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クロシロ  作者: 鳥飼泰
本編
1/21

1. 無口な白魔術師

「はあ、白魔術師との合同業務ですか」


黒魔術師長の執務室に、クロムの声が響く。

クロムの前には、お気に入りの執務机に肘をついて書類を見る黒魔術師長が座っている。

黒魔術師長が自ら素材となるタタモの木を探して切り倒して来たというその机は、どっしりとしたダークブラウンで上司によく似合っていた。


クロムは王宮に所属する中堅の黒魔術師だ。

王宮内には黒魔術師の他に白魔術師がおり、仕事内容によっては共に派遣されるのもそれほど珍しいことではない。

しかしクロムは、上司である黒魔術師長の直属としてかなり自由に動ける立場に置かれており、仕事も直接請け負うような個人で行うものが多い。そのため、これまで白魔術師との仕事はほとんど経験が無かった。


「私としては、あんまりクロムを出したくないのだけどねぇ」

「それ、単に師長の仕事が増えるからですよね」


目の前の上司は、いかにも気乗りしないといった様子で、天鵞絨のように艶やかな深い赤の髪に指を絡めている。今日もクロムの上司は年齢不詳で麗しい。


「まあ、今回は仕方ないか。あまり先延ばしにできない案件だし。あちらさんに迷惑かけちゃったからね。次は失敗できないわ」

「先輩、ほんとにすいまっせん!」


クロムの横に控えていた後輩が、短く切りそろえられた黒髪を揺らして土下座せんばかりに頭を下げてきた。

聞けば、実はこの業務は既に昨日行われたもので、その際に黒魔術師側の作業がうまくいかなかったことで一時保留にされているのだとか。

その黒魔術師側の担当だったのが、このアッシュである。

受け取った引継書類と眉を下げた後輩を見て、クロムは頷いた。


「構いません。可愛い後輩のためですからね、行きますよ」




引継ぎを受けて翌日。

クロムは作業場所へ向かいつつ、再度引継書類を確認していた。白魔術師側は、前回と同じ人物が来るらしい。


今回の作業は、王宮の外灯に起こった不具合を解消することだ。いくつか点灯しなくなったものがあるという。外灯制御盤は黒魔術の回路で作られたもので、白魔術を動力とする魔石が組み込まれている。


アッシュの話によれば、外灯設備の制御盤を開いたところ、中に組み込まれていた魔石に劣化は見られなかったようだ。であれば、魔石を取り巻く術式の問題かと考えて調べてみると、回路全体をまとめているソレーネの術式に軽微ながたつきが見られた。そこで術式を組み直し、平らかにならした。

回路上の不具合はそれ以上見当たらないが、魔石に魔力を流しても通らなかったということだ。

見るかぎりでは制御盤の異常は修理できているので、アッシュにはそれ以上どうすることもできなかったのだとか。


引継書類には、初見での制御盤の様子から、組み直す前の回路の状態にその後の経過などが事細かに書き記されていた。相当に気を遣って書いたのが分かる。

昨日会った時にも思ったことだが、今回失敗して白魔術師側にも迷惑をかけ、自分ではそれを挽回できなかったことを後輩は随分と気に病んでいるようだ。これは、後で慰めてやる必要があるだろうか。



「まあ、アッシュが失敗した原因はだいたい予想できたから、大丈夫だとは思うけど。白魔術師側の担当者が納得できるようにきちんと説明をしないとな」


(それにしても、担当者説明の欄外にある「無口、不愛想、怖い!」っていう走り書きはどういうつもりで書いたのかしら……)



迷惑をかけた側なのでと、少し早めに到着したクロムが待っていると、しばらくして白魔術師のローブを身につけた男がやって来た。

少し黄みがかった渋い緑色の髪を揺らし、愛想の欠片もない無表情でこちらを見やる。

こちらを向いた瞳は明るい黄緑色で、その身に持つのは和みの色であるのに、その無表情と雰囲気から、どうにも冷たい印象を受ける人物だ。

おそらくこれが、後輩の「怖い!」に繋がるのだろう。


「白魔術師の担当の方ですか?私は先日の黒魔術師の後任で参りました。この度は、こちらの不手際でご迷惑をおかけして申し訳ありません。本日はよろしくお願いいたします」


まずは頭を下げておく。

何か嫌味でも言われるかと覚悟したが、ああ、と相槌が返ってきただけだった。

おや、と意外に思いつつ、白魔術師が作業場所である王宮の外灯制御盤に目を向ける仕草から、作業を再開しようという意思をくみ取ったクロムは、ひとつ頷いて作業に向かった。



(…………なるほど、無口)


作業を進めていくにつれて、クロムは後輩の走り書きの意味を実感した。

これまでのところ、白魔術師はほとんど口を開いていない。何度か雑談を振ってみたが、応じる気配は皆無だ。

黒魔術師側のしくじりで一度作業が頓挫しているのだから、多少のとげとげしさは仕方ないかと、クロムは内心でため息を吐く。

業務上のやり取りには応答があるし、とても不機嫌というわけでもなさそうなので、とりあえず気にしないことにする。



「よし、これで……どうかな!すみませんが、魔力を流していただけますか?」

「…………、っ」


頷いた白魔術師が制御盤の中央に組み込まれた魔石に触れると、なぜか少し驚いたような仕草をしたのでまさか不具合でもあっただろうかと慌てたが、特に問題はなかったようだ。次の瞬間には王宮の庭園にある外灯が一斉に点灯した。無事に復旧できたということだ。


「はー、やれやれ。今回の件は、制御盤の裏にある隠れた魔術回路の不具合でした。この魔術回路は少し特殊なので、知らなければ対応できなかったかもしれません」


表にある魔術回路だけならば、アッシュがしたように、王宮に勤める黒魔術師なら補修できたはずだ。

裏にあるものはまず不具合が出ないようなものであったのだが、今回はその稀な例だったようだ。


「あっさり直したな……」

「まあ、この制御盤は私が設計したものなので。だからうちの師長も私を派遣したのでしょう」

「君が?…………この制御盤の整備を以前に担当した白魔術師が、珍しく基盤回路を褒めていた。俺はこういったものに詳しくはないが、魔力を流してみると、確かに滞りのない綺麗な回路だというのは分かる。先ほど魔石に触れてみて、少し驚いた」


おや、初めてたくさん喋ったなと、クロムは目を瞬いた。


「ふふ。自分の仕事を認めていただいて光栄ですね。外灯設備は警備面でも疎かにできないものですから、気合を入れて組み上げたのですよ。こういう作業は好きですしね」


賛辞を受けて思わず頬を緩めると、若葉のような澄んだ瞳がじっと見つめてきた。

にやけた顔を見られたことに少し照れてしまったクロムは、やや早口に結びの言葉を口にする。


「業務要請書にはここまでの不具合だとは記載されていなかったので、うちも若手を送ってしまったようですね。ご迷惑をおかけしたこと、重ねてお詫び申し上げます。あれでも、うちの期待の若手なのですよ」


最後に後輩のフォローも交えつつ、お互いの魔術署名を添付した業務完了書を受け取ろうとしたところで、クロムはなぜか白魔術師に腕をつかまれた。


「あの…………?」

「名前を教えてくれないか」

「え?……ああ、すみません。名乗っていませんでしたね。黒魔術師のクロムです」

「クロム。俺は白魔術師のスノウだ」

「スノウさん。言われてみれば、お互いの名前も呼ばずに仕事をしていたことに驚きを隠せません……」

「まあ、支障は無かったからな」


そう返して、スノウはほんの少しだけ口角を上げたように見えた。

業務完了書の魔術署名を見れば名前は分かっただろうが、意識してお互いに名前を呼び合うことは、魔術師にとっては相手を承認するという意味がある。

先ほどまで名乗る素振りもなかったところを、最後にこうして名前を求められると、今回の仕事を認められたようでクロムは嬉しくなった。

それに、表情を柔らかくしたスノウの顔はとても好みで、クロムは良いものを見たとご機嫌で業務を終えた。




業務完了を上司に報告するためにクロムが黒魔術師棟へ戻って来ると、そこには後輩も待ち構えていた。


「先輩!ほんと助かりました!!あざっす!!」


いつもながら、この後輩は言葉が軽い。

しかし仕事はきちんとこなすし、魔術向上のための努力もする。なによりクロムにとても懐いているので、ついつい可愛がってしまう。


「うん、今回は仕方ないね。スノウさんの顔は好みだったし。別にいいよ」

「あー、先輩、面食いですもんね……」


それならばと、気の利く後輩はスノウのことをあれこれ教えてくれた。


「ん?スノウさんって有名なの?」

「あれ、知りませんでした?無口で不愛想で他人に興味が無いっていう。でも精霊の加護が強力でかなりの魔術が扱えるみたいっすよ」

「確かに無口だった」

「それで、先輩もそうですけど、あの人はうちとの合同業務はあまり出て来ません。本人が拒否するんだとか。今回は、あの魔石に魔力を込められる術師は限られてたんで、白魔術師長に言われて渋々。……なのにうまくできなかった俺!悔しいっ!」


うがーっ、と荒れる後輩に、今日は夕飯おごってあげるからとクロムは肩をたたいてやった。

じゃあその時に今日の魔術回路の解説お願いします!と返してくる勤勉な後輩には、奮発してデザートもサービスした。


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