4. 昼食を共に
王宮内には、職員用にいくつか食堂が備わっている。
職員であればどの食堂も利用できるが、たいていは職場に近いところへ通うようになる。
クロムがいつも利用するのは、黒魔術師棟と白魔術師棟の中間にある食堂だ。立地上、ここの利用者はほぼ魔術師で占められている。
だから食堂で偶然に知り合いの魔術師に出くわすのも、不思議なことではない。
「あれ、スノウさん?」
「ん……クロムか」
「今からお昼ですか?良かったら一緒にどうでしょう」
「いいのか?」
「もちろんです」
食堂の入り口で出会った同僚を、クロムは笑顔で昼食に誘った。
この国は恵まれた海と山を有していることもあり、食は豊かだ。
特に現王は食道楽で、食材の流通に関する施策にはひときわ熱心に取り組んでいる。
そんな為政者の下には優れた料理人が集まってくるもので、おかげで王宮の食堂メニューはどれもこれも美味しい。クロムが王宮で働いていて良かったと思うことのひとつだ。
職員用の食堂は、カウンターで料理を注文してその場で受け取る方式になっている。食事は福利厚生に含まれるので、職員が料金を支払う必要はない。
カウンターで料理を受け取ったクロムが席に落ち着いたところで、スノウも料理を持ってやって来た。
二人用の丸テーブルは、食堂内の席数を確保するためかそれほど大きくはない。男性であるスノウが同じテーブルに着くと意外と余裕がなかった。不用意に動くとスノウに足が触れてしまいそうでクロムは少しそわりとしたが、努めて気にしないようにした。
テーブルの上には、クロムが注文した、温サラダと川魚のアクアパッツァ、小さいパン。
そしてスノウの、トマトとチーズのサラダ、二種のパテ、チキンソテー、海鮮リゾット、それに小さなケーキ。メインが二種もある。
「……スノウさん、意外と食べますね」
「ん、そうか?」
テーブルに余裕がないように思えたのは、並んだ料理の多さによるものでもあったようだ。
それほど食べるようには見えなかったスノウは、予想に反してよく食べた。
美味しそうに食べるし、食べ方がきれいなので下品ではない。
「見ていて気持ちがいいです」
「それなら良かった」
(あ、笑った……?)
向かい合って食事をしているので、スノウはクロムの正面に座っている。
真正面からスノウの少しだけ緩んだ表情を見て、クロムはなんだかいいものを見たような気分になってつられて微笑んだ。
「クロムはいつも食堂で食べているのか?」
「その時の仕事の状況によりますね。忙しいと、やっぱり黒魔術師棟から出るのが億劫になって、部屋で軽食をとって済ませてしまいます」
「食事はきちんととった方がいい」
「そうですね。気を付けます。スノウさんは、いつも食堂ですか?」
「だいたいは。たまにアイビーと来ることもある」
「それは楽しそうですね」
「……そうだろうか」
スノウとの昼食は、思いのほか話が弾んだ。
なんだかスノウは終始ご機嫌だったので、食べることが好きなのだろう。
クロムも楽しい時間を過ごしたのだった。
それから急に仕事が立て込んで、数日が過ぎた。
仕事も黒魔術師棟でのものばかりだったために、棟から出ることもあまりなかった。
そんな中、クロムの手伝いをしていたアッシュがやけに深刻そうに口を開いた。
「先輩、なんか最近、スノウさんが食堂の前で誰かを待っているっていう噂があるんすけど……」
「ん?」
「先輩この前、スノウさんと食堂で会ったって言ってましたよね?」
「うん。会ったよ」
「スノウさんが待ってるのって、先輩しかないと思うんっすよ」
「え、そうなの?」
「あの人が一緒に昼食をとるって、他にアイビーさんくらいしか見たことないっすもん。アイビーさんなら、白魔術師棟から一緒に来るだろうし」
言われてみれば、白魔術師棟ではなく食堂で待っているということは、相手は黒魔術師なのだろう。スノウは黒魔術師と仕事をすることはほとんど無いと言っていたから、黒魔術師の知り合いは多くないはずだ。
だとすると、本当に待っているのはクロムなのかもしれない。
「とにかく、明日は食堂に行ってください。もし仕事が終わらなかったら、俺が引継ぎますから」
「いや、それは悪いよ」
「いいから!先輩、……あんまり白魔術師を思い詰めさせない方がいいっすよ」
えらく暗い目をして後輩は呟いた。
アッシュには可愛い白魔術師の彼女がいるので、何か経験値があるのかもしれない。ここは素直に従っておくべきだろうかと、クロムはぎこちなく頷いた。
翌日、なんとか仕事にキリをつけて食堂へ向かうと、確かにスノウが入り口に立っていた。
無表情ながらなんとなく置いて行かれた子供のような寂しさを漂わせている瞳に、クロムは堪らずに駆け寄って声をかける。
「スノウさん」
「……クロム。少し久しぶりだな」
「ええ、最近は魔術師棟からあまり出なかったもので」
「そうか」
「あの、もしかして、私を待っていてくれたのでしょうか?」
「うん?そうだ。また昼食を一緒にできればと思ったが、なかなかクロムに会えなくてどうしようかと思案していた」
「それは、申し訳ないです……」
スノウは気にしていないと言ってくれたが、先ほどの寂しそうな瞳を思い出すと、放ってはおけなかった。
「あの、スノウさん。少し遅めの時間になりましたが、これから昼食をご一緒しましょう」
「ああ」
スノウは嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。
一緒に昼食をとっている間、スノウは楽しそうだった。
その様子を見て、クロムはほっとする。最初に昼食を共にした時の緩んだ表情や、今の無邪気な笑顔を見てしまうと、やはりスノウには先ほどのような切ない顔はせずに穏やかな気持ちで寛いでいてほしいと思ってしまう。
「スノウさん、私は三日後の昼食は定時で来られる予定なのですが、その時にまた一緒にどうですか?」
「っ、…………わかった」
そして次回の約束を申し出てみたとき、スノウは一瞬固まり、それからややぎこちなく頷いたので、きっと喜んでくれたのだと思う。
こうして約束をしておけば、もうスノウが食堂の前で待ちぼうけてあんな寂しい瞳をすることはないだろうと、クロムは満足げに微笑んだ。
そうしてスノウと昼食をとり始めてしばらくした頃、キラキラした白魔術師がやって来た。
「やあ、スノウとクロムじゃないか!わたしもまぜてよ!!」
「アイビー……」
「そんな顔をしなくてもいいじゃないか。一緒に楽しく昼食といこうよ」
「ふふ。仲良しですね」
一人増えたので、いつもの二人用ではなく四人用の丸テーブルを選ぶ。
テーブルが大きくなったので座っていても少し余裕があった。いつも正面にある緑色が斜め左に見えて、反対側には青銀が輝いている。これもまた新鮮で悪くない。
アイビーはスノウほどは食べないようで、サラダとフリッタータだけだった。
「そういえば、クロムにはまだわたしの魔術道具を見せるっていう約束を果たしていなかったよね」
「そうですね。なかなかゆっくり会う機会もないですから」
「じゃあ、今度わたしの部屋においでよ。おもてなしするよ」
「え、それはさすがに」
白魔術師の部屋というのは興味をひかれたが、さすがにそれほど親しくもない異性の部屋を訪ねるのは憚られた。
「……アイビー」
「あはは、スノウに怒られた。じゃあ、次になにかの合同業務があったら、クロムを指名してもいいかな?」
「それは構いませんが、……そんなことができるのですか?」
「あれ、黒魔術師の方ではしないの?うちはけっこう師長に頼んじゃうよ」
「はあ、そういうシステムはたぶんうちには無いですね……」
(それを調整する白魔術師長って、けっこう大変なのでは……)
「スノウだって、それでいつもクロムとの仕事をもらってるんだし」
「え?」
ちぎりかけたパンを持ったまま、クロムは思わず左を向いた。
「……クロムとの仕事は楽しいから」
「そ、そうですか。光栄です……」
クロムの視線を受け、スノウは目元を染めて目を逸らしつつ答えた。
その様子につられてクロムもなんだかもぞもぞしてしまい、慌ててパンを口に押し込んでそちらに意識を集中させた。
そんなクロムたちを見て、アイビーはどこか満足そうに笑っていた。
こうして、クロムはたまにスノウと昼食を共にするようになった。
アイビーが乱入してくることもあるが、三人での昼食もにぎやかでとても楽しい。
始めはスノウも顔をしかめていたが、やはり気の置けない友人と過ごすのが嬉しいのか、アイビーとわちゃわちゃ楽しそうに話している。
その様子もまた、クロムの心をほっこりさせるのだった。