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クロシロ  作者: 鳥飼泰
番外編
18/21

小話:休日の昼食

国を支える王宮に休みはない。朝でも夜でも常に何かしらが稼働しているし、緊急事態に備えて控える者もある。そのため、その機能を維持する職員たちが一斉に休む日というものは存在しない。

当然、クロムとスノウのような王宮魔術師も休日は定まらない。だがふたりの上司たちは理解のある人物だから、新婚夫婦の勤務日をできるかぎり合わせてくれていて、繁忙期でなければクロムたちは一緒に休日を過ごせていた。



そんな、ふたり一緒の休日の朝。


「じゃあ、市場に行ってみましょうか」


クロムが笑顔で言えば、スノウはこくりと頷いた。

夏が本番を迎える前とはいえ、日中は暑い。せっかくの休日なのだから、朝の涼しいうちに食材の買い出しへ行こうということになったのだ。


「王宮の食堂がとても美味しいので、自分で作るために食材の買い出しに行くことって、あまりないですよね」

「そうだな。少し新鮮だ」


職員寮に住んでいたときは、三食すべてを職員食堂でまかなえた。部屋には簡易な台所があるので作ることも可能だったが、食堂の料理が非常に美味しいのでやはりそちらへ行ってしまう。

さらに希望すれば料理を部屋へ持ち帰ることもできるので、スノウとの夕食はたいていそうしていたのだ。

こうして共に食材を買いに行くことに、一緒に暮らし始めたのだなあとクロムは改めて実感していた。



市場へ着いてみれば、朝から多くの人たちでにぎわっていた。

日中を避けて朝のうちにと、考えることは皆同じらしい。

午前らしい爽やかな空気の中で活気ある市場は、なんだかいかにも休日の朝という様子で、クロムの気分も高揚する。


王都には食材店が集まっているこのような市場の区画がいくつかあり、そこで肉から野菜まで、一通りの食材をそろえることができる。

市場の中でも扱う食材によって店の区分けがされていて、まずは入り口のところの野菜区画から見ていこうということになった。


「わあ、」


入ってすぐの店でクロムの目を惹いたのは、旬を迎えた真っ赤なトマトだった。今朝採ったばかりだという丸々としたトマトがたくさん籠に盛られている。

全体にツヤがあり、へた部分は濃い緑色。手にとってみると、ずしりと重い。


「スノウさん、昼食はこのトマトでパスタにでもしますか?」

「ああ、いいと思う」


隣に立つスノウへ聞けば、すぐに肯定が返ってくる。

このトマトでパスタを作れば、きっと美味しい昼食になるだろう。


(スノウさんには、たくさん盛ってあげよう!)


昼食のメインが決まったところで、次の休日までの食材をと他の野菜もあれこれ買い込んでいく。


「スノウさん。この野菜、けっこうクセがあるやつですけど大丈夫ですか?」

「好きだ」

「よかった。私もこの野菜が大好きで。たまごと炒めると美味しいんです」

「苦みがあるが、そこがいいと思う」


料理をするのはクロムなので、食材の選択にスノウはほとんど口を出さない。それでもこうして意見を聞けば、ちゃんと考えて返答してくれる。

そうしたやり取りが、一緒に買い物をしているんだなという気がしてクロムは楽しかった。


そんなこんなであっという間に一抱えの野菜を買い込んだが、荷物はスノウが持ってくれた。それなりに重いはずだが、これくらいはと言って、クロムには持たせてくれない。

ありがたいなあと隣に立つスノウを見たクロムは、ふと、その右手が不自然に空いているのに気づいた。重い荷物をわざわざ左手だけで持ち、クロムの立っている右側の手を空けている。


(もしかして…………)


そろりと、クロムは自分の左手をスノウの右手に触れさせてみた。

するとすぐに、きゅっと握られる。

見上げれば、嬉しそうに目を細めたスノウと目が合った。

どうやら正解だったらしいので、クロムもふんわりと微笑み、指輪のはまった左手でスノウの手をぎゅっと握り返した。



さすがに王都の市場は広いので、少し開けた場所で休憩用に手軽に食べられるものを売っている店もある。


「あ、スノウさん。あれ美味しそう……」

「いいな」


甘い匂いにつられてクロムが立ち止まったのは、蒸しまんじゅうの店だった。

蒸し器からは甘い匂いだけでなく、白い湯気が漏れ出ている。


この国の王は食道楽なので、お膝元である王都には様々な食材、店、料理人が集まって来る。手厚く遇される王宮の職員食堂の調理人は、大人気の仕事らしい。

蒸しまんじゅうも外国の食べ物だが、王都では気軽に食べることができる。


「お昼前なので、はんぶんこしましょう」


店の前に置かれた椅子に座り、大きな蒸しまんじゅうを半分に割る。

蒸したてのまんじゅうから、ほかほかと湯気が立つ。


「美味しいな…………」


あっという間に食べてしまったらしいスノウが、少し物足りない様子で呟く。それを見たクロムは、手の中に残っていた最後のひとくちを笑ってスノウの口に押し込んでおいた。



甘い蒸しまんじゅうで英気を養った後は、さらに市場を進んで肉や魚の店を訪れ、数日分の食材を仕入れた。


「たくさん買いましたね」


クロムがひとりで暮らしていたときには、ちょっと考えられない量だ。ふたり分ということは単純にひとり分の倍量だし、スノウはよく食べるから食材もそれに応じて多くなるので、当然ではあるが。

さすがに荷物の量が増えたので、クロムも分担して袋を持っている。それでもスノウのものよりはずっと少ないし、お互いの手はつないだままだ。


「さあ、帰って昼食にしましょう!」


つないだ手をくいっと引いて笑えば、スノウも頬を緩めて頷いた。



朝から充実しているが、食材を買っただけで満足してはいけない。今度は美味しい昼食だ。

台所に立ったクロムが、さあ昼食を作ろうかと気合いを入れたところへ。


「……俺も手伝えるだろうか」


うしろから遠慮がちに声をかけられ、おやとクロムは目を瞬いた。

スノウはあまり料理をしないひとだ。王宮の職員寮では料理をする必要がなかったからだろう。クロムは料理が好きなので、家事の分担として不満はない。

だがスノウは食べることが好きだから、料理をしているところを見るのは楽しいらしい。だからなのか、最近はこうして手伝いたいと申し出ることがある。

以前も、クッキーを作ったときに手伝ってくれたことがあった。そのときのスノウは子供のように目をきらきらさせながら型抜きをしていて、クロムの心はほっこりしたものだ。


つまり、スノウがやりたいと言うならクロムに断る理由はない。


「もちろんです。手伝ってもらえれば助かりますし、一緒に作ったものはもっと美味しくなりますね」


クロムが言えば、スノウは嬉しそうに笑った。


(……こういうところ、スノウさんってけっこう可愛いよねえ)


それからスノウは野菜を洗ったり、パスタのソースを混ぜたりと、ぎこちない手つきで頑張ってくれた。

そんな様子を見ながら、クロムは終始にこにこと楽しく料理をすることができた。


楽しい時間を経て出来上がった昼食は、市場で買ったばかりのトマトを使ったパスタをメインに、付け合わせにサラダを添え、スノウの食事量を考えてバゲットを切った。それから、店で見かけて美味しそうで、つい買ってしまったティラミスも出しておく。


「いただきます」

「いただきます」


食事の挨拶をして、スノウは前菜のサラダではなく、まずパスタへ手を伸ばした。


「…………美味しい」

「ふふ、スノウさんが頑張ったソースですね」


目を輝かせてパスタを食べるスノウに、クロムはここでもにこにこしてしまう。

スノウは相変わらずたくさん食べるひとで、パスタはもちろんバゲットも完食してしまった。

そして最後に、パスタが美味しかったと満足そうに目を細めた。



休日に一緒に起き出して。

共に市場へ買い出しに行き、昼食を作って食べる。

それだけのことが、ふたりで暮らしているのだなあと実感できて、嬉しくなる。

やはり、スノウと一緒だとなんでも楽しい。

これからもこうしてふたりで穏やかに過ごしていきたいなと、クロムは思った。


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