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クロシロ  作者: 鳥飼泰
本編
6/21

6. 王宮を離れて

半年ほど遠方へ行くことになった。



「キナバル派遣中のリードが負傷してね。急で悪いけど、リードの残り任期の半年ほど、あっちに行ってくれる?」

「え、リード先輩は大丈夫ですか?」

「まあ、いつものうっかり事故だから。ただ、向こうでの業務には支障があるみたいだから、交代させることにしたのよ」



黒魔術師長の執務室へ呼び出されたクロムは、上司からそう言ってキナバル赴任を打診された。


東南部のキナバル地方へ、王宮は魔術師を二年交代で派遣している。キナバル地方は王都からはるか離れた場所に位置し、前時代の魔術や遺跡が多く残されている。その調査・研究を行うのだ。

現在派遣中のリードが負傷し、急遽の交代要員が必要となったらしい。期間はリードの残り任期、半年。

すぐにでも必要ということで、外部での仕事に慣れているクロムが選ばれたのだ。


「キナバルって、前時代の魔術書がたくさん発掘されるところですよね?」

「そう。珍しい魔術なんかがいくらでも出てくるわ」

「行きます!」


最近は王宮での仕事が多かったが、もともとクロムは外部での仕事を主に引き受けていたのだ。こういった遠方での任務に忌避感はない。

むしろ前時代の魔術書と聞いて、楽しみなくらいだった。



赴任先のキナバルは、特殊な魔術道具を使えば一瞬で行ける場所ではある。しかしその魔術道具は、組み込まれた魔石が希少なものであるため王宮の管理下にあり、公式の使用許可を必要とするものだ。


だから一度赴任してしまえば、何か特別な理由が無ければ戻ることはないだろうと分かっていたので、それまでに赴任先での業務に向けての準備や引継ぎ等、クロムは山のような雑事に追われることになった。


辞令が出てから出発まであまり時間的余裕が無かったために、慌ただしく準備を進めた。

そのため黒魔術師棟からほとんど出ることもなく、スノウに会う機会も無かった。

クロムはあまりの忙しさに、ついうっかり、スノウに遠方赴任の件を伝えることを忘れてしまったのだった。



そのことに気付いたのは、既に赴任した後のことだった。




さすがに不義理をしただろうかと、補佐としてキナバルへ連れて来た後輩アッシュと昼食をとっている時に、それとなく相談してみた。


「えっ、それまずくないっすか!?あんだけ懐かれてたのに、ひとことも無しにキナバル赴任って……ひでぇ!!」

「え、そうかな……」

「俺、今回の赴任に関しては彼女と一晩かけて話し合いましたよ」


目の前の後輩には、白魔術師の可愛い彼女がいる。


「いや、そりゃあアッシュたちは恋人という関係だから、同僚である私とスノウさんとは違うよね。それにスノウさんって淡白そうだから、意外と気にしてないかもしれないし……」

「はあ?あの人が淡白なわけないでしょうが!」


ごにょごにょと言い訳めいたことを口にして、クロムは目の前のキナバル名物チキンライスに視線を落とす。前時代の魔術書が楽しみでいくぶん浮かれていた自覚もあるので、やや後ろめたくあるのだ。

すると後輩は左手で机を叩いて吼えた後、すっと目を細めて姿勢を正し、いいですか先輩、と言葉遣いまで正して諭すように続けた。


「精霊は、気に入った者には目いっぱいの愛情を注いで力を貸してくれますよね。白魔術師はそれによって魔術を行使します。そしてスノウさんは、非常に強力な精霊の加護を受けています。そのおかげか、あの人の先輩への執着はまさに精霊のごとしです。……白魔術師って、俺たち黒魔術師には思いもよらぬことで暴走しますよ?」


白魔術師の恋人を持つ後輩の静かな威圧に、クロムはチキンライスを頬張りながら頷くしかできない。


「つまり!黙ってキナバルまで来ちゃった先輩の行動は、非常にまずいってことっす!!昼食よりこっちに集中してください!!」

「はい…………」


最後に両手で机を叩かれ、後輩のあまりの剣幕に、スプーンを置いて両手を膝の上に揃えたクロムだった。



幸いなことに、その後すぐに休憩の終わりを告げる鐘が鳴ったことで、クロムは荒ぶる後輩から逃げ出すことができた。

しかし別れ際、とにかくすぐにスノウに連絡してフォローをしておくようにと言われてしまい、困惑した。


「そこまでするほどのことかな?」

「分かってませんね、先輩」



後輩に強く言われたものの、スノウに連絡するのは少し躊躇われた。

確かに随分と良くしてもらっていたから、挨拶もしなかったのは少し不義理をしたかなという気はするものの。

それは仕事で忙しくしていたせいであるし、そのうちどこかでクロムの辞令を耳にすることもあるだろう。だから、わざわざキナバルから魔術道具を使って連絡するほどのことだとは思えなかったのだった。




しかし、後輩は正しかった。


翌日、来客があると呼び出されたクロムが外客棟へ行ってみると、そこにはまさに昨日話題に上った、無表情な同僚が待っていた。


「え?」


ここで見かけるはずのない人物が目の前にいることと、昨日の会話からの今日であることで、クロムはとても動揺した。

扉を閉めたところで固まってしまったクロムに、スノウが立ち上がって近付いて来る。


「こちらに赴任になったとか」

「あ、はい。そうです。半年ほどここで働くことに……」

「……君からそんな話は聞かされていなかったから、驚いた」


俯き加減で呟くスノウは、黄緑色の瞳が隠れて表情が見えないが、明らかに落ち込んでいる雰囲気をまとっている。

さらに声にも暗い感情を乗せており、クロムの罪悪感をちくちくと刺激してくる。


「え、そんな、しょんぼりしないでください」

「俺は、それなりに君と親しくしていたつもりだったのだが、……一言もなしに去ってしまう程度の仲でしかなかったのだろうか…………」

「その、辞令から出発まで時間的余裕に乏しく、準備に忙しくしていて黒魔術師棟から出る暇がありませんでした。スノウさんに挨拶ができず、心苦しく思っていたところなのです」

「そうなのか…………」

「はい。私も、スノウさんとは親しくさせていただいていたと思っています」

「……そうか」


あせあせと述べたクロムの弁解を聞いて、だんだんとスノウの顔が持ち上がってきた。なんとか気分を回復させてくれたようだ。

しかしクロムがほっとしていると、スノウはそこで両手をこちらに伸ばして不思議なことを言い出した。


「では、再会の喜びを込めて、抱きしめても良いだろうか?」

「はい?」

「アイビーが、久しぶりに再会した友人とは、抱き合って喜びを表現するものだと言っていた」

「アイビーさん!!」


元凶らしい人物の名を呼んでも、王都には届かない。

スノウはアイビーの言葉を信じているらしく、両手を広げたままクロムとの距離を詰めてくる。

思わず後退しようとしたクロムだが、後ろ手に扉が触れ、扉の前に立っていたのでそれ以上は下がることができないのだと気付いた。なんだか追い詰められたような体勢になっている。


「あ、あの、」

「だめだろうか……」


スノウは不思議そうに首を傾げるばかり。いったいアイビーは何を考えてスノウにこんなことを吹き込んだのか、いつか絶対に聞き出さねばなるまい。いや、ただの悪戯かもしれないが。

スノウに罪はない。アイビーに吹き込まれたことを素直に飲み込んで実行しているだけなのだ。だからここは不義理をしてしまった友人としては、しっかりと受け止めてあげるべきだろう。


「ぐぅ、わかりました、会えて嬉しいです!」

「…………ああ、俺も嬉しい」


待っているのは羞恥に耐えられないのでと、勢いをつけて自分から抱き着きに行ったクロムに、スノウはぎゅっと抱き返してくれた。


抱き着いてみると、細身に見えるスノウが意外とがっしりしているということが感じられた。よく食べているだけはある。

柔らかさよりも硬くしっかりした部分の多い身体は女性のクロムとは明らかに違うもので、スノウが異性であることがはっきりと伝わってくる。

そうするとクロムはなんだか心がむずむずしてしまい、慌ててスノウから手を離した。


(無性に恥ずかしい!こんなことなら、大人しく魔術通信を入れておけば良かったかもしれない……)




なんとかアイビーの言うところの再会の挨拶を終え、お茶でも入れようかと言ったクロムに、すぐに帰るからとスノウが本題に入った。


「実は、これを君に渡したいと思って」

「腕輪?魔術道具……ですか?」

「……魔除けのようなものだ。ここには前時代の魔術や遺跡が残されている。気休め程度ではあるが、君を害するものから守るよう、俺の魔力をこめておいた。魔術回路はアイビーに組ませたから、性能も悪くないと思う」



(…………これ、どれだけの魔力が入っているのかな…………)



差し出された腕輪は細身の鎖が華奢な作りで、しゃらりと揺れている。けれど繊細でありながらすぐに壊れてしまいそうな脆い印象はない。色は落ち着いた鈍い金色で、手首につけていても存在を主張しすぎないようになっている。

そしてなにより中央に置かれた魔石が、こめられた魔力がどれだけ潤沢かを示すように吸い込まれそうな深い黄緑色に輝いていて、思わずじっと見つめてしまった。


「……気に入らないだろうか?」

「えっ、あ、違います違います!あんまり綺麗で見惚れていました。ありがとうございます、嬉しいです」


あまりに見つめすぎてしまったのか、スノウが不安げに声をかけたことでクロムは我に返って感謝を伝えた。

せっかくなのでその場で身に着けようとすると、スノウに左手をとられた。


「俺に着けさせてくれ」


クロムが返事をする間もなく、スノウは壊れものを扱うような優しい手つきで華奢な腕輪を着けてくれた。


きちんと装着できたことを確認するためか最後に手首をひと撫でされ、それがあまりに優しく親密な行為に思えて、クロムはまた少しもぞもぞしてしまった。



クロムの左手に収まった腕輪を見て、スノウは満足げに微笑んだようだ。


「多少のことでは劣化しないようにしてあるから、キナバルにいる間、できれば外さないようにしてほしい」

「分かりました」

「今日は急なことだったので、もう戻らなければならないが、……また会いに来ても良いだろうか?」

「はい。機会があれば、是非また」



王宮に戻って行くスノウを、クロムは手を振って見送った。


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