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クロシロ  作者: 鳥飼泰
番外編
17/21

ブクマ100件お礼話:一緒に暮らそう

事務作業用の部屋で書類をさばいていたクロムのもとへ、後輩のアッシュが業務完了書を持ってやって来た。


「先輩、お願いします」


書類を見るに、数人の黒魔術師が一緒に取り組んだ仕事だったらしい。その中でアッシュが書類作成を引き受けたのだろう。この後輩は、そういった雑務も厭わない勤勉さがある。

ざっと目を通して大きな不備がないことを確認し、クロムは頷いた。


「はい、お疲れさま。今回はけっこう難しい業務だったみたいだね」

「そうっすね……。まあちょっと手間取りましたけど、最終的にうまくいったんで良かったです」


そう答えるアッシュには、そろそろ新人とは呼べないような頼もしさがあった。

キナバルへ赴任する際に補佐として連れて行った後輩の成長が感じられて、書類仕事でうんざりしていたクロムの気分が持ち上がる。

上機嫌で受け取った書類を処理待ちの箱へ入れていると、そういえばとアッシュが呟いた。


「先輩、まだ職員寮なんっすね」

「うん?」

「スノウさんと一緒に住まないんっすか?」


クロムの左手第二指に目線をやりながらアッシュが付け加えたことで、クロムは質問の意図を理解した。そこには、スノウから贈られた婚姻の印である魔術指輪がすっかり馴染んで落ち着いている。

クロムが王宮に戻ってから数ヶ月。忙しさにかまけて、クロムとスノウは婚姻後も王宮内の職員寮にそのまま留まっていた。規則上はそれで問題はないものの、休日の度にお互いの部屋を行き来するのもどうだろうかとは思っていたのだが。


「んー……、忙しくて保留にしてる」

「でも、一緒に住みたいんですよね?」

「もちろん」

「じゃあ、そのうち、とか言わずにちゃんと予定を立てた方がいいっすよ。そういうの、きっかけが無いとずるずる後回しになりますから」


この後輩は、たまにとてもしっかりしたことを言うので驚かされる。そういえば、スノウとのことに関しても何度か助言をもらったことがあったのだ。

本人が言うには、白魔術師の彼女と付き合っているうちにこうなったらしいが。


「アッシュの彼女は、しっかりした恋人で安心だね」

「……いやー、彼女の方が俺よりたくましいんで」


少し複雑そうに笑うアッシュだが、その恋人とは付き合って長いので、それでうまくいっているのだろう。よその関係に口を出すのはやめておく。


「まあ、スノウさんに相談してみようかな」

「それがいいっすよ」


後回しにしてきたことを後輩の提案をきっかけにして片づけてしまうのも、悪くないだろう。



「というわけで、スノウさん。家を探しに行きませんか?」

「わかった」


その日の夕方、さっそくクロムがスノウの部屋を訪ねて昼間の件を話してみたところ、スノウは考える素振りもなく首肯した。


「え、そんなにあっさり」

「俺も、早く君と一緒に暮らしたいと思っていた。クロムがその気になったのなら否やはない」

「……もしかして、我慢していました?」

「いや、そういうわけでもない。君が俺の部屋に来るのも、俺がそちらへ行くのも、それはそれで楽しい」


初めて会ったときは無口なひとだと思ったが、こうしてふたりで過ごすとき、スノウはずいぶんと喋るようになった。それでも、その瞳は相変わらず雄弁だ。

じっとクロムが見つめれば、明るい黄緑色の瞳が柔らかく細められる。どうやら本当に不満はなかったらしいので、ほっとした。


「……だが、クロムと同じ場所へ帰るというのはとても魅力的だな」


今でも、おかえりとただいまの挨拶は続いている。それが本当の意味で同じ家へ帰ることができるようになるのだ。

そう考えれば、クロムは家を探すのがますます楽しみになった。




それから数日後の休日、クロムとスノウは王都へ出て来ていた。

初夏の爽やかな風が吹く晴天のもと、ふたりでゆったりと歩く。


「スノウさんは、どんな家がいいですか?」

「俺は特にこだわりはないが……ああ、台所はしっかりしたものがいい」

「食事は重要ですものね」


食べることが好きなスノウらしい希望に、クロムは微笑ましく頷いた。


「クロムの希望はないのか?」

「うーん。お互いの書斎というか、作業用の部屋は欲しいですよね。休日にいろいろ実験もするでしょうし」

「それはそうだが……、あまり根を詰めるようであれば乗り込むからな」

「う、はい…………」


黒魔術師は知識によって魔術を扱うために、知的好奇心が強い。夢中になると時間を忘れて没頭しがちであると、すでにスノウには知られていた。

先日も、つい徹夜で魔術書を読んでいたことがばれてしまい、スノウを心配させてしまったばかりだ。それを思い出したのか、スノウは少し呆れたような目をクロムへ向けてくる。


慌てたクロムは空気を変えようと、別の話題を振ってみることにした。


「そのー、こうしてふたりで王都に出かけるというのも、なんだかいいですね」

「……ああ、君と歩くのは楽しい」


あからさまな話題転換にスノウはくすりと笑ったが、見逃してくれるらしく、素直に話に乗ってくれた。


「そういえば、王都の街にはクロムを連れて行きたい店がたくさんあった」


クロムがキナバルに赴任していたころ、スノウは王都のお土産をよく持って来てくれていた。どれも美味しいお菓子で、いつかそのお店に連れて行ってほしいとお願いしていたのだ。

だが、実際に王宮に戻ってからは、休日はお互いの部屋に入り浸ってしまっていて、あまり王都へ出ることもなく日々が過ぎている。


「王都に家があれば、出かけるのも気軽にできそうです」

「そうだな。今は、王宮を出るのが面倒だと思ってしまうから」


王宮はさすがに広いので、外へ出るだけでちょっとした運動になる距離を歩く必要がある。魔術で転移してしまえばすぐだが、王宮内で転移の魔術を使うことは警備上の理由で禁止されているのだ。


そんな話をしていると、隣を歩いていたスノウが顔を横に向け、ふと足を止めた。

なんだろうかとクロムがその視線をたどれば、そこには、開放的なお店の中で色とりどりのジェラートが盛られているのが見えた。

スノウは食べるのが大好きだし、甘いものも好んでいる。


「…………クロム、」

「ふふ。ちょっと寄って行きますか?」


名前を呼ばれてその意図を察し、クロムは微笑ましげに笑って提案した。するとスノウは嬉しそうに頷いて、クロムの手を取って足早にジェラートへ向かって行く。


出かけてからさっそくの休憩ではあったが、クロムはスノウと一緒にそのお店で美味しいジェラートを楽しんだ。

今日の外出には新居を探すという目的があるものの、なんだか普通のデートのようで、自然とクロムの心は浮き立っていた。


(まあ、ふたりで出かけているのだから、デートで間違いではないのかな……)


ふふっと笑ったクロムに、木苺のジェラートに夢中だったスノウが顔を上げた。

その器の中には、もうほとんどジェラートは残っていない。満足げな顔をしているので、木苺の甘酸っぱさを気に入ったのだろう。

そういったことは素直に表情に表れるスノウに、クロムの笑みがますます深まる。


「スノウさんと一緒だと、なにをしていても楽しいなと思って」


笑顔で告げるクロムに、スノウも目元を和らげた。


「俺もそう思う。クロムと一緒だと、とても楽しい」

「おそろいですね」

「ああ」


ふたりで顔を見合わせて笑い、心もお腹も満足して席を立った。



王都で家を探すには、仲介人に紹介してもらうのが一般的だ。

街には様々なひとが住んでいるので、一軒家も集合住宅もどちらもある。クロムとスノウは現在が職員寮暮らしだから、次は一軒家がいいと考えていた。

そういった希望を伝えれば、仲介人はすぐに候補の家を出してきた。


「うーん、とりあえず、ここから三つくらい選んで行ってみますか?」

「そうだな。あまり多くても回りきれないだろう」


候補の中から三つを選んで資料をもらい、実際に見に行くことにする。

王都の街では転移魔術を使っても問題はないが、せっかくだから街を歩きたいとふたりの意見が一致したので、ひとつひとつ歩いて回った。

途中で美味しそうなお店があればスノウが足を止めるのでそこで休憩となり、とてものんびりとした行程となった。



そのなかでも最後に訪れた三つめの家が、クロムとスノウの希望をしっかり叶えるものだった。


それは、こぢんまりとした佇まいの可愛らしい家だった。あまり大きすぎても管理が大変だろうから、ふたりで暮らすならこれくらいのものがちょうど良い。

前の住人が魔術師だったとかで、なんと魔術耐性のある作業部屋が作られていた。

台所も十分な設備がそろっているし、小さな庭もあって申し分ない。

王宮からそれほど遠くないから、通勤にも便利だ。


「ここ、いいですね」

「ああ」


仲介人のもとへ戻ってその家が気に入ったことを伝え、仮契約ということで押さえておいてもらうよう手続きをした。




翌日、クロムは上司の黒魔術師長と会ったとき、世間話のついでに王都で家を見つけたと報告しておいた。

すると、上司はずいっと前のめりになって尋ねてきた。


「クロム。その家、お客が滞在できるような余分な部屋があるんでしょうね?」

「え、いえ……。小さな家なので、そこまでは。魔術用の作業部屋があるだけで十分ですよ。手狭になればまた引っ越せばいいかなと」


クロムもスノウも、たくさんのお客を呼んでもてなすような性格ではない。訪問者があるとしても、それはごく親しい友人くらいだろう。わざわざ客室を用意する理由はないように思えた。

だが、そんな部下に黒魔術師長は力強く言った。


「甘いわ。夫婦の寝室の他にも寝られる部屋を用意しておくべきよ」

「はあ、そうですか?」

「旦那と喧嘩したとき、寝る場所がないと家を出て行くしかなくなるわよ」

「は…………?」


思いもよらない理由にクロムは目を瞬くが、上司はかまわず熱弁をふるう。


「いい? 喧嘩したらまず頭を冷やすために、相手と距離を置くのが重要なの。そんなときに避難場所がないと困るでしょう?」

「………………」


なんだかとても実感のこもった言い方は、上司の過去の経験からの教訓なのかもしれない。


「まあ、私のところに来れば可愛い部下は保護してあげるけど。あなたの旦那に乗り込まれるのは勘弁してほしいわね。家のものまで壊されたくないし」

「………………」


キナバル赴任の際、クロムがなにも告げずに行ってしまったために、スノウが取り乱して黒魔術師長の執務室をいくらか破壊したらしいとは聞いていた。だからクロムは、それが絶対に無いとは言い切れない。

目の前の上司は王都の一軒家に住んでいる。もしもクロムが家出をした場合、避難先として選ぶ可能性は十分にあるのだ。


「とにかく、もうちょっと考えた方がいいと思うわよ」

「はい…………」


とてもおおきなお世話という気もしたが、上司は善意で言ってくれているようだ。

そんな風に上司から自信たっぷりに言われてしまうと、クロムとしても考え直した方がいいだろうかという気がした。



「……というようなことを、上司に言われたのですけど、」


どう思いますかと聞くまでもなく、スノウは眉間にしわを寄せ、分かりやすく顔をしかめていた。


「…………俺は、クロムと喧嘩をする予定はないが」

「もちろん私もありませんけど。これから先は長いですから、年長者の言うことは聞いておくべきかなとも思います。それに客室があれば、急な来客にも対応できますし」

「君とふたりで暮らす家に他人を泊めるのは気がすすまない」

「……えっと、アイビーさんとか」

「あれは王都に別荘を持っているから、うちに泊まることはないだろう」

「え、そうなんですか?」


スノウが言うには、アイビーは魔術道具の稼ぎが相当にあり、使いみちが無いからと王都に別荘を持っているのだという。

普段は職員寮で生活しているので、ほとんど研究用の作業部屋くらいにしか使っていないらしいが。


「はあ、アイビーさんってお金持ちだったんですね……」


友人の思わぬ資産家ぶりに感心しているクロムをよそに、スノウはじっと考え込んでいる様子だった。

しばらくして、ぽつりと呟いた。


「………………わかった」


それからクロムに向き直り、言葉を続ける。


「では、次の休みに違う家を探しに行こうか」

「…………」


スノウは口ではそう言っているが、どうも瞳は納得しかねているようにクロムには見えた。スノウの瞳はとても雄弁なのだ。

だが一応は承諾したのだから、本人も黒魔術師長の言に一理あるとは思っているのだろう。今はひとまず、様子を見ることにした。




そうして迎えた休みの日。

再びの家探しに出発しようかと部屋で準備をしているスノウを、クロムはこっそり見つめていた。

客室のある家を探すことにスノウは不満を言わないが、その瞳は完全に晴れてはいなかった。そんな様子を見てしまえば、やはりクロムは黙っていられない。

クロムは、このひとを幸せにしたいのだ。


「……スノウさん、」

「ん?」

「やっぱり、前回見つけた家に決めましょうか」

「…………」


きょとんと目を瞬くスノウが、無防備でなんだか可愛いように思えた。


「ふたりで住む家なのだから、私たちが納得したところがいちばんだと思います。……もしも問題が出たら、そのときはまた、ふたりで考えましょう」

「クロム…………」


驚いたように目を見張るスノウの手を、そっと握って微笑む。大丈夫だよと、伝わるように。

するとスノウは、きゅっと手を握り返してきた。


「…………黒の魔術師長が言うことも、おそらく間違ってはいないのだろう」

「はい」

「だが、俺はクロムとふたりの時間をもっと大切にしたいから、ふたりきりの家がいい」

「ふふ。新婚さんですしね」

「ああ」


クロムの左手にはまった指輪を、スノウが慈しむように撫でる。それはスノウがクロムを求め、そしてクロムが受け入れた証。ふたりの絆だ。

スノウの左手には、同じように第二指に指輪がある。これは、自分がスノウのパートナーであるという、クロムの主張だ。

お互いの指輪を見つめて、そっと顔を寄せ合い、口づけを交わす。


「………………」

「………………」


ゆっくりと顔を離して、相手の吐息を感じる距離のまま、ふふっと笑い合った。


その日のうちにふたりは先日の家を正式に契約し、引っ越しの準備を始めた。

事の次第を話した黒魔術師長には笑われたが、新婚だからいいのだと、クロムも笑い返した。

後日、ふたりは王宮の職員寮を出て、ようやく一緒に暮らし始めたのだ。




引っ越しの片づけを終えたばかりの居室のソファで、ふたり並んでコーヒーを飲みながら、ひと息ついている。


「スノウさん、これからもよろしくお願いします」

「……喧嘩をして君に出て行かれないように努力する」

「大丈夫ですよ。そのときは、ふたりで話し合いましょうね」

「ああ」


クロムがそっとその胸へ顔を寄せれば、スノウはぎゅうっと抱きしめてくれた。

こんなに大事にしてくれるひとと、自分が喧嘩をするようなことはあるのだろうかと、クロムは純粋に疑問に思った。

スノウは、その触れ方でもクロムへ気持ちを伝えてくれるのだ。


「クロム……。これからは毎晩共に眠れるし、起きれば君が隣にいるんだな」

「はい。幸せです」

「うん」


あどけなく頷いたスノウが、クロムの頭へ頬を擦りつける。なんだか懐いた猫のようで、クロムはくすくすと笑ってしまった。


ブックマーク100件のお礼話でした。

最後の番外編を投稿してから半年近く経って、今でも読んでいただけるのは本当に嬉しいです。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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