ケーキ屋の男の子
「ケーキとぶどう酒をください!」
「はい、どうぞ。赤ずきんちゃん」
真っ赤なずきんをかぶった女の子に棚からケーキを取り出し、袋に入れて渡す。
ケーキは赤ずきんちゃんが来る前に僕が作ったやつだ。
代金を渡してきた母親に釣り銭を返した。
子供によく似ている。主人公の母親だけあってかなりの美人だ。
「おばあちゃんのところにお見舞いに行くの!」
「そっか、確か森の中だったね。気をつけるんだよ」
「うん!」
母親に手を引かれて赤ずきんちゃんが僕の店から出て行った。
正確には店の主人は僕の親だが、まあそこはどうでもいいだろう。
その親もこの物語における僕の親という設定なだけで特に思い入れも何もない。
物語世界の神たる老人に送り込まれた僕、職業ハッピーエンドクリエイターは今赤ずきんの世界にいる。
この世界での僕の役回りはケーキ屋で店番をしている少年だ。
つまりケーキ屋の小僧としての僕の役目は本来の物語なら終わっている。
「さて、仕事だ仕事」
だけれどもハッピーエンドクリエイターとしての仕事は今から本番だ。
「フェリス、頑張りなさいね」
僕の相棒である妖精のジュリが宙でゆらゆらと気怠そうに揺れる。
「おかえり、ジュリ。大妖精はなんて言ってた?」
ジュリの仕事は僕にあらすじを教えることが一つだが、実は他にもいくつかある。
その一つが物語を見守る大妖精のところで情報を集めてくることだ。
大妖精は一つの物語に一人ずついて、物語に異常が起きていないかを監視している。
もし何者かが物語に介入しようとしているのを大妖精が察知した場合、神である老人に救助要請が出される。
要請を受けた老人は僕たちハッピーエンドクリエイターを物語世界に送り込んで事態の収集を図る。
全て魔女の魔の手をくいとめるために老人の作った仕組みだ。
長い説明になってしまったけれど、結局のところ言いたいことは大妖精は味方、ということだ。
大妖精はジュリを通してその世界の状況を教えてくれる。ジュリと大妖精どっちが偉いのかはよく分からない。
あ、ちなみにジュリは女の子です。
「ただいまってところね。魔女の手先もフェリスと同じタイミングで入れ替わったらしいわ」
「じゃあまだ物語は変わっていないんだね。敵は一人?」
「ええ。他の侵入者もいないそうよ。よかったわね」
「よかったよかった」
魔女の手先は複数いることもあるため一人しかいないというのは朗報だ。考えないといけないことが減る。
登場人物の誰かと入れ替わっている魔女の手先は物語の結末をバッドエンドにねじ曲げようとしている。
それを阻止して本来の結末、ハッピーエンドに導けば僕の勝ちだ。
この世界、赤ずきんにおけるハッピーエンドとはなにかと言えば
『赤ずきんとおばあさんが狼の腹の中から救出される』
ことだ。
対してバッドエンドは
『赤ずきんとおばあさんが狼に食べられて救出されないまま死亡する』
ことだろう。
『赤ずきんちゃんやおばあちゃんが初めから狼に出会わない』
みたいなのはそもそも物語として成立しないので僕も敵方も目指しては来ない。
これはこの仕事を何回かしてみた僕なりの経験則、とでもいうべきものなのだけれど、あながち間違っていないと思っている。
魔女が望むのはバッドエンドなのであって物語の成立を阻むことではないのだ。
店を後にして赤ずきん親子の尾行を開始する。店番がいなくなってしまうがどうでもいいことだ。だってただの設定だし。
石畳の街並みを抜け、門で門番と話をしている赤ずきん親子を伺う。母親までいるのは見送りだろうか?
もしこのまま赤ずきんに同行するようなイレギュラーな行動をとった場合母親が魔女の手先ということになるが・・・。
「おばあちゃんのところにお見舞いに行くの!」
ケーキ屋と一言一句同じ言葉が赤ずきんの口から紡がれる。ロボかよ。
ちなみにだが僕も魔女の手先も主人公格と入れ替わることはまずない。赤ずきんの物語でいえば赤ずきんと、恐らく狼もそうだ。
物語における重要度が高過ぎる役は物語の世界そのものが入れ替わりを許さないらしい。
「森には怖い狼が出るらしいぞ。気をつけないと食べられちまうからな」
「そうよ、寄り道したりしちゃ、だめよ」
「はぁ〜い!」
大人二人からの忠告に気の抜けた返事。
本来の物語なら赤ずきんはこの後思いっきり寄り道する。他人事だと思っているのだろう。
てくてくと足跡を立てながら森へ小さな影が消えていく。
「フェリス、これからどうするのかしら。 彼女を追いかける?」
「ねえジュリ。この赤ずきんの世界をハッピーエンドにするための最重要人物は誰だと思う?」
「あら、わたしを試すつもり? 上等じゃない。そうね・・・」
少し考えるように宙を漂ってからジュリが答えた。
「狼かしら」
「ジュリは馬鹿だなぁ」
「!? 八つ折りにするわよ!」
「ごめんごめん、それを言うなら八つ裂きでしょ」
ピカピカと激しく明滅しながら僕にタックルしてくるジュリの頭を撫でてなだめる。
気持ち良さそうに大人しく撫でられながらジュリが僕に問いを返す。
「じゃあ誰なのよ」
「うん、それはね。僕が思うに、猟師だよ」
「猟師?」
猟師。
赤ずきんとおばあちゃんを食べた狼から彼女たちを救出するキーマン。偶然おばあちゃんの家に通りかかる彼を僕と魔女の手先、どちらが手に入れるかで勝負が決まる。
「赤ずきんが狼に食べられたまま物語を終わらせたい魔女の手先は十中八九猟師を狼から離そうとすると思うんだ。
そうすれば赤ずきんとおばあさんが狼に食べられて、そのまま誰にも救出されない悲しい物語の出来上がり。
それに対し猟師をお腹を膨れさせた狼のところへ連れて行けば僕の勝ち。この世界はそういう勝負になると思うんだ」
僕と魔女の手先にとっては極めて重要。だが『赤ずきん』という物語にとっては脇役だ。
僕が敵方ならまず猟師を排除する。
「ふぅん、猟師ね。あんたも分かってきたじゃない。わたしも最初からそう思ってたわ」
「狼って答えた妖精がいたと思うんだよなぁ」
「どこの妖精かしら。知らない妖精がいるものね」
「そうだねぇ。よし、というわけで森に入って猟師を探そう」
「ちょっと待ちなさいよ」
ジュリを撫でるのをやめて歩き出そうとした僕をジュリが引き留めた。
「どうしたの?」
「もうちょっと撫でてきなさいよ」
そう言ってジュリが僕の手の下に素早く潜り込んだ。
「しょうがないなぁ。1分だけだよ」
「仕方ないわね。それで勘弁してあげるわ。感謝しなさいよフェリス」
うちの妖精は甘えるのが好きだ。
「フェリス。猟師を見つけたわ」
さて、そんなわけで結局5分近くジュリを撫でた森に踏み入った僕は念のため赤ずきんが狼と一度目の接触をするのを見届けた後、猟師を探していた。
ジュリには僕と別行動で猟師を探してもらっていたが、彼女の方で収穫があったらしい。
こう言う探し物をする時にもジュリは便利だ。
ちなみに赤ずきんは今花畑で遊ぶのに夢中だ。
さっき見たときは花冠を作っていた。
「本当? 助かるよ。猟師は一人?」
「それなんだけど、残念ながら先を越されてしまったようね」
「あーあ、誰?」
どうやら後手に回ってしまったようだ。
猟師は無事だろうか? 魔女の手先からすればさっさと殺してしまうのも一つの手だろう。
「赤ずきんの母親だったわ」
「あー、そんなところだろうね・・・。女かぁ。猟師生きてるかなぁ」
「安心しなさい。生きてるわ」
「ほんと?それはよかった。どんな状況?」
「あ〜・・・、それはね・・・言えないわ」
何気なしに聞いた質問だったが何故かジュリが言い淀む。
「どうしたの、教えてよ」
「・・・言えないわ」
「なんでだよ。まあ言いたくないならいいよ。自分で見に行くから」
「一つだけ忠告しておくわ。赤ずきんは・・・18禁じゃないの」
「は?」
その言葉の意味はすぐに分かった。
「あら、あなたケーキ屋さんの男の子じゃない。
なるほど、今回はあなたが私の敵ってわけ」
美しい女が妖しく笑う。
はだけた服から覗く白い肌が艶めかしい。
「猟師は無力化したわ。気持ちよさそうにすやすや眠ってる。随分遊んだからもう当分、起きないでしょうね。
さあ、これで私の勝ちは決まった。
せっかくだからあなたも一戦どう?」
誘惑の手が僕へと伸びる。
僕は、
逃げ出した。
赤ずきんは18禁じゃないんだっ!
******
むかしむかし、あるところに赤ずきんちゃんと呼ばれる可愛らしい女の子がいました。
赤ずきんちゃんはおばあちゃんのところへお見舞いに向かいましたが、途中で狼に騙されて寄り道をしてしまいました。
寄り道をして赤ずきんちゃんがお花畑で遊んでいるころ、赤ずきんちゃんのお母さんは森で猟師さんと・・・
猟師さんは疲れて眠りこけてしまいました。