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クロシロ  作者: 鳥飼泰
本編
9/21

9. 攻める白魔術師

今日はクロムの部屋でスノウをもてなす日。

今までの食事を見ていると、スノウはキナバル支部の食堂でも美味しそうに食べていたので、キナバル料理を出すことにした。


先日すでに部屋を見られてはいるが、今回は改めてのご招待になるので、簡単に片づけてリビングの机の上に花など飾ってみる。


「んん、なんだかちょっと浮かれてるかな……」


そういえば昼食の時、後輩にも落ち着きのなさを指摘されたのだった。

だが、楽しみなのは本当なので、まあいいかとクロムは開き直った。



そうしてやや挙動不審になりながら、たまにふふふと頬を緩めたクロムが夕食の準備を終えたころ、スノウがやって来た。

スノウの入館申請は事前に済ませておいたので、今日はクロムの部屋までひとりで来ることができるのだ。

実のところ、例え申請がなくても王都から頻繁にやって来るスノウは既に顔パスになりつつあったりするのだが。



「クロム」

「いらっしゃいませ」


部屋のドアを開けて迎えると、スノウはいつものように白魔術師のローブを着てそこに立っていた。クロムと目が合うと、微かに微笑んでくれる。

自分の部屋の前にスノウが立っているというのも、なんだか不思議な気分だ。


「今日は招いてもらったから、お礼にこれを」

「わ。ありがとうございます!」


スノウが手渡してくれたのは、色とりどりの果物ゼリーだった。

保冷庫に入れて、食後に出そう。



「とりあえず座っていてください。お茶でも入れますね」

「ありがとう」


調理はすでに終えており、後は盛り付けて並べるだけなので、食事用のテーブルセットがある台所へそのままスノウを案内する。


「……いい匂いがするな」

「もう出来ているので、後は出すだけですけど。すぐに食べます?」

「ああ」


器だけが並んだテーブルと調理台に置かれた鍋を、スノウは興味深そうに見ている。それがなんだか子供のようで、クロムは心がほんわりした。



湯気が立つコップをスノウの前に置き、お茶で満たした大きめのポットも横に並べた。


まずは香草のサラダから盛り付けていく。

これは、香草と野菜を酢やオイルで和えて、キナバル特産である魚の発酵調味料を加えただけのものだ。独特の香りが食欲をそそる。


主食は、クロムお気に入りのチキンライスにした。

キナバル鶏のスープで炊いたごはんの上に蒸したキナバル鶏を乗せ、お好みでどうぞと甘辛いソースも添える。

これは何度か作ったことがあるので、失敗のないものをと今回選んだのだ。

さすがに初めて手料理を振る舞うのに、経験値の低いものを出す勇気はない。


それから、野菜スープ。

スノウはよく食べるので、ボリュームのあるキナバル豚を加えたスープにした。

ただのスープと侮ってはいけない。キナバル豚は脂身が多めなので、こってりしたスープになる。見た目以上にボリュームのある一品だ。

クロムの器には野菜ばかりのスープを注ぎ、スノウの器にはキナバル豚をごろごろ入れておく。


最後に、茶葉入りのケーキも焼いておいた。

茶葉を練り込んだ生地を焼いただけの簡単なもので、たくさん出来たので、アッシュにもおすそ分けしようと思っている。



説明と共に次々と並べられていく料理に、スノウは嬉しそうに目を輝かせている。

ひとつひとつ料理の説明をされるのも、期待を高めてくるので心が浮き立つらしい。

そうした様子を見ると、クロムの心は再びほわりと温かくなった。


席に着いて改めてテーブルの上を眺めると、普段にはない量の料理が並んでいる上に向かいにはスノウが座っていて、いつもと違うその光景にクロムはなんだかむずむずした。

しかしそれをうまく言葉にはできそうになかったので、不思議そうにクロムを見るスノウには、微笑んでごまかしておいた。



スノウの最初の一口を、クロムはさりげなさを装いつつ、やはりじっと見てしまう。

それに気付いたらしいスノウが、微笑んで言ってくれる。


「……美味しい」

「よかったです!」


ほっとしたクロムは、ようやく自分もサラダに手を伸ばした。



「食堂の料理ももちろん美味しいが、俺はクロムの味付けの方が好みに合っている気がする」

「ありがとうございます。じゃあ、味の好みが私と近いのかもしれませんね」


スノウは今日もよく食べてくれた。

クロムは、スノウの美味しそうに食事をするところが好きだった。今日のように自分の作ったものを嬉しそうに食べてくれているのを見るのは、とても幸せな気分だ。


スノウは空腹だったのか、どれも美味しいと言ってきれいに平らげてくれた。

もし満腹のようならケーキは包んで持って帰ってもらってもいいかなと思っていたが、その心配はなさそうだ。



食後、クロムがお皿を洗い場へ持って行こうとすると。


「片付けは俺がやろう」

「え、そんな、お気遣いなく」

「いや、魔術でやってしまうから」


言いながら、ささっと魔術を編み上げてしまったらしいスノウが手を振ると、ぽわりと光ったお皿たちはあっという間にぴかぴかになってしまった。


「わ、ありがとうございます」


クロムが笑顔でお礼を伝えると、スノウも笑って返してくれた。




夕食を終え、二人はソファへ移動してゆったりと食後のお茶を楽しんでいた。

そうして一息ついたころ。

クロムがお茶のお代わりでも入れようかと立ち上がったところで、ふと、スノウに手を引かれた。


「スノウさん?」


くいっと力を込められるとクロムは前屈みに引っ張られ、スノウの足をまたいで向かい合わせでソファに乗り上げる体勢になる。


「あの……?」


クロムはソファの上での不安定さに慌て、両手をスノウの肩に置く。すると支えるように、スノウの手がクロムの腰に添えられた。

その手の温度に、クロムの顔に微かに朱が上る。


「クロム、もうお茶はいい。それよりもクロムと一緒に居たい」

「あ、はい……」


いつもとは違い、座っているスノウが下から見上げてくる。じっとクロムを見つめる明るい黄緑の瞳には含むものがあり、そんな色もきれいだなとクロムは思った。


出会った当初に比べれば、スノウは格段によく喋ってくれるようになった。

それでも、その雰囲気や瞳から多くのことを伝えてくる。

今も、その瞳から伝わってくるのは、明確な熱。

その熱は、クロムの中にもあるものだ。


いつの間にか後頭部に添えられた手にそっと引き寄せられても、抵抗しようなんて思えずに。緩く結っている髪が肩を滑って流れ落ちるのを感じながら、クロムは促されるままにスノウに口づけを落とす。


「…………」


顔を離し、伏せていた目を開けると、スノウは熱で潤んだ瞳を細めて艶やかに微笑んでいた。男性的な満足感をにじませ、それでいて、無垢なほどの幸せだという喜びをクロムに伝えてくる。


「っ、…………」


その溢れんばかりの感情を間近で当てられてしまったクロムは、全てを受け止めることができず、顔を真っ赤にしてスノウの首元に顔を埋めるしかなかった。

すると、くすりと笑ったスノウが宥めるように優しくクロムの頭を撫でてくれたが、その余裕さに、なんだかしてやられたようで悔しくなった。


感情を持て余したクロムが唸りながら目の前の首にぎゅうぎゅう抱き着くと、スノウは声を上げて笑ったのだった。



「負けませんよ!」


今の攻防で負けた感のあるクロムは攻撃に転じるべく、これでどうだとスノウの膝の上に居座ることにした。


さすがに向かい合わせは羞恥が勝るので、スノウの足の間に背を向けて収まる。

クロムがぼすんと背中を預けてもたれかかると、スノウはびくりとした後しばらく固まっていたようだ。


「スノウさん?」


おやっと思い後ろを仰ぎ見ると、目元を染めたスノウがこちらを見ていた。


「クロム…………」


いくらか責めるような目をされたので、先制攻撃をしかけてきたわりに、どうやら防御は低いらしい。

よしよしと戦果に満足していると、小さく息を吐いたスノウがお腹に手を回してきたので、クロムはその手をぽんぽんと叩き、お互いの健闘を称えておいた。


今度はスノウにぎゅうぎゅうとやられたが、そういえばとゼリーの存在を思い出したクロムは、デザートを持って来るからと言って無理やり立ち上がり、スノウを放置して台所へ向かった。



保冷庫からゼリーを出しながら、クロムは首を傾げる。


(なんでスノウさんは、いきなりこんなに積極的にパーソナルスペースを埋めてきたのかな……)


またアイビーに何か吹き込まれたのか。

スノウのことは大事だが、しかし急にあれほど親しくされると、クロムとしては驚いてあわあわしてしまった。なんとか反撃したが、してやられた感がある。

なんとなくやり場のない悔しさに、ひとまず全てアイビーのせいだということにして心を宥めた。



器にゼリーを盛り付けて持って行くと、ありがとうと言ったスノウが当然のように手を広げて、元の位置に収まるように無言で要求してくる。


「もうおしまいです!ゼリーをいただきましょう、スノウさん」


そう言い放って向かいに座ってしまうと、スノウは悲しそうに眉を下げたようだが、クロムがそちらを見ないようにしていると、諦めたのかゼリーに手を伸ばした。

これでクロムもようやく落ち着いてゼリーに向き合うことができる。



スノウが持って来てくれたゼリーは素晴らしかった。

食べるのが好きなスノウは、王都の美味しい店には詳しいらしい。このゼリーもお気に入りの店なのだとか。


まず、見た目からして心をくすぐる。

ぷるんとしたサイコロのようなスクウェア型で、桃色に黄色、紫色と目にも楽しい。そのそれぞれに、中には花の形の多彩な砂糖菓子が入っていて、とても可愛い。

口に含むと、ゼリーらしくとろりとして瑞々しく、果物の味もしっかりある。中に入っている花の砂糖菓子が違う食感を与えてくれるので、飽きずに食べられる。

桃色が桃味で、黄色は蜜柑味、紫色は葡萄味と、変に冒険した変わり種がないところも良い。


あまりにも美味しくて、クロムはにこにこでゼリーを楽しんだ。

スノウも、お気に入りと言うだけあって頬をゆるめて食べている。

王都に戻ったらこの店に連れて行ってほしいとクロムが頼むと、快く了承してくれた。



そこからは、スノウが帰る時間になるまで、いつものように穏やかな時間を過ごした。

スノウとの時間は心地よく、先ほどのようにいきなり攻められるよりは、やはりこのくらいの穏やかな過ごし方の方がいいかなと、クロムは思ったのだった。


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