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004 (★★☆☆☆) 語り:海開きおじいちゃん

「ひゃっほい!」

5月5日、こどもの日の砂浜に響き渡る叫び声、その主は、海開きおじいちゃんの声だ。


話は少し前に戻そう。

また今年も海開きおじいちゃんが、僕の民宿に泊まりにやって来た。4月22日のことだ。

今年で88歳になるとは思える体つき、ガリガリの骨と皮、

ブルブル震える手足、薄い髪、しかしスタイル抜群の8頭身の190cm。

開口一番に海開きおじいちゃんはこう言った。

「しゃ、しゃ、しゃもじを、くれんか、ね……」

出た、しゃもじ好きアピールである。これはただのアピールであって本当に欲しいわけではない。

最初にここへ来た10年前、とりあえずしゃもじを渡してみたところ、

「おい、おい、本当に、渡したら、ワ、ワシが、ストレッチ、するとでも、思った、かねぇ」

と言った。しかしその時はまだ、ただのアピールとは気付かなかった。

僕はついつい「して下さるのですか?」と言ってしまった。

それを聞いた海開きおじいちゃんは背伸びをし、さらに僕を見下ろし、

「ワシは生粋のしゃもじいさんじゃ! ストレッチはせん!」

と非常にスラスラしゃべった。

これを聞き、

あれはただのしゃもじ好きアピールだということと、モタモタしゃべるということはキャラだということを知った。

その時、僕は少しキュンとしてしまったことは、まだ誰にもしゃべっていない秘密。


今年の話に戻そう。

海開きおじいちゃんはいつもの部屋に入り、またいつも通り一切出てこなくなった。

しかし、いつの間にか台所に来て、冷蔵庫を開けているので油断ができない。

去年は傑作だった。


「しゃ、しゃもじが、冷蔵庫、の中に、冷やしてある、ぞえ」

そう、僕は毎年そういう行動を取るので、冷蔵庫にしゃもじを入れといてみたのだ。

案の定、海開きおじいちゃんは驚いた……ことは驚いたのだが、やはり冷静な人だった。

そのしゃもじを取り出し、それで1回自分の頬を叩き、

「これくらいの冷たい手でビンタされたい……」

と言い、しゃもじを冷蔵庫の上に置き、自分の部屋に戻っていった。

その後僕は、手を氷水の中に入れ、キンキンに冷やし、手が冷たくなったら、

急いで海開きおじいちゃんの部屋へ行き、何度もビンタした。

海開きおじいちゃんはビンタをされながら、

「若き英雄よ、ついにここまで来たか……」

と言った台詞は、何度も夢に出てきている。

ちなみに夢の中では、何か犬みたいなのが言っていて、海開きおじいちゃんは全く関係ない。


今年の話に戻そう。

23、24……3、4、そして、5月5日。

「ついに、今日じゃ、じゃ、じゃあ、今年も、よろしく、頼もう……」

僕は海開きおじいちゃんを部屋から肩車し、砂浜へ向かって走り出した。

天井に頭をぶつけないように屈む海開きおじいちゃんは、これをアトラクション感覚でいる。

実は僕もアトラクション感覚なのだ。

全身震えるおじいちゃんをバランスよく運ぶゲームなのだ。


いつも通り、10回くらい、地面に叩きつけながらも砂浜についた。

今日の海はとても静かで、まるで、永眠した時の海開きおじいちゃんのようだった。

僕は一旦、海開きおじいちゃんを降ろし、服を脱がしてあげた。

Tシャツは優しく脱がし、ズボンは激しく脱がし、ブラジャーは切り裂く、これはもう通例行事になっている。

そして、ブラジャーを切り裂かれると必ず海開きおじいちゃんは、

「アメリカ軍……」

と言い、まだ日本が世界に負けていなかった時代のことを思い出すのだ。

全裸になった海開きおじいちゃんをまた肩車し、僕は海に足を入れた。

「ひゃっほい!」

5月5日、こどもの日の砂浜に響き渡る叫び声、その主は、海開きおじいちゃんの声だ。

僕の肩の上で大ハシャギの海開きおじいちゃん。

もうクライマックスである。僕は前のめりに倒れこむ。

海開きおじいちゃんは激しく地面に叩きつけられる。

「ぶひゃひゃひゃっ! 殺す気かい!」

とびっきりの笑顔でこう言い、

海開きおじいちゃんは僕のポケットからしゃもじを取り出し、自分の頬を強く叩く。

「痛い、ということは、生きてるんじゃ! ……あぁ、素晴らしい……生って素晴らしい……」

海開きおじいちゃんは涙を流した。

ここの海が他の海に比べ、しょっぱいのは、海開きおじいちゃんの涙のせいだ。

最後に海開きおじいちゃんは、

「日本が戦争に負けていなかったら、どう違っていたのだろうか」

と今年も問いを出した。

僕はいつもこう答える。

「僕たちは出会っていなかったでしょう」

と。

それを聞くと海開きおじいちゃんは満足げに笑い、海の中でおっきいウンコをする。

そして今年の僕はこう思ったのであった。

”今年のウンコはコーンたっぷりだなぁ、民宿でコーンの料理一度も出していないのに”と……。

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