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クロシロ  作者: 鳥飼泰
本編
5/21

5. 臨時チーム

本日も白魔術師との合同業務。

パートナーはもちろんスノウだ。

そろそろ恒例になってきた。



「王宮書庫、冬の区画か」


王宮のはずれにある書庫。その扉の前に、クロムとスノウは立っていた。

くすんだ茶褐色の両開きの扉には、知識を司るリトリが左右に向かい合うように描かれている。


王宮書庫は、地下に広がる広大な空間だ。所蔵が増えるに従って魔術で空間を拡張しているために、今がどれほどの規模になっているのかは誰にも分からないとされる。

書庫は四季の区画、水の区画、森の区画などに分けられており、所蔵される書はその性質に合った保存区画に収められる。


今回の業務は、その中の冬の区画でのものになる。

王宮書庫の冬の区画の環境を調整している魔術盤は、劣化を防ぐために定期的な入れ替えを行っている。

先日入れ替えを行った冬の区画で、どうも環境調整がうまくいっていないらしい。

その魔術盤は黒魔術の回路で組み上げられており、魔石には白魔術が込められている。

外灯の制御盤もそうだったが、白魔術の回路を組み上げられる魔術師は少ないので、魔術道具は黒魔術の回路で作られているものが多いのだ。



「術符は俺がやろう」

「では、お願いします」


クロムが取り出した冬の区画への術符を、スノウが受け取る。

書庫へ入るには、扉の前で冬の区画用の術符を使う必要がある。

書庫への扉はこのひとつだけであり、全ての区画へここから出入りする。各区画には専用の術符があり、その術符に応じた区画への道が開かれるのだ。


冬の区画の術符にスノウが魔力を通すと、術符が淡く光った。


(わ、きれいな魔力だな……)


すると術符は、先の方からほろほろと崩れて炭のような黒い粉となり、舞い上がって扉へ向かっていく。徐々に崩れていく術符がスノウの手の中から消え落ちるころには、扉の色は真っ黒になっていた。

この黒が、冬の区画を表す色である。


「行こう」

「はい」


スノウが扉を押すと、ぼんやりと照らされた狭い階段が現れる。

クロムとスノウは冬の区画へと続く階段を降りて行った。




(冬の区画は初めて来たな……)


王宮書庫は許可が無いと入ることができないために、王宮で働いていても入る機会は多くない。閲覧したい書がある場合は、申請すれば黒魔術師棟に届けてもらえるため、わざわざ書庫に行く必要がないということもある。


改めて見てみると、床や書棚は全て黒で統一されているが、書に影響のない程度には明るさを保たれているためそれほど暗くはない。

冬の区画に相応しいきんとした空気にどこか厳しさを漂わせ、全てが眠りについているような静けさがある。だが一方で、春を待ちわびる、なにかが起き出す直前のようなさわさわした気配もあるという、不思議なところだった。



「どうも、ご苦労さんです」


階段を降りきったところで辺りを見回していたクロムたちを迎えたのは、冬の曇り空のような重い灰色の髪に、淡い黄色の目を気怠そうに緩ませた男だった。

区画管理人の制服である、左右が開いた貫頭衣のような青い上着を身に着けている。ということは、この男が冬の区画の管理人なのだろう。


「管理人の方ですね。要請を受けて参りました、黒魔術師のクロムです」

「……白魔術師のスノウです」

「や~、面倒かけます。冬の区画管理人のグラファイトです」

「………………」

「クロム?」


クロムがグラファイトをじっと見てしまったので、スノウが訝しんだように声をかけてくる。


「あ、すみません。夏の方にお会いしたことあるのですが、随分と雰囲気が違うものですから」

「あー……、夏ね。暑苦しかったでしょう?あれは夏の灼熱の側面を持っているので。僕は、冬の停滞の側面の影響を受けているので、こんな風にやる気がない感じなんですよ。本当はずっと冬眠していたいほどです」

「なるほど。管理人の方はその区画の影響を受けるのですね……」


では冬の厳しさの側面の影響を受けていれば、もっときびきびした感じになるのだろうなと、クロムは興味深く頷いた。




「これが区画環境を調整している魔術盤です」


だるそうに歩くグラファイトに魔術盤のもとへ案内してもらうと、そこには冬の台座があった。

腰ほどの高さの土台部分がびっしり氷に覆われ、台座部分には端からつららが何本も下がっている。魔術盤を置いた周囲には分厚い積雪があり、今もはらはらと雪が降り積もっている。これは魔術的なものなので、もちろん台座の上に雪雲が垂れこめていたりはしないし、溶けて下に水たまりを作ったりもしない。

この区画の台座にふさわしく、冬の気配を漂わせている。



「とりあえず、中を見てみましょうか」

「じゃあ、僕が開けましょう。…………わっ」



グラファイトが魔術盤の外装を開けた途端。



魔術盤に組み込まれていた魔石が勢いよく飛び出したのだ。

空中で静止すると、そこからぴょいぴょい跳ねながら遠ざかり、あっという間に書庫の陰に隠れてしまう。


後には、魔石のあった場所がぽっかりと空いた魔術盤が残った。



「あらー……魔石が逃げましたねぇ」

「グラファイトさん、のんびり見送っている場合じゃないです。スノウさん、どっちに行きました!?」

「……あちらだ」


魔石には白魔術の気配があるので、この場合はスノウの方が気配を追いやすい。

二人で追いかけるが、魔石は移動し続けているようで姿が見えない。慣れない書庫での移動に手こずり、なかなか追いつけないでいた。



何か別の方法をとるべきかとクロムが考え始めたところで。

書棚からひょいと顔を出したのは、なんとアイビーだった。


「え、アイビーさん?」

「やあ。これでしょ」


アイビーの手には、逃げ出した魔石が握られていた。

白魔術を使って捕らえているらしく、魔石は静かに手の中に収まっている。


「わあ、捕獲にご協力ありがとうございます」

「アイビー、何故お前がここにいる?」

「あー、そういえばもうひとりお客さんが来てましたね」


うっかり置いてきてしまったグラファイトも、ようやく追いついてきたようだ。


「そうだよ、ちょっと用があって来ていたんだ。急に冬の気配が薄くなって変だなと思ったら、その魔石が跳ねて来たんだよ」

「あー、そうでした。早く魔石を戻さないと、冬の環境が崩れてしまうなあ……」

「そうですね。とりあえず魔術盤に戻りましょう」



冬の台座まで急いで戻って来た三人とアイビーは、魔術盤の前でどうするか話し合う。


「うーん、どうやら、この魔石は黒魔術の回路はお気に召さなかったみたいですね」

「それが嫌で逃げ出したのか……」

「あー、じゃあ、白魔術の回路にしてやるしかないですかねぇ」

「そうですね。そちらは私では手に負えないしスノウさんも回路は専門ではないので、引継書を作って他の白魔術師に引き継いでもらいましょう」

「しかしそうすると、冬の台座が機能するまでに時間がかかるのでは?」

「あー、まあその間は、僕がなんとか区画の手入れをするしかないですねぇ。ちょっと大変ですけど」


グラファイトが言うには、区画管理人は自分で書庫の手入れをすることができるらしい。ただ、書庫は広大であるために、それはとても労力を要することであるようだ。


他に手がないならそうするしかないかと、話がまとまりかけたところで。



「よかったら、わたしがやるけど?」



成り行きを見ていたアイビーが口を挟んだ。


「え、それは助かりますが、ご迷惑じゃないですか?」

「いいよ。もう書庫の用事は終わったから、今日はわりと暇なんだ。魔石を組み込む部分を書き換えるだけだからそんなに時間はかからないと思うし。ふふふ、その代わり、他の黒魔術回路の部分はクロムが再設計してね!」


上機嫌でウィンクを寄こすアイビーに、クロムはその意図を理解した。

以前に言っていた、一緒に仕事をしようということなのだろう。


「分かりました。それで上には話を通しましょう」

「じゃ、スノウはもう業務終了でいいよ。後はわたしとクロムでやるから」

「そうですね、これ以上お時間をとらせるのも申し訳ないので、スノウさんはアイビーさんと交代ということで、」

「いや、最後まで付き合おう」

「え、でも……」

「途中で放り出すのは性に合わない。手伝えることがあれば言ってくれ」

「ぶはっ!……っくく、うん、そうだね。じゃあスノウにも手伝ってもらおうか」


なぜか笑いが止まらないといった様子のアイビーに、クロムは首を傾げる。

その横で、今日のうちに終わるならなんでもいいですよー、とグラファイトがのんびり笑った。




管理人用の作業机を貸してもらって、魔術回路を組み直すことになった。

その間、グラファイトは椅子に座って何をするでもなく傍観することにしたようだ。冬の停滞の影響を受けているこの管理人は、必要以上に働くことはしないらしい。

魔術回路の組み直しに彼の手助けは必要ないので、クロムとしては全く構わないが。


冬の魔術盤は素直に組まれた回路だったので、クロムの方はそれほど手はかからずに作業を終えそうだなと思った。

だが、目の前に座ったアイビーは少し首を捻って考え込んでいる。


「アイビーさん、難しそうですか?」

「いや、ここのところがどうも美しくないんだよね。どう思う?」

「うーん、確かに少し不格好ですね。じゃあ、こことそこで、回路を分けてみては?」

「なるほど。片方を粉雪ではなく、万年雪の系統にするのか。確かにこの魔石は冠雪山の頂で採取されたという話だから、その方が相性が良さそうだね」

「そうですね。じゃあ、周りの回路は…………」

「あ、牡丹雪とか?」

「わあ!なるほど牡丹雪の系統魔術であれば、すとんと落ち着きそうです」



「いっそ、吹雪の系統ですべて吹き飛ばしてしまえば簡単なのではないのか?」



冬の環境を調整する魔術盤に相応しい繊細な魔術系統を話し合っていたところへの、力押しを提案するスノウの発言に、クロムとアイビーが無言でそちらを見やる。

二人の視線の圧を感じたのか、スノウが少し身を引いた。


「……その目で見るのはやめてくれ」

「美しくない」

「力押しですね」


当然のごとくその提案は却下され、アイビーは万年雪の系統魔術で回路を組んだ。




新しく組み直した魔術回路に、アイビーが魔石をはめ込む。

そこへスノウが魔力を流してやると、魔石は満足そうに輝いてしっくり収まった。

すると、徐々に書庫の冬の気配が安定していくのが分かった。


どうやら、アイビーの組んだ回路はお気に召したようだ。


「よし、終わった!クロム、やっぱり君の回路は美しいねぇ」

「ありがとうございます。アイビーさんの回路も面白いですよね。作業もすごく早いし」

「これでもう魔石も逃げ出さないだろう」

「いや~、無事におさまって良かったなあ。どうもご苦労様でした」




グラファイトへ挨拶をして地上へ出ると、扉はくすんだ茶褐色に戻っていた。冬の区画への道が閉じたのだ。


「アイビーさん、ご協力いただいて、本当にありがとうございました。スノウさん、今日もお疲れ様でした」

「いいよ。クロムと一緒に仕事してみたかったしね」

「ああ、お疲れ様」


白魔術師棟との分岐路で、クロムは二人と挨拶を交わして報告へ戻ろうとしたところで、スノウに呼び止められた。


「クロム」

「はい?」

「……また、昼食に誘ってもいいだろうか?」

「はい、もちろんです。私も声をおかけしますね」

「わたしも誘ってね!」

「お前はいい」

「ふふふ、三人での食事もにぎやかで楽しいですよね」


(本当に、最初の頃に比べたら随分と仲良くなれたな。スノウさんもアイビーさんも眼福だし仕事もできるし、いい同僚だよね!)


なぜか不満そうなスノウと笑顔で手を振るアイビーに会釈をし、クロムは業務完了書を携えて黒魔術師棟へと向かった。


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