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クロシロ  作者: 鳥飼泰
番外編
15/21

小話:ハンドクリーム

「あ、」


書類をめくっていたクロムは、指先の違和感に手を止めた。指を擦り合わせてみれば、いくらかガサガサしている。

じっと手を見つめるクロムに、向かいの席に座った同僚が声をかけてきた。


「どうした、クロム? 指でも切ったか?」

「いえ、指先が荒れてきたなあと思って」


魔術師は手先を大事にする。それは、扱う魔術に繊細さが求められることもあるからだ。特にクロムは自分で回路を組んだりもするので、ことさら気をつけていた。

そろそろ乾燥し始めるこの季節。いつもであればきちんと手荒れ対策をしているのだが。

クロムが赴任しているこのキナバル地方は、王都に比べれば湿度が高い。さすがに冬になればそれなりに乾燥もするだろうが、クロムの任期は半年ばかりであり、本格的に寒くなる前に帰任する予定だ。だからまあなんとかなるだろうと、甘くみていた。


「ああ、いくらキナバルでも、ちゃんと手入れしないと荒れるぞ。魔術の精度が下がりかねないから、気をつけろよ」

「はい」


後で保湿しておこうと心に留めて、クロムは再び書類を手に取った。




その夕方、クロムの部屋にスノウがやって来た。


「ただいま」

「おかえりなさい」


あまり表情を変えない顔が、目元を和らげて、ただいまと口にする。

それにクロムは、おかえりなさいと、笑顔で返す。

この挨拶もすっかり慣れてきた。


キナバル赴任の任期も半ばを超え、帰任の日は着実に近づいている。このままいけば、王都に戻ってもこの挨拶は続くようになるのかなと、最近のクロムは考えたりする。

スノウが先に帰宅していれば、クロムがただいまと言うこともあるだろう。そのとき、スノウも優しく微笑んで挨拶を返してくれるに違いない。

そんな想像は、クロムの心を温かくした。



それから一緒に夕食を取り、片づけまで終えてソファで寛いでいると。

スノウが、そういえばと小さなクリーム容器を取り出した。


「クロム。最近、君の手が荒れているようなのが気になっていた。よければ、このハンドクリームを使ってくれないか」


どうやら、スノウはクロム自身よりも先に手荒れに気づいていたらしい。気にしてくれていたことにむずむずする心をそっと宥めて、クロムはお礼を言って容器を受け取った。

ふたを開けると、中にはもったりとした白いクリームが詰まっている。


「……白魔術の気配があるのですが、もしや手作りですか?」

「ああ。白魔術の祝福を込めておいた」


こういうものをさらりと作ってしまうあたり、スノウは本当に精霊の加護が強いのだなと実感する。

白魔術師は精霊の助けを借りて魔術を行使する。精霊の加護が強いということは、それだけ使える白魔術の威力と幅が広がるということだ。


「黒魔術師である私には想像しかできませんが、なんだかちょっと凄そうなクリームですね」

「そうだろうか。……いや、そうかもしれない。これに限らず、君に贈るものだと言ったら精霊は喜んで力を貸してくれる気がする」

「え、」


それはもしや、スノウの先輩でありクロムの友人でもあるアイビーがそうしているように、精霊から微笑ましく見守られているということなのだろうか。

あまり深く掘り下げると恥ずかしくて穴に埋まりたくなりそうなので、クロムはクリームに意識を戻した。


「ちょうど、指先の手入れをしないといけないなと思っていたところでした」


さっそく使ってみようとクロムがクリームをすくおうとすると、容器を奪われた。

おや、とスノウの顔を見る。


「俺がぬろう。手を貸してくれ」


言われて差し出したクロムの左手を、スノウは検分するように撫で、わずかに眉をひそめた。


「……やはり、少し荒れているな」

「う、キナバルだからと油断していました」


反省していますと態度で示すクロムにスノウはひとつ頷いて、容器からクリームを取る。それを両手でクロムの左手に薄くのばしていった。まずは手の甲と手のひらと、丁寧にぬりつける。それから指へと至り、一本ずつ、指の根元から指先へ、さらに丁寧にぬり込める。


それは、自分でもこれほど丁寧に扱ったことはないというほどで、クロムはその心地よさにうっとりした。

爪をくっくっと押され、マッサージをされているように気持ちいい。

さらに、クリームに込められた白魔術の祝福の効果なのか、指先からじんわりと優しいぬくもりが広がる。


左手が終われば右手も同じように丁寧にクリームをぬられ、クロムはそれだけで、スノウが自分のことをどれだけ大事に思ってくれているかを実感できた。

スノウは言葉よりも、こういった態度や目で気持ちを伝えてくれることが多い。それがスノウの表現方法だと理解しているので、クロムはそれで言葉が足りないと不満に思ったことはない。

だからクロムも、自分なりの方法で気持ちを伝えたくなる。


クロムは丁寧に手入れされている最中の指を動かして、スノウの指をきゅっと握った。


「スノウさん」

「ん?」


顔を上げたスノウの目を真っ直ぐに見て、思いを言葉にのせる。


「私も、スノウさんがとても大事です」


スノウはきょとんと目を瞬いた後、ふっと優しく、嬉しそうに微笑んだ。


「そうか……」



両手にクリームをぬり終えると、最後にスノウはクロムの左手をすくい上げ、第二指に口づけを落とした。

そこは魔術師にとって特別な指。求婚を意味する場所だ。

さすがにクロムも、頬を染める。


「クロム、……君が王都に戻って来るのを、待っている」

「…………はい」


クロムが王都に戻ったときには左手の第二指に贈り物をしたいのだと、以前に言われた。スノウはどんな贈り物をくれるのだろうか。

そのときのクロムの返事は、もう決まっている。


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