3. キラキラな先輩
それから何度か、クロムは白魔術師との合同の仕事に派遣された。そしてなぜかその全てがスノウとのものだった。
今までは、クロムは王宮内よりも王都や直轄地での仕事を主に扱っていたため、王宮を不在にすることも多かったのだが、最近はずっと王宮での仕事を割り振られている。
上司の方針が変わったのかもしれないが、この突然の変化には何かしら理由があるとクロムは考えていた。しかし今のところクロムに不都合は無いし、部下に害があるようなことはしない上司だと分かっているので、けっきょくのところ、まあいいか、で流していた。
「では」
「ああ」
中庭の渡り廊下で偶然出会ったスノウとの話を終え、黒魔術師棟へ戻ろうと振り返ると、柱の陰から後輩がくすんだ紫の目を丸くしてこちらを見ていた。
「……今の、スノウさんっすか?」
「そうだよ。以前に一緒に仕事をしたでしょう?」
「ちょっと笑ってませんでした?」
「うん。最近は廊下でお喋りする時にも柔らかい表情をするようになったよね。眼福だわあ」
「え、そもそも廊下で立ち話するスノウさんとか、前代未聞っすけど。それで笑うんっすか?……なんか知らないうちに先輩がスノウさんを攻め落としつつある」
「攻めるなんて失礼な。向こうから話しかけてくれたのに」
「しかも相手発信だった!すげぇな!!」
何やら興奮している後輩に、クロムは首を傾げた。
お喋りといっても、世間話を二言三言だ。決して会話が弾むというほどではない。
おそらく、何度か仕事を一緒にこなしたことでクロムに馴染んだのだろう。スノウは黒魔術師と仕事をすることはほとんど無いというので、未知だった黒魔術師に興味を持ったのかもしれない。
お喋りの間は少し機嫌が良さそうに見えるので、クロムとの関わりをそれなりに楽しんでくれているのだと思う。
かく言うクロムも、他に知人と呼べるほどの白魔術師はいないので、スノウには親近感を抱いている。
「スノウさんって、他人とはあまり関わらないって話だったけれど、やっぱり噂は当てにならないね」
「…………いやー、どうっすかね」
そんな話をした数日後、クロムは中庭のベンチに座ってしばしの休憩をとっていた。
魔術書解読で集中して酷使した目に、中庭に咲く花々の穏やかな彩りが優しく寄り添ってくれる。
そこへ、キラキラしたものがやって来た。
「やあやあ、君がクロムくんだね!」
「はあ、満面の笑みでいらっしゃったあなたは、どちらさまで?」
「わたしは白魔術師のアイビー。スノウの先輩で友人さ!」
アイビーと名乗った目の前の男は、確かに白魔術師のローブを身に着けている。
肩につかないくらいの青みがかかった銀髪を無造作にあちこち跳ねさせているが、だらしない印象はなく、アイビーの華やかな雰囲気によく似合っている。さらに星明かりの残る夜明けのような青紫の瞳を輝かせていて、どうにもキラキラのオーラがすごい。
午後の陽光を受けて爽やかに映える中庭の木々にも負けていない。
「外灯の制御盤が、君の作品だとスノウに聞いてね。以前にあの回路の素晴らしさを見たときから、是非に制作者に会ってみたいと思っていたんだ!」
そういえばスノウがそんなことを話していたようなと記憶をたどっていたところに、アイビーはさっとその両手を掴んで、座ったクロムに前のめりで話しだした。
「あの回路はとても美しかった!」
「え、あの、ありがとうございます……?」
「一見すごく分かりやすいソレーネの術式の構造なのだけど、実は非常に高度なシャノンの術式も使われていて、そこまで読み解かないとうまく成り立たないっていう。でも一度理解すれば整備も容易になっているのもすごい。あれを最後まで齟齬なく組み上げるには相当の知識と発想力を必要とするはずだよ!」
ここでクロムは、かっと目を見開き、掴まれた両手を握り返しながら立ち上がった。
「!!……アイビーさん。そうですそうです。あれを組み上げるのはけっこう苦労しました!はじめはスリクスの術式で考えていたのですけど、そうするとどうしても複雑になりすぎてしまって……」
「なるほど、スリクス!どちらにせよ陽光の系統魔術だね。しかし黒魔術の魔術道具は、やはり違うな。ちなみにもし白魔術の回路にするなら、木陰の系統魔術にサンバルドの術式というものがあってね、」
「えっ、すごく詳しい。……もしかして、魔術道具を制作した経験が?」
「もちろんだとも。わたしの趣味だよ!」
「良い趣味をお持ちで。白魔術師の魔術道具なんて珍しいですね!!私はあまり見たことがないです」
「それなら今度、わたしの作品を見せてあげようか!」
「なんと!是非お願いします!!」
掴まれた両手をぶんぶんと振り回し、クロムは喜びを表現した。
自分の仕事に誇りを持っているクロムは、その成果を評価されることに弱かった。加えて、黒魔術師は多くがそうであるように、珍しい魔術道具にも弱かった。
白魔術師は加護を受けた精霊の力を借りて魔術を扱うので、感覚で魔術を捉えている術師が多い。しかし魔術道具を組み上げるには、系統立てた魔術の知識が不可欠であり、そういったことに嗜好を向ける白魔術師は少なく、クロムは今まで出会ったことがない。
魔術に詳しそうで、しかも希少な白魔術師の魔術道具制作者。大興奮だった。
アイビーも、魔術道具制作の同志を得たことで同じく嬉しそうに頬を紅潮させている。
「いや~、君がこんなに話の分かる人だったとは。話してみて良かったよ!君と仕事をしたスノウがうらやましいな」
「ふふ、光栄です」
「最近も、スノウと何度か仕事をしただろう?どうだった?」
初めてスノウと仕事をした時も、クロムは同じような質問を上司からされた記憶がある。
スノウが黒魔術師と仕事をするのがそれほどに珍しいのだろうか。
「うーん、私もあまり白魔術師との仕事の経験は無いのですが、仕事はしやすいと思います」
「おやそうかい?彼はあまり喋らないだろう。意思疎通に問題は無いかな?それに、気詰まりになることもあるだろう?」
アイビーの質問の仕方には何か含むものがありそうで違和感があった。
だがそれを推考するほどクロムは目の前の人物のことを知らないので、ひとまず聞かれたことを考えてみる。
「まあ、確かに口数は多くありませんが、質問にはちゃんと返答が返ってきますし、視線や仕草で必要なことは伝えてくれるので、問題はありません。無意味にこちらを威圧するような沈黙でもありませんしね」
それにスノウは、とても仕事ができる。今までの様子を見ていても、手元が覚束ないようなことは一度もなかった。むしろこちらが言わないこともさらりとやってくれたりして、かゆい所に手が届く感じだ。
そういったことを率直に告げれば、アイビーはわずかに目を見張ったようだ。掴まれた両手にも少し力が入って、そういえば握ったままだったなと思い出したが、クロムは構わずに続けた。
「だから、一緒の作業だと安心感があります。私は良い同僚だと思っています」
最近は以前よりは喋ってくれるようになったしなと、心の中で付け加えた。
「…………やあ、これは驚いた。クロム、本当に君に会いに来て良かったよ!」
するとなぜか思わぬ僥倖に出会ったとでもいうように、アイビーは顔を綻ばせた。
「うんうん。これからもスノウのことをよろしくね!それにわたしのことも、これからは親しくしてくれて構わないよ!というか、親しくしてね!!」
そこでようやく手が解放され、来た時以上に満面に笑みを浮かべて帰って行くアイビーを見送る。
最後までキラキラな人だったなと、クロムは思った。
キラキラしたアイビーと別れたところで仕事に戻ろうかと身体を反転すると、渡り廊下からスノウがこちらを見ていた。
華やかなアイビーもいいが、クロムの好みとしては、やはり和みの色を持つスノウの方が落ち着くなと、思わずほわりと表情を緩めてしまう。
だが、なぜかスノウの表情は少し強張っているようだ。
「今、アイビーがいたようだが」
「はい、スノウさんの先輩で友人だとか?」
「……なにか、迷惑をかけただろうか」
「いえ、魔術道具にすごく詳しくて、話していて楽しかったです。今度、アイビーさんの作品を見せていただけることになりました」
「……もう近付かないように言っておく」
「えっ、いやいや、どうしてですか!?」
アイビーには必要以上に近付かないようにと言われ、クロムは首を傾げた。
「あと、スノウさんのことが大好きなんだなというのが伝わってきて、ほっこりしました」
「は?」
「たぶん魔術道具のことはついでで、本当は、新しく出現した同僚がスノウさんにとって害が無いのかを探りに来たのだと思います」
「…………は?」
珍しく唖然としたように表情を崩したスノウの髪が、光を受けて黄味を増しているのが鮮やかだ。
落ち着いた色味なのに怜悧な印象のスノウと、キラキラオーラ全開のアイビーが並ぶと、きっと絵になるだろうなと思った。
「でも幸いなことにアイビーさんは魔術道具の良き理解者だったので、私とも相性は悪くなさそうです。おかげで、これからもスノウさんと同僚として支障なく関わっていけますね」
友人からの思いがけない友情に照れてしまったのか、スノウはなんだか複雑そうな顔をして黙ってしまった。