友人に幸あれ
見慣れた職員寮の中を、白魔術師アイビーは歩いている。わずかに青みを帯びた銀髪が、体の動きに合わせてキラキラと煌めく。
この輝く髪は精霊に気に入られているようで、アイビーは強い加護を得ていた。おかげで扱える白魔術は幅が広く、魔術回路を組み上げるときにも重宝する。
白魔術師とは、精霊の力を借りて魔術を扱う魔術師のことを指し、王宮での制服が白のローブであることからそう呼ばれている。もしも制服が赤のローブだったなら、赤魔術師となっていたかもしれない。
(スノウには、あまり似合いそうにないなあ……)
友人の持つ髪は渋い緑色である上にあの性格だから、派手な赤色をまとっている姿は想像しにくい。
そんなことを思って笑いながら、アイビーは白のローブをなびかせて目的の場所へ歩を進める。
「やあ、スノウ」
「……アイビーか」
何度も通ったスノウの部屋に着いて扉をたたくと、部屋の主が顔を出した。
「ちょっとお茶でもしない?」
「…………」
アイビーの提案に、スノウは無言でこくりと頷いて部屋履きを出してくれた。
スノウは口数は多くないが、感情に乏しいということはない。アイビーのことを友人と認識しているので、こうして歓迎もしてくれる。
そのときちらりと見えた棚の中には、アイビーに出されたものとは違う淡い色の部屋履きが並んでいた。
まだ使い始めてそれほど経っていない様子のそれは、近頃は最も頻繁にこの部屋へやって来ているだろうクロムのものだ。以前に三人でお茶をしたときに履いているのを見たことがある。
(きっと、いそいそと用意したんだろうな)
アイビーはスノウのその様子を想像して、ふふっと微笑んだ。
部屋へ案内されてお茶の用意をするスノウを眺めていると、なんとなく左手第二指の指輪に目が行った。きれいな山吹色の魔石で作られた魔術指輪は、クロムの気配を宿している。
先日、スノウは恋人のクロムに魔術指輪を贈って求婚したのだ。もちろんクロムはそれを受け入れ、お返しに自身の魔力で作った魔術指輪をスノウに贈っている。
それが、この指輪だ。
「その指輪、スノウに似合うね」
思ったことをそのまま口にすれば、スノウはわずかに口角を上げた。
(ふふっ、嬉しそう…………)
最近のスノウは、ずっと嬉しそうで幸せそうだ。
アイビーとスノウは、友人となってからそれなりに長い。スノウは自分から積極的に交流を持とうとする性格ではないので、アイビーから攻めて親しくなった。なんとなく、馬が合いそうな気がしたのだ。
しばらくは面倒そうにされていたが、そのうちに邪険にされなくなり、ようやく友人と呼べる関係になった。
そんな人付き合いを億劫がる友人が、他人に、それも黒魔術師に興味を持ったと聞いたとき、はじめはとても信じられなかった。
そして、少しだけ心配した。
スノウは白魔術の使い手として優秀だ。黒魔術師は魔術に関することなら見境が無いところもあるから、もしかしてスノウの強力な白魔術に目を付けてなにか企んでいるのではないかと。
だがよくよく話を聞いてみれば、それが外灯の制御盤の回路を組んだ人物だというから、アイビーは直接会ってみることにした。以前にその回路を見たとき、よく考えられたきれいな回路だなと感心した覚えがあったのだ。あんなきれいな回路を組むなら、悪い人物ではないかもしれないと考えて。
(あのときは、会いに行って正解だったな)
そして実際に会ってみれば、クロムはスノウを利用しようだなんて全く考えてはいなかった。スノウの口数の少なさを嫌がりもせず、それどころか、仕事がしやすくいい同僚だと言い切りもした。おまけに、アイビーと魔術回路についての話で大いに盛り上がった。
このときアイビーはクロムのことをとても気に入り、自身も友人として付き合いたいと思ったのだ。
(クロムはスノウが懐くくらいのひとだもの。わたしの好みにも合うに決まっているよねえ……)
ぼんやりと過去を思い返していたアイビーは、再びスノウの指輪に目を戻す。
「クロムは魔石を作るのも上手なんだね。その指輪、すごくきれいに魔力が固めてある」
「ああ。クロムは王宮の外での仕事をいろいろ任されていたようだから、広い範囲で経験値が高いのだろう。……それでも、これを作るのはさすがに苦労したと言っていた」
そう言って、スノウは愛しそうに山吹色の指輪を撫でた。きっと、クロムがその苦労を自分のためにしてくれたことが嬉しいのだろう。
「クロムがしている指輪もきれいに作ってあるよね。あれを作るの、スノウは大変だった?」
魔術指輪は、魔力の塊そのもの。指輪に加工できるほど大きな魔石にするというのは、相当な量の魔力が必要になる上、それをきれいに固める技術と根気が欠かせない。おいそれと作れるものではないのだ。
アイビーはまだ魔術指輪を渡したいと思えるような相手がいないため、あれほど大きな魔石を作ったことがない。たぶん大変だろうなと想像ができるくらいだ。
「……簡単ではないが、それほど大変ではなかった気がする。クロムのために何かするのは幸せなことだ。それに、…………精霊がとても喜んでいて、快く力を貸してくれた」
「あー。そういえば、わたしの精霊も最近はご機嫌なんだよね。たぶん、わたしがスノウたちと楽しく過ごしているからなんだろうけれど」
白魔術は精霊の力を借りて魔術を行使する。精霊は気に入った魔術師にはいくらでも力を貸そうとするし、そのお気に入りが幸せであることを喜ぶ存在だ。最近はアイビーの機嫌が良いので精霊も嬉しそうにしていて、どんどん力を貸してくれる。おかげで白魔術が扱いやすい。
クロムと結ばれたスノウもおそらくそうなのではないかと思い、聞いてみた。
「…………そうかもしれない。以前から、クロムに関することでは精霊が喜んで力を貸してくれていた気がする」
まだクロムがキナバルで働いていたころ、スノウはクロムの手荒れが気になってハンドクリームを用意したらしい。そこに白魔術の祝福を込めるとき、精霊が大いに張り切っていたのだとか。
友人の恋は、精霊にも応援されていたのだ。
「スノウはさ、クロムが大事だよね」
「とても大事だ。それに、クロムが俺のことを大事にしてくれているのを感じると……とても嬉しくなる。それで俺も、ますますクロムを大事にしたくなる」
こんなふうに饒舌なスノウは珍しい。
いや、クロムに関することなら普段もこれくらい喋っているかもしれない。
いつもにこにこと笑って人当たりのよいアイビーは、付き合いが広い。だが実際のところ、好き嫌いははっきりしている。スノウはその中でも相当に親しく付き合っている友人だから、大事にしたいと思っている。
そのスノウが、アイビーが初対面から気に入ったクロムと婚姻した。これでもう、ふたりはずっと一緒なのだ。ということは、友人のアイビーはふたりとずっと一緒に付き合っていける。幸せだ。
後日、ふたりが王都の新居に引越したというので、アイビーはさっそく夕食に招いてもらった。
訪ねてみれば、そこは聞いていたとおりにこぢんまりとした可愛らしい家だった。同じく王都にあるアイビーひとり用の家よりも小さいくらいだったが、あのふたりが暮らすならこういった家が似合うようにも思える。
玄関で呼び鈴を鳴らすと、友人夫婦はふたりで出迎えてくれた。
「いらっしゃい、アイビーさん」
「…………」
無言でこくりと頷くスノウは、これでも歓迎してくれているのだ。だからアイビーも気にせず手に持っていた袋を差し出す。
「これ、お土産」
「わあ、お酒ですか? わざわざありがとうございます。夕食に出しますね」
「…………」
スノウが嬉しそうに目を細めたのは、よく飲んでいる好みの銘柄にしておいたからだ。伊達に付き合いは長くない。
案内されて部屋へ入ってみると、テーブルの上にはすでに夕食が並べられていた。アイビーの到着に時間を合わせてくれたらしい。こういった気遣いはクロムのものだろう。
その中でもサラダは気合いが入っているなとアイビーが料理を眺めていると、クロムがどこか自慢げに笑って、サラダの秘密を教えてくれた。
「えっ、これ、スノウも手伝ったの?」
「そうです。スノウさんは料理もするんですよ」
驚いたことに、前菜のサラダの下ごしらえや盛りつけはスノウが手伝ったらしい。
(スノウが料理をするところなんて、見たことはない気がする……)
王宮の職員寮で暮らしていれば、自分で作らなくても美味しい料理が食べられるのだ。まったく料理をしない職員も多く、スノウもそうだった。
だがクロムは料理が好きらしいから、きっと、そばで料理するのを見ていてスノウは興味が湧いたのだろう。最近のスノウは、クロムを起点に興味を広げることがある。
そしてクロムは、そんなスノウをにこにこと見守っているのだろうなと簡単に想像できた。
「わたし、スノウとクロムの関係が好きだな」
「え? ありがとうございます?」
よく分からないままに礼を言うクロムへ笑顔を返し、アイビーは席に着いた。
それからの三人での夕食は楽しく、アイビーはどんどんグラスを空けてしまう。
そんなアイビーを、クロムが慌てたように止めようとする。
「あっ、飲み過ぎたら駄目ですよ!」
「ふふっ、大丈夫だよ」
アイビー自身は記憶にないのだが、どうも酔いが過ぎると脱ぎだす癖があるらしい。クロムにもその現場を見られたことがあるので、警戒されているのだ。
だが、今のアイビーはとても気分がいいので、飲むのを止められそうにない。
「とても楽しいんだ。こんな夜は飲むべきだよね」
「あー、そんなに飲んで……。せめて水も飲みましょうか」
「…………」
クロムの言葉にスノウが無言で差し出した水のグラスを受け取り、アイビーはそれをひと息で飲み干した。
ふう、と吐き出した息が熱いのが自分でも分かるので、思ったよりも酔いが回っているのかもしれない。
「アイビー、お前を泊める部屋はないぞ」
冷たく言い放ったスノウに、だがそれくらいでめげるアイビーではない。
「えー。……じゃあ、床で寝るからいいよ」
「いやいや、ちゃんと家に帰りましょうよ。王都の街にはアイビーさんの別荘があるって聞きましたよ」
「うん、そうだよ。でも、この楽しい気分のままにふたりと一緒に寝てみたいなあ……」
「………………」
正直に思ったことを言っただけなのに、スノウの眉間にしわが寄った。
だが、クロムを真ん中に挟んで三人で寝たら楽しそうだ。いや、もしかしたらスノウを真ん中にする方がもっと楽しいかもしれない。はたまた、アイビーがふたりに挟んでもらうか。
にやにやと笑いながら考えていたら、その内容が伝わったわけではないのだろうが、なにかを察したらしいスノウが立ち上がった。
「……アイビー。それ以上飲むなら、もう帰れ」
確かに少し顔は熱いが、まだ記憶もしっかりしているし、脱いでもいないのに。
不満げに友人の顔を見上げたが、スノウは譲りそうにない。
(……まあ、あまり新婚夫婦の邪魔をするのも野暮かな)
こんなに楽しい時間を終わらせるのは惜しいが、また来ればいい話だ。
この友人夫婦とは、これからもずっと付き合っていくつもりなのだから。
そう考えて気持ちを切り替え、アイビーはゆっくりと立ち上がった。
「そうだね。そろそろいい時間だし、帰ろうかな」
「え、アイビーさん。本当に? 遠慮しなくても、もう少し……」
クロムが気を遣って引きとめてくれたが、アイビーは笑顔で首を振った。
「ふふっ、そろそろ眠くなってきたしね。今日は脱ぎだす前に帰るよ」
「うっ、」
アイビーが脱ぎ始めたところを見たことのあるクロムが、少し顔を引きつらせた。
そのときのことをアイビーは覚えていないが、どうやらスノウに抱えられて部屋まで運ばれたらしい。
今日はそんなことにならないうちに引き上げよう。
「でも、また招待してね」
「それはもちろん。いつでもどうぞ」
「…………ああ」
眉間にしわを寄せていたスノウも返事をしてくれたので、アイビーは満足してグラスを片づけることにした。
軽く部屋を片づけた後、友人ふたりがやはり玄関まで見送ってくれた。
「わたし、スノウもクロムも大事な友人だよ」
「ふふっ。私も、アイビーさんは大事な友人ですよ。ね、スノウさん?」
「…………そうだな」
にこにこと笑うクロムにつられたのか、スノウも柔らかく目を細めた。
そんなふたりを見て、アイビーもますます嬉しくなる。
「うん。また明日、王宮でね」
友人夫婦に手を振り、アイビーはご機嫌で歩き出した。
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