駒が必要だね
「まずいことになったわね。猟師落とされちゃったわ」
「どの意味の落とされただよ。まったく」
赤ずきんの母親から逃げ出した僕はとぼとぼと森を歩いていた。
ジュリも飛び方が心なしか残念そうに見える。
「狼は赤ずきんを食べた後昼寝するのよね。そのお腹を切り開くだけならフェリスがやってもいいんじゃないかしら」
「ジュリは馬鹿だなぁ」
「締め落とすわよ!」
「気絶させるだけで済ませてくれてありがとう。そもそも君、腕ないじゃないか」
ふわふわの光に羽が生えただけの見た目して。
「ふん、腕くらい生やせるわよ」
「は!? マジで?」
ジュリそんなことできたの?
「見たい?」
「・・・見たい」
「嘘よ。腕なんて生えるわけないじゃない。フェリスは馬鹿ね」
「ちっ、本当だったら狼と戦わせようと思ったのに」
「!? あんたほんといいかげんにしなさいよ!」
抗議するようにフェリスが何度も僕に突進してくる。
「ははは、全然痛くないや。ふわふわで気持ちいい」
「まったく、なにしてもへらへらしてるんだから。のれんに腕押しってやつね」
「腕ないのになに言ってんだか。ま、それはそれとしてさ。なんで僕が狼のお腹を切らないかだったよね。
僕があの18禁野郎だったらそんなことされるくらいなら狼を起こすからだよ」
「むぅ、確かにそうね。じゃああいつは今おばあちゃんの家の近くで見張っているってことかしら」
「ほぼ確実に、そうだろうね。僕なら外から見張っておいて、誰かが家に入ろうとしたら狼を起こして戦わせる。
その前に一対一で狼に勝つ可能性のある猟師を始末できれば万全だろうね」
「つまりあいつは既に万全の態勢ってわけね」
なんだかんだジュリは物分かりが良くて助かるね。
老人が言うには妖精にもいろんな子がいるらしく、性格が雑だったりやる気がなかったりもするらしい。
その点ジュリは当たりだったといえる。
「その通りだよ。だからここから挽回するには敵の予想外の一手を打つ必要がある」
「手はあるのかしら」
「一応ね。そのために街に戻っているんだ」
「街?」
「うん。戦闘員を補充しないとね。いたじゃないか。良さそうなのが」
******
俺は街の門番。街の治安を守るのが仕事だ。
もしも変な奴が街に入ろうとしたらこの槍の出番だ。獣だろうと盗賊だろうとかかってこい!
まあ、今まで一度もそんなことなかったんだけどな。
毎日毎日、街の外へ出かける人たちを見送るだけの仕事。退屈といえば退屈だが、平和なのはいいことだ。
「ん? あれは・・・?」
森からこちらへ向かって駆けてくる人影を見つけ思わず呟く。
「ーーぃへんだ!」
何か叫んでいる。
槍を握る手に力が入る。
「子供? ッ! あれケーキ屋の小僧か!」
身体の至る所にすり傷、切り傷があり痛々しい。額からも血を流している。
「何があった!!」
「ぜぇっ、ぜぇっ! たっ、大変なんだ! 赤ずきんちゃんが、赤ずきんちゃんが!」
息を切らしながら懇願するように掴みかかってくる。
「ま、まて、落ち着け! 何があった!」
「赤ずきんちゃんが、おばあちゃんが、狼に!」
「狼?」
「狼に、襲われたんだ! 僕だけはなんとか逃げ切れて・・・、お願い! 助けて!」
******
我ながら名演技なんじゃないだろうか。
要件だけ伝えるなら最初から要点だけ話せばいいが、それでは緊迫感にかかる。
大切なのは時間だ。今から討伐隊を組織して人を集めて、なんてやられてしまったら間に合わない。赤ずきんが消化されてしまう。
門番にも焦ってもらわないとね。
考える暇を与えるな。
そのためには僕は自分の身体を傷つけることも厭わない。石や木で傷をつくるのは痛いし嫌だが、それで物語が幸せに終わるなら安いものだ。
物語くらいハッピーエンドになってもらわないと。
「狼だと!? そんな・・・、どうすれば。今すぐ助けに・・・いや、本部に」
「助けて! 赤ずきんちゃんを助けて! お願い!」
全力で掴みかかる。門番の身体を激しく揺らす。
「あ、ああ! 分かった! 分かったから落ち着け!」
「落ち着いてるよ! 今ならまだ助けられる! 来て!」
腕を引っ張って走り出す。流されるようにして門番も走り出す。
こういう人いるよね。
明らかにパニックなのに口では落ち着いてるって叫ぶやつ。落ち着きなよ。
******
「あ、あそこだ! あのおばあちゃんの家に狼がいるはずだ!」
「わ、わかった。よーし・・・」
門番が槍を握りしめる。緊張の面持ち。
家まで残り100メートル。
僕はあたりを見回す。
「ああ・・・、そうきたか」
「ど、どうした?」
呟いた僕に門番が疑問を示す。
僕の視線の先、木々の間から一人の美女が歩いてくる。
「ケーキ屋さんのぼうや? どうしたのこんなところで」
「赤ずきんちゃんのお母さん?」
門番が呆然とする。
「あら、それに門番さんも。おばあちゃんに何か用かしら?」
「お、俺は狼が赤ずきんちゃんとおばあちゃんを襲ったって坊主に聞いて・・・」
「本当なんだ! 早く助けに行かないと!
「あら、あの子のことが心配でこっそり尾けていたんだけど、狼なんていなかったわよ? 勘違いじゃないかしら。今ごろあの子はおばあちゃんと話でもしているわ。そっとしておいて頂戴」
おばあちゃんの家のドアは閉まっていた。
本来の物語ならドアが開いているはずだったが。こいつが締めたんだろう。
まずはとにかく門番に狼を見せないことには始まらない。
「だから赤ずきんちゃんを見捨てて引き返せっていうのか! 僕は見たんだ!」
「そうよぼうや。何か勘違いしてるみたいだけどあの子たちは無事なんだから。ひょっとして森の中で一眠りして夢でも見たんじゃないかしら」
「夢なんかじゃない!」
この女は門番に疑念を抱かせて引き返させようとしたんだと思うが、甘い。
なんだか勝ち誇ったように笑っているが、とにかく甘い。
本当に詰めが甘い。
「門番さん! こいつ赤ずきんちゃんのお母さんじゃない! 狼が化けてるんだ!」
「い、いや。そんな馬鹿な・・・」
「見てて!」
本当に詰めが甘い。
そう言って僕はおばあさんの家へ走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
その作戦するなら僕たちとおばあさんの家の間にポジショニングしないと。
だってそもそも僕には18禁野郎と会話する筋合いなんてないのだ。扉を開け放って寝ている狼を門番に見せればそれでいい。
まあ、家と僕たちの間に入ったところで避けて走り込むだけなんだけど。狼のところに行くことが確実な僕がいる状況で話術で侵入を阻止しようというのが無理な話なんだ。僕ならそんな真似はしない。
大方僕が門番連れてきて焦ったんだろう。
「ほらっ!」
開け放たれたドアから床で眠る狼の姿があらわになる。
「ほ、本当だ・・・」
「ちッ・・・!」
門番が慌ててこちらへ駆けつけ、女が舌打ちをする。
「門番さん! こいつ寝てる! 今ならお腹を開けば2人を助けられるかもしれない! はい、はさみ!」
「お、おう」
ケーキ屋からずっと隠し持っていたはさみを門番に差し出す。準備がいいでしょ。
さて、これで僕の勝ちかな。
そう思った時だった。
「フェリスッ!!!」
ジュリの叫び声。
銃声。