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クロシロ  作者: 鳥飼泰
本編
8/21

8. もちろん先輩も来る

それからも、たまにスノウが夕方にやって来て、共に夕食をとる。

何度かそんなことが続き、これは王宮での昼食会と同じだなとクロムは気付いた。王宮の昼食会といえば、アイビーがまざって三人で食べたこともあった。


しかし、さすがにアイビーが来ることは無いだろうと思っていたのだが。




「え、アイビーさん?」

「すまない……」

「やあ、クロム!久しぶり。元気にやっているようだね」


いつものように外客棟へ行くと、そこには申し訳なさそうな顔をしたスノウと共に、アイビーが笑顔で手を振っていた。


「だ、大丈夫ですか?アイビーさんまで来ちゃって……」

「うん、なんの問題もないよ!わたしもクロムに会いたかったし。あ、そうだ」

「……わっ」


そこでアイビーは両手を広げてクロムに抱き着いてきた。


(そういえば、あの再会の挨拶はアイビーさん発信だった……)


友人とはいえ異性に抱きしめられるのはやはりちょっと恥ずかしいなとクロムが思ったところで、スノウがアイビーを引き剥がしてくれた。


「アイビー……」

「ははは、怒られちゃった。でもわたしも友人なんだもの、いいよね」

「友人ではありますが、その挨拶はちょっとご遠慮させてください……」




その後、久しぶりに三人での食事会となった。場所はいつもの食堂だ。


アイビーも辛いものは問題ないというので、クロムのお勧めでいろいろ注文していく。今日は三人もいるので、普段はなかなか挑戦できない魚介鍋を中心に選んでみた。キナバルは海に面してはいないが、広大な川を有しているので川魚などは豊富にそろう。



しばらくして、机の上に大きな魚介鍋が届いた。

ここで出されるのは鉄製の鍋で、中央部分に煙突のような穴の開いた突起がある。そこに火の魔術をかけた石を入れ、鍋を温めるのだ。そうすると、食べている間もずっと温かいまま楽しめるという、東南部では一般的な鉄鍋の仕様だ。


「これは……、実は初めて食べましたが、けっこう容赦なく辛いですね」

「うん。そもそも辛いものが火石で熱いから、辛みが増すね」

「だが、これはこれで悪くない」

「魚介のだしが野菜にもしみています」

「わたし、海老が好き」

「……アイビー、海老ばかり食べずに野菜も食べろ」


しばらくは三人ではふはふと鍋を堪能した。



鍋の他にも、以前にスノウが気に入っていた肉の串焼きなども出てきたころ。


「そういえば、さっきの転移で思ったけど、精霊蜜が減ってきたからどこかで探しに行った方がいいかも。そろそろ師長が泣きそう」

「そうか。まだしばらくはここへ来なければならないから、蜜は必要だな。では近いうちにどこかに潜るか」

「…………せいれい、みつ」


転移が云々ということは、もしやそれは白魔術師棟の秘蔵とやらだろうか。

白魔術師側の問題として関わらないようにしようと思っていたが、どうにも未知の名前が気になって、クロムはつい口を挟んでしまう。黒魔術師の悪癖だ。


アイビーが何度目かの海老に手を伸ばしながら説明してくれた。


「そうだよ。精霊蜜は、精霊たちの大好物なんだ。これをあげるとたいていのお願いは聞いてくれる。ただ、前時代の遺跡から発掘する以外に入手方法がないから、けっこう希少なんだ」

「え、それは相当に希少なのでは。今の時代では作れないということですよね……?」

「まあそうだけど。無くなればまた探しに行けばいいだけだし。今まで使っていたのも以前にわたしが見つけたものだから、問題ないよ」

「…………そうですか」


隣でスノウも頷いているので、二人にとっては本当に問題ないようだ。

ただ、やはり白魔術師長にとってはそうではないだろうなとも思った。



ソースに手を伸ばしたところでその左手に馴染んだ黄緑の魔石が目に入り、そういえばとクロムは最近気になっていたことを尋ねてみることにした。制作者のアイビーもいるなら丁度いい。


「ところでこの腕輪、もしかして誰でも彼でも弾くような魔術が組み込まれていませんか?」

「…………」


スノウが不自然に目線を逸らす。

黙秘を貫くつもりのようだが、その態度が何かあると告げている。


「……せっかくの贈り物で大事にしたいので、分解して中の魔術回路を見るようなことはしたくないのですが、黙秘するようなら自分で調べてみますよ?」

「…………害のある魔術や魔獣の他に、君に触れた男は全て弾くようになっている」

「やっぱり。同僚たちは私を害するようなことはありませんが」

「だが、アイビーが絶対に必要だと言っていた」

「アイビーさん!!」

「えー、大事な友人を案じてのことだよ」

「おかげで私には、不本意な呼び名がつきましたが」


その後もアイビーなりの主張をうだうだと続けていたが、けっきょくこの場で調整をしてくれることになった。

さすがに食堂で魔術道具を広げるわけにはいかないので、クロムは二人を自分の宿舎に連れて帰ることにした。




キナバル支部では、派遣職員には宿舎の個室が提供される。

各部屋には、リビングと寝室の二部屋にその他台所や風呂トイレ設備と、一通り備わっている。クロムの部屋は単身者用であるが魔術師仕様になっており、リビングには作業用の場所もあるので、そこそこの広さがある。

魔術師の職員は、業務外で魔術書を読んだり魔術道具を組み上げたりすることがあるため、与えられた宿舎の部屋には作業用に書き物机が備え付けられているのだ。



アイビーの調整作業はそれほど時間はかからないと言うので、クロムはスノウと食後の一服をして待っていることにした。

以前に書庫の仕事でも思ったことだが、アイビーは作業が早い。


「せっかくだから、見てる?」

「……っ、いえ、見ません」

「ふふ、そう?」


アイビー作の魔術回路には非常に興味をそそられたが、贈り主の前で贈り物の分解を見学するのはさすがにどうかと思いとどまり、作業用の机をアイビーに提供してそちらは見ないようにする。

クロムの葛藤が分かっているかのように、アイビーは含み笑いをした。




スノウにソファをすすめ、クロムは台所でお茶の準備をする。せっかくなのでキナバル地方の甘いお茶を入れることにした。

王都ではお茶が甘いというのは信じられないことだが、辛い料理が多いキナバルでは、食後に飲むのに甘いお茶は相性が良いのだ。ほのかな甘さが、痺れた舌を優しく労ってくれる。

こういった、その地方特有の文化もクロムは好んでいる。



お茶を入れて戻ったクロムが部屋の中を興味深そうに見ていたスノウの前にコップを置くと、スノウははっとして目元を染めた。


「……すまない。女性の部屋をじろじろ見るのは失礼だったな」

「ふふ、構いませんよ。宿舎ですしね。スノウさんは、あまり遠方への赴任は経験がないですか?」

「ああ、俺は専ら王宮内ばかりだ。クロムは慣れているみたいだな」

「はい。最近はなぜか王宮での仕事が多かったですけど、それまでは王都や王室直轄領での仕事に派遣されることが多かったですね。だから今回の件も、特に抵抗がなかったというか」

「……それでうっかり俺に話すのを忘れたわけだな」

「あっ、そ、それは申し訳なかったと……!」

「いや、いいさ。くくっ、今のは意地が悪かったな」

「む。わざとですね」

「ははは」


そこで視線を感じて振り返ると、アイビーがこちらをじっと見ていた。

クロムが振り返ったことに気付くと、なぜか満面に笑みを浮かべた後、作業に戻った。



「台所設備もあるんだな」

「長期滞在用の部屋ですからね。休みの日なんかは、気分転換に料理をしたいといった要望も多いのでしょう。私も、仕事が早く終われば夕食は自炊ですね」

「そうなのか……」

「興味があるなら、次回はうちでの夕食にご招待しましょうか?たいしたものは作れませんけれど」

「…………いいのか?」

「はい、おもてなししますね」


なにやら自炊での食事に興味がありそうだったので誘ってみたのだが、スノウは思いのほか喜んでくれ、次回はクロムの部屋での晩餐ということになった。




「よし、できたよ」

「わ、ありがとうございます」

「クロムの希望通り、害する意志のあるものだけを弾くようにしてあるから」

「その判別って、装飾品に付与できる術式でやろうと思うとけっこう難しそうですよね」

「まあね。でも収穫の系統で、」


アイビーが解説してくれようとしたが、クロムは慌てて止めた。

聞いてしまったら、自分で分解して確かめてしまわない自信がない。せっかくの贈り物にそのような扱いはしたくなかったのだ。


「なるほど、そうかもね」

「大事にしてくれて嬉しい」

「じゃあ、スノウが着けてあげなよ、はい」


腕輪を手渡されたスノウが、再び丁寧な手つきでクロムの左手に着けてくれた。

それを見ていたアイビーが、にっこりと言う。


「腕輪っていいよね、それも左手だし」

「え、」


魔術師には、特別な意味を持つ身体的部位がある。

そのひとつが、魔術を編み上げ指向性を持たせる時に使う左手の第二指だ。

そのため、左手への装飾品は他のものよりも意味が重い場合が多い。


(スノウさんは自然に着けてくれたし、あまり深く考えていなかったけれど、そういえば左だったな……)


自然と自分の左手をクロムが見下ろすと、まだクロムの左手を掴んだままだったスノウの手が、一瞬きゅっと力をこめた気がした。

それに促されてスノウを見ると、するりと左手が解放される。


「クロムは、大事だから」

「……そうですね、私も、スノウさんのことが大事です」


クロムとスノウは、なんとなく顔を見合わせて微笑みあった。


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