表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロシロ  作者: 鳥飼泰
番外編
14/21

小話:恋人の日

Twitterで上げていた、6月12日恋人の日にちなんだ小話を、加筆修正したものです。

共に昼食をとっていた後輩のアッシュが、そういえばと思い出したように言い出した。


「先輩、今日は恋人の日っすよ」

「ん?」

「他国の風習ですけど、自分の映像を込めた魔石を贈り合うっていう」

「へえ」

「他人事っぽい返事してますけど、スノウさんに贈らないんですか?」

「はい?」


思わぬことを言われて、クロムはアッシュに言われた言葉を反芻してみた。

スノウには、以前に求婚めいたことをされている。では、恋人というよりは、婚約者になるのではないだろうか。


「……私とスノウさんって、恋人?」

「はあっ!?恋人ですよね!?」

「……どうだろう?」

「…………先輩」


婚約者と恋人は同時に成立するのだろうかとクロムが首を捻ったところで、暗い目をした後輩がいきなり肩を両手で掴んできて、いいですか、と真正面から語り出した。


「先輩は、スノウさんと付き合っています。恋人です。それ以外のなにものでもありません。絶対です。…………間違っても、その疑問をスノウさんに聞いてはいけません」


この後輩には白魔術師の可愛い彼女がおり、どうもその彼女の扱いには細心の注意を払っている節がある。白魔術師は思わぬことで暴走すると、ことあるごとにクロムに言ってくるので、なにやら経験があるらしい。

クロムがスノウに対して間違ったことをしていると判断すれば、こうして言い聞かせるように忠告してくる。こうなると、逆らわない方がいい。


アッシュは何か勘違いしているようだったが、分かりましたか?と、肯定以外許さない様子で言われ、クロムは頷くしかなかった。



だが、そのままアッシュの勘違いを放置したのは間違いだったと、のちにクロムは思った。




翌日やって来たスノウは、なにやら思いつめたような雰囲気だった。

クロムの部屋に入るなり、立ったままで不安そうに口を開いた。


「……その、俺は君を不安にさせていたのだろうか?」

「えっ、どうしました?」

「クロムが俺たちの関係に確信が持てないでいるという話を聞いた」

「あっ、アッシュですね!?」

「俺はあまり口数が多い方ではないから、言葉が足りないこともあるだろう。だが、君への気持ちはどうか疑わないでほしい…………」

「ま、待ってください!」


言いながらだんだんと俯いていくスノウの顔を両手で包んで上げさせると、そこには困り果てて悲しそうにしている黄緑色の瞳があった。

クロムは、スノウにそんな悲しそうな目をしてほしくはない。


「スノウさん。アッシュから何を聞いたか分かりませんが、スノウさんの気持ちを疑ってなどいません。私はスノウさんが大事ですし、スノウさんが私を大事にしてくれているのも、ちゃんと伝わっています。私の左手の第二指に、贈り物をくれるのでしょう?」

「…………クロム」


魔術師にとって左手の第二指は非常に重要なものであり、そこへ贈り物をすることは求婚を意味する。

以前にスノウがそこへ贈り物をしたいと言ってくれて、クロムは嬉しかったのだ。


悲しみを払拭するべくクロムがその目に口づけると、スノウはぎゅうぎゅうと抱き着いてきたので、背中をそっと撫でてやった。

すると甘えるように首筋に顔を埋めて、クロム、と名前を呼ぶので、先ほどの勘違いは相当に悲しかったようだ。

よしよしと渋緑の頭も撫でておいた。



ようやく二人でソファに落ち着いた後。

そういえば、これは恋人の日という話題から始まったのだったと告げれば、スノウはその内容に興味を持ったらしかった。どういうものかを詳しく知りたがったので、アッシュに聞いた内容をそのまま伝えておいた。




「クロム、魔術便が来てるぞ」

「はい。……あれ、スノウさんからだ」


翌日、映像の入った魔石が、キナバル支部宛の他の郵便物と一緒に魔術便で送られてきた。

スノウが何かを贈ってくれるときは、いつも直接持って来るので、普段は魔術便を使うことはない。

だが今回は、昨日の恋人の日に合わせようとすぐに送ってくれたのだろう。

こうして魔術便で受け取るのも、いつもと違う感じに贈り物をひとりでかみしめることができて、クロムはちょっと嬉しくなった。

魔石は夜のお楽しみとして、その日はご機嫌で仕事をこなした。



帰宅後、クロムはお茶を持ってソファへ腰を下ろし、楽しみにしていたスノウからの魔石を起動してみた。

すると、ぼんやりとしたスノウの映像が現れて、言う。



「君と共に過ごす時間が、なにより幸せだ」



映像のスノウは珍しくはにかむように笑っていて、クロムはしばらく声も出せなかった。

それから、手に持っていたお茶をそっと机に置き、顔を両手で覆った。


これは相手が映像として現れるので、その表情や声の温度まで伝えてくる。

スノウのはにかみ顔は希少で眼福だったし、さらにその声には愛しさが詰まっていて、もうクロムはどうすればいいのか分からなかった。


(これを他国の恋人たちが風習にするのは分かる気がする…………)


アッシュに話を聞いたときはそれほど興味をひかれなかったが、実際にスノウから受け取ってみると、とても心揺さぶる贈り物だった。



こういう素敵なことをされると、やはりなんだか悔しくなるので、もちろんクロムもお返しに魔石を贈っておいた。


クロムがそれからさらにスノウの反撃を受けるのは、また後日の話。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ