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老人と魔女

第二章。笠地蔵編開始です。

「無事赤ずきんの物語をハッピーエンドに導いてくれたのう、フェリス。流石じゃ」


 暖炉がパチパチと音を立てて部屋を照らす。

 紙の臭いの中でロッキングチェアが揺れた。

 部屋の主人である老人が手元の本のページを一枚めくる。


 この部屋に初めて来てからもう随分経つ。

 ソファに山積みになった本を除けて場所を作ると僕も腰掛ける。


 紅茶、と唱えると目の前に紅茶とクッキーの乗った小机が現れた。

 クッキーを一口かじる。


「なんとかね。今回の魔女の手先はシンプルな考え方してくれる人で助かったよ」

「あたしがいない間に毒を持ってたなんてね。なかなかやるじゃない」


 暖炉の近くで暖を取っていたジュリが僕の手元へ飛び込んでくる。ゆっくりと頭を撫でるとほんのり温かくて気持ちがいい。

 ジュリも気持ち良さそうに僕の膝の上で羽を休め始めた。


「まあね。ジュリ的には何点だった?」

「そうね、100点満点で言うなら、まあまあってところね」



「100点満点で言ってないじゃん」

「まあまあは、まあまあよ」

「ふーん、まあいいけど」


「ジュリとも上手くやれてるようで何よりじゃ。君が望むなら他の妖精を用意しようかと思ったが、必要なさそうじゃの」

「ええ、あたしがいるもの。他のやつなんて必要ないわ」

「えー、どうしようかなぁ。変えてもらおうかなぁ」


 ジュリが僕の膝の上でびくりと揺れる。


「ほ、ほんきなの?」

「んーーー。冗談だよ」

「そ。あんたがそんなにあたしじゃないと駄目って言うのなら、仕方ないわね。一緒にいてあげるわ。

 あたしがいないと寂しくて死んじゃうなんて言われたらね」

「そこまで言ってないんだよなぁ」


 たわいない雑談。穏やか時間だった。



ドン、ドン、ドン



ドン、ドン、ドン


 ドアを叩く音がした。


「ふむ、お客さんじゃの。フェリス。開けておくれ」

「はいはい。ジュリ、ちょっと膝からどいて」

「しょうがないわね。貸し1よ」


ドン、ドン、ドン


 催促するようにもう一度ドアが叩かれた。


「はいはーい、今開けまーす・・・ってお地蔵さん?」


 そう、ドアを開けた先に立ってきたのは1人のお地蔵さんだった。お地蔵さんって1人でいいの? まあいいか。


「夜分失礼します。御老人、使者殿、妖精殿」

「ふむ、入りなさい」

「は、入りなさいよ」

「感謝申し上げる」


 老人に招き入れられたお地蔵さんが会釈なのか軽く上下してから部屋へと入ってくる。

 ジュリが警戒するように羽を逆立てて点滅している。


「御老人。今日もお元気そうで何より」

「ありがとのう。して、今日は何用かな」

「助けていただきたく」




「やはりのう。フェリス、ジュリ。赤ずきんから戻ってきて早々で悪いがのう、仕事を頼みたい」


 老人が読んでいた本を机に置き、虚空に手を伸ばす。

 壁の本棚から本が一冊浮かび上がると、老人の手へとふわりと落ちた。老人がパラパラとページをめくる。


「あたしとフェリスに任せなさいよ」

「いいよ」


「頼もしいのう。さて今から行ってもらう物語じゃが。せっかくだしクイズにしようかのう。

 どこじゃと思う。有名な物語じゃ」


 お地蔵さんの出てくる物語。

 そんなの分かり切っている。


「笠地蔵」


 僕の答えに老人が微笑む。


「正解じゃ」


 老人の本が輝いた。

 ページがひとりでに勢いよくめくられる。

 本棚がガタガタと揺れる。


 床全体を巨大な魔法陣が覆う。


「いってらっしゃい」


 視界が真っ白に染まった。




********




 老人の部屋と良く似た本で埋め尽くされた部屋。

 しかし部屋はカビ臭く、薄暗く、寒い。

 暖炉では熱のない緑炎が焚かれ、部屋の中央ではドロドロした液体が鍋で煮込まれている。


「ああ、憎い。憎い。憎い。赤ずきんの物語もやられた。幸福な結末だ。憎い。妬ましい。悔しい。悲しい。恨めしい。

 何故わたしの配下はこうも役に立たぬのか」


 部屋の中央に佇む1人の女。彼女は魔女だ。

 その手には一冊の本。表紙には「赤ずきん」の文字。


「あああああっ!」


 魔女が叫び、『赤ずきん』を床は叩きつける。緑色の炎が立ち上がり『赤ずきん』を瞬く間に焼き尽くした。


「どうして、どうして、どうしてっ!

 どうしてこの世界にはこうも幸せな結末が溢れている!

 わたしはこんなにも悲しいのに! わたしはこんなにも醜いのに! わたしはこんなにも救われないのに! わたしはこんなにも惨めなのに!



 わたしはこんなにもッ! 不幸なのに!」



「・・・物語なぞ、全部不幸になればいい」


 魔女がポツリと呟く。


「荒れてるなぁ! 魔女!」


 魔女の背後から部屋に似つかぬ陽気な声がした。


「・・・マッドか」


 部屋の壁に1人の男がもたれかかっていた。


「おう、そうなんだよ。マッドさんだ。なあ、魔女。

手伝ってやろうか」


 魔女がマッドに一瞥もくれずに鼻を鳴らした。


「ふん、貴様は二度と送らぬと言ったはずだ」


「覚えてる覚えてる。だけどよ、いいのか魔女。これ以上あいつらに好き勝手させて。

 今ごろあいつら笑ってるぜ。今回も楽だったな、魔女が無能で助かるなってよ!」


 嘲るような言葉に魔女の顔が鬼のごとく歪んだ。


「ならぬ!」


 本棚が丸ごと一つ、緑炎に焼き尽くされる。


「駄目だよなぁ! 天下の魔女様が舐められていいわけない!

 俺ならあいつらに一泡吹かせられるぜ?

 俺の勝率知ってるだろ?」


 一歩、二歩。魔女へと男が歩み寄り、魔女の肩を叩いた。


「貴様の言いたいことは分かった。

だが貴様のは勝率などという気持ちの良いものではないだろう。

 ほとんどが異常終了しているではないか。

 私は物語そのものを崩壊させることは好まぬ。故に貴様は二度と送らぬと言うたのだ」


「いいや、あれは俺の勝ちだね。

 だってあいつらの勝ちじゃないんだから。あんたの好きなバッドエンドとは違うかもしれないが、ハッピーエンドじゃないことは確かだ。そうだな、さしずめクレイジーエンドってとこか」


「開き直りよって・・・。よい。これ以上やつらにでかい顔をされるのも我慢がならぬ。貴様の話に乗ってやろう。

 だが、心せよ。負けは許さぬ」


「合点承知」


 虚空へと手を伸ばす。本棚から本が浮かび上がり魔女の手がそれを迎え入れる。

 魔女は煮込んでいた鍋から泥のような液体を瓶にすくいとり、半分を本へと振りかけた。


「飲め」


 液体の入った瓶がマッドへと手渡される。

 マッドは腐ったような臭いに一瞬顔をしかめたが、すぐに鼻を摘んで全て飲み干した。


「うぐッ・・・」


 マッドが苦痛に顔を歪め、大きくふらついて地面へと倒れ込んだ。

 ボコボコと沸騰するような音を立ててマッドの身体が変形を始める。


「ガァァァっ!」


 初めは皮膚が腐臭を放ち、次に肉が、そして最後に骨が溶け落ちた。

 魔女が杖を振ると、()()()()()()()()が流動し、宙を舞って本へと吸い込まれていった。


 部屋に残ったのは魔女ただ一人。

 魔女は雑に本を閉じると用は済んだとばかりに床に放り投げた。


「行ってくるが良い、マッド。笠地蔵の世界へな」


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