリに案内されて街の中を歩く。
年末ということもあって人通りは結構多い。
走ってる人もたくさんいる。
それに雪深い国という設定だけあってとても寒いし、雪が結構積もっている。
今日は大雪になるということだがまだ雪は降っていないようだ。
「前から思ってたんだけどさ、笠って売れるの?」
「あんまり売れないんじゃないかしら。おじいさんも余らせてたし」
「笠を頭に被るのって雪除けとかそういう感じだよね」
「そうね。なんでそんなこと聞くの?」
「いや、なんかさ、まだ雪降ってないのにやけにみんな笠被ってるなって」
そう。どういうわけかみんな笠を被っている。
もっといえば全員なぜか顎紐が切れている。被っている、というよりはただ載せているという感じだ。
「言われてみれば・・・・・・。これは一体どういうことかしら」
「ちょっと聞いてみようか。あの、すいません」
僕が話しかけたのは笠を被った男だ。
なんだかやけにキョロキョロしていて忙しない。
「あ、ああ。なんだ?」
「なんでみんな顎紐の切れた笠を被ってるんですか?」
「これか? これはな・・・・・・」
「隙ありッ!」
突然男の背後から飛んできた雪玉が男の笠を弾き落とした。
「ああっ! しまった!」
「はっはっ! 傘はもらってくぜ!」
雪玉を投げてきた男は地面に落ちた笠を拾って自分の笠の上から被るとあたりを伺いながら去っていった。
何これ?
笠を奪われた男がため息をついた。
「はあ、やられちまった。油断した俺が悪いんだけどよ・・・・・・。ま、言ってもしょうがねぇか。
それで、坊ちゃん。あの笠が何かだったな。
あの笠はな。大晦日雪投げ祭りに参加してる証さ」
「大晦日雪投げ祭り・・・・・・?」
「ああ。なんかどっかのじいさんが始めた祭りでな」
「どっかのじいさん・・・・・・」
なんかすごい嫌な予感がするんだけど。
「参加者は笠を被って雪を投げ合うんだ。他の参加者の笠を落としたらその笠を手に入れられる。祭りが終わった時に一番笠をもってたやつは大金を手に入れられるって寸法よ」
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フェリスが笠地蔵の世界に来る少し前のこと。
雪深い国に老夫婦が暮らしていた。
「おじいさん。もうすぐ年越しですねぇ」
「そうじゃのお。今年もありがとうのぉ」
「ええ、ええ。おじいさん。今年もよい年でしたねぇ」
「そうじゃなぁ。ばあさんや。欲を言えば年を越したらお餅でも食べたいものじゃが・・・・・・。そうじゃ! 街に笠を売りに行こう!」
「笠ですか?」
老人が部屋の隅に積んであった笠をまとめて背中に担いだ。
「これだけ売ればお餅の一つも買えるじゃろうて」
家を出ようとする老人を老婆が引き留めた。
「ちょっとお待ちください、おじいさん。笠を売るとはどういうことですか?」
老婆の問いに老人が困惑の表情を浮かべた。
「それは・・・・・・、笠を売るとは笠を売るというそのままのことじゃが?」
「おじいさんの売る笠のバリューは何なのかと聞いているのです」
「ば、ばりゅー? なんじゃそれは」
「これだから素人は」
「ば、ばあさん?」
老婆はやれやれとばかり首を振ると指を立てて諭すように言葉を紡いだ。
「おじいさんの笠を買うことで顧客は何を得るのですか?」
「それは、笠じゃろ」
「モノではなく体験を売りなさい!」
「!?」
「いいですか、おじいさん。大切なのはいかに付加価値をつけるかです」
「付加価値」
「例えばです。笠を買ったら花魁と握手ができる。その笠は高く売れると思いませんか。
例えばです。笠を買ったら相撲が観覧できる。その笠は高く売れると思いませんか」
「それはそうかもしれんが・・・・・・花魁や相撲取りの知り合いなんておったかの」
「ただの例え話ですよ。要は単に笠を売るのではなく別の何かを付け加えることで値段をあげようということです」
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「・・・・・・ということがあっての」
「そ、そうですか」
街中を巻き込んだ大雪合戦大会の開催者であるおじいさんは沢山の小判の前にホクホク顔だ。
参加者からは笠と交換に参加費を徴収、その半分程度を賞金として支払い残りを収益とするらしい。
胴元が半分とか、宝くじかな。
「なんか、おじいさん一人で作ったにしては笠随分多くないですか?」
「顎紐を切った笠を持ち込めば参加料割引にしたんじゃよ」
「あー、なるほど」
クソっ、このじいさん。ビジネスしてやがる。
笠地蔵ってそういう物語じゃないから。
「それで、笠はいくつ残ってるんですか?」
祈るような気持ちで僕は聞いた。
「ん? 全部売れたの。儲けた儲けた」