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短編小説

girl of almighty

作者: 虹色 七音

 死にたくないな。


「…………」


 ごぼっと水っぽい音で口から血が溢れる。


 お行儀よく口から出てきてくれただけマシかもしれない。私の小さな腹からはなぜまだ死んでいないのかが不思議なほどの血と臓物がはみ出していた。

 笑いたくても、もう出てくる息もない。

 嘘くさい笑いばかりで生きてきたから、その報いで、こんな死に時なのか。


 頭がちかちかして、うまく動いていないような気がした。

 悲しむべき事実も浮かんでこないからか、悲しくはなかった。


 そんな、死の淵。


 ふと、彼のことを思い出す。

 あー、こんなやつもいたな。と、喋っているつもりでももはや唇が動いているかも怪しかった。

 おかしなやつがいた。

 そう言えば、私の短い人生にも、そういう存在がいた。

 季節で言うなら春で、調味料で言うなら砂糖だ。刺激ある人生にあった唯一の心地よい退屈。そんな余白が、私にも存在していた。


 あー、死にたくないな。

 目の前は霞んでいて、微睡んだ世界は、薄ぼんやりと掠れていた。





     ☆





「はあ?」


 おかしなやつに絡まれたな、と溜息を吐く。

 商売柄しかたのない暗殺者やらならばまだ分かりやすいだけいいのだけれど、こういう、からめ手を使ってくるやつが面倒くさい。

 殺してもいいんだけど、民間人を殺すのは後始末が面倒くさい。


「まあ、端的に言うとおたくの組織で雇っていただけないかっていう……」

「ならそう言えよ」

「あ、はい」


 すいませんと素直に彼は謝る。

 突然変なやつが絡んできたかと思ったが入社希望というなら分かりやすかった、安堵に息を吐く。


「ならなんで私に話しかけてんだ。裏社会の人間なら入社試験の内容くらい知ってるだろう」

「いや、まあ……」

「直接ボスに口利きして貰おうっても無駄だぞ。うちの入社試験に受からなきゃうちには入れん」

「はあ、ええ、それは勿論」


 彼がおたおたとそう返す。

 なんだかどんくさい雰囲気のやつだな、と思った。立ち振る舞いや歩き方から生粋の武人ではないにしても一線で殺し合いをしてきた経験が十二分にあるということは分かる。

 しかし、自分の知る狭い世界で自分を世界一と錯覚して調子に乗る人間の姿なら今まで何度となく見てきた。こいつもそういう類だったら、入社試験でたっぷり制裁を受けることだろうとほくそ笑んだ。


「事務所にはもう、認可を求める書類が積んであると思いますよ」

「?」


 彼の言葉に、どういう意味かはなんとなくは分かってもつい首を傾げると彼は私たちのいるはずの戦場には不釣り合いな、快活な笑みで応えた。


「入社試験、実はもう受かっていました!」


「……お前、その笑い方止めた方がいいぞ」


 え、と彼が素っ頓狂な声を上げる。


「嘘くさい」

「はあ、えっと、そうですかね……」


 私のその言葉を受けた彼は困ったように半笑いを浮かべた。

 彼の性根がにじみ出たようなその表情は、まだ、そちらの方が私は好感が持てた。私は嘘笑いばかりしていて目も捻くれてしまったのだ、と言い訳の如く思う。

 今更学校に通ったりしても、周りの笑顔に私はもう、耐えられないと思った。そうでなくとも行くつもりはないが。


「そうか。じゃあ、もう社員か」

「ええ。そうです」


 彼は懲りずに、快活に応えた。

 それがもう体に染みついているのかと思うと僅かばかりの共感がどこかから滲んだが、不快さが上回り、手で追い払う。


「じゃあついてくんな」

「ええ、ちょっと待ってくださいよ」


 その後も何度か追い払おうとしたけれど向こうにそのつもりがないようなので、まあ特に困りはしないかと本社に着くまでの十五分ほど、彼を横に引き連れたまま歩いて行った。


 本社の周辺三十キロ以上を取り囲む塀の、南西に位置する『申』の門からチェックを受けて中に入る。

 横目で彼が虹彩、指紋、簡易遺伝子確認、社員証の全てで仮社員として登録されているのを確認されているのを確認できたところで、嘘じゃなかったんだなと思った。


 七割がた嘘だろうと思っていたので、彼がこれから社に勤めるということがいよいよ現実味を増してくる。

 彼の口振りてきに恐らく私の近くに勤めたがるだろうし、やっぱり面倒なやつに絡まれたかもしれない、と少し嘆息して用意されていた黒塗りの車に乗り込む。


「ちっ。リムジンじゃねえのか、狭いな」

「申し訳ありません」

「あ、一応言っとくけど買うって申請出しても許可出さないからな。欲しいときはこっちからそっちに下ろすから」

「はい。分かりました」

「うん。お利巧」


 そこまで運転手と雑談して、自分の座っている後部座席の隣が空っぽなことに気付く。ドアの向こうを見ると、彼は少しこの車に困惑したような表情で、ぼうっと外に突っ立ていた。

 なんだか見ていると少し苛々してくるくらいの間抜け面だった。


「乗れよ」

「え? ああ、はい、いえ、え、いいんですか?」

「どんくせえな。乗っていいって言ったんじゃねえよ、乗れって言ったんだよ」

「あ、はい」


 彼がひょこひょこと車の中に入ってくる。それを確認した外の社員がドアを閉め、運転手がこちらに確認を取る。

 一々確認を取るなよ、と思ったが私の場合は確認を取らない方が痛い目に合う方が多いから当然の行動かとも思いなおす。


「出ろ」

「はい」


 端的に命令すると車は一切の振動なく、外の風景だけを滑らせるように発進する。

 その間も隣の男は妙にもじもじしていて、なんだか勘に障る。


「おい、さっきから何やってんだ。便所か?」

「あ、いえ。その、こんな高い車初めてで……」

「ああ、そういう」


 そういうことだと分かると、途端に彼の動きが理解可能なものになり、そこまで気にならなくなる。

 外の風景を見ながら、これなら数分もかからずに着くかなと考える。

 そういうとき、少しだけ自分の城の狭さを思う。複数の企業の合同事業を強奪して手に入れた一体化している都市型機能性基地。

 しかし半径五キロほどのそれは、自転車でも回れてしまうくらいのちっぽけな要塞に過ぎない。

 しかも私はこの程度も、完全に支配し尽くせているとは思えない。

 世界屈指の犯罪王などと呼ばれるまでに至っても、この程度だ。私の上にはアメリカの州をひとつ丸ごと手中に置くような人間や、素手で一人で軍事都市を落とした者もいた。

 いつだって上を見ればきりがなく、しかし上に行きたい性なのだ。


 そのためなら何でも利用するというくらいの気概なら、私には、あるつもりでいる。


「そうだお前、グレードは?」

「ああ、はい。星4です」

「……ほう」


 てっきり星3だと思っていたので少し驚かされる。

 入社した社員は5段階評価で星をつけられるようになっており、星2は雑兵、星3でそれなりの実力者という風に分けられている。狭い世界で自分を世界レベルで強いと勘違いしているような連中は大体が星3だ。


 しかし星4ともなると、一応世界で通用すると言っても間違いではないほどの力になる。


 ちなみに星1は本来入社資格がないとして不合格にされる程度の適性しかもっていないが特別に合格にされたものにつけられる評価だ。この場合なんらかの特質を持っていることが多いから、上層部に直接口利きなんてするような連中がいるとすればそういうやつらだろう。

 だからてっきり彼も、星3か、そうでなければ星1かだと思ったが、意外にも真っ当な実力者らしい。


「…………」

「……ん?」


 私の視線に気づいたのか、彼が首を傾げた。

 貧乏くさくこの程度の車に震えるくせに、私には臆さない。そういう人間がいるというのは理解しているし、なにせこの容姿だからなめてかかるものも少なくはないが、しかしおかしな人間が入ってきてしまったものだな、と私は息を吐いた。


 その程度の会話をしているうちに私の小さな庭の中で本宅と言える建物に辿り着く。この町を私の城だと言ったけれど、本当に城といえるのはもしかしたらこれだけで、そうならば、やはり私も大したことがないなと私自身のプライドが私を鼻で笑った。

 運転手にいくらかのチップを渡して、見慣れた重厚な扉を歩いてくぐる。


 どうせ私が直接認可を下ろしていない仮社員は仕事を受けることもできないのだし、どうせここまで連れて来たのだからと彼はそのまま私の事務所まで連れていくことにした。

 こんな拾った犬のような扱いではまたピライールに怒られてしまう。

 まあそれはいつも通りかと息を吐き、二分ほどで社長室の扉に着く。

「広くないですか?」という彼の言葉にまあなと流しつつも、少し誇らしく、どこか虚しかった。


 私の机の上にはいつものように幾つかに分類された書類の山が積み上がっており、やる前から疲れた息を吐いてしまう。


「なあ、お前の認可待ち書類もあの中にあるのか?」

「ええ、まあ、はい。そのはずですけど……」


 彼は書類の山の多さに驚いたのか、目を丸くしていた。

 まあ、こいつは放っておいてもいいかと判断してさっさと仕事にかかる。


「四十分……じゃあ無理か。まあ、一時間半以内だな。とりあえず」


 来ている書類は仕事になりそうな案件の書類、下からのもろもろの要請の書類、入社試験合格者の書類、任務の完了報告の書類、等々。まあ、めぼしいところから片付けていくことにする。


「おい、お前。そこらへんから椅子引っ張り出してきて座ってていいぞ。あと暇ならそっちの本棚から適当に引っ張り出して読んでおけ」

「あ、はい、え、いいんですか?」

「好きにしろ」


 それから数十分ほどで比較的単純な書類と任務完了報告と仕事になりそうな案件にすべて目を通し、棚から辞典何冊分かの厚さの情勢観測書類を纏めたバインダーを取り出す。

 東のある町に不審な動きがあるようだったこと以外にこれといった不審はなく、それの処置に関する任務を発注する旨の書類の重要度のランクを少し修正し、もう一度目を通し、そして数千枚ほどのそれらの書類をまとめて返却用の棚にぶち込む。

 それから入社試験合格者の書類の山に手を伸ばそうとして、ふと気が付く。

 写真は貼ってあるが、一応知っておいた方がいいだろうと律義に私の書架から引っ張り出してきた絵物語なぞを読んでいた彼に声をかける。


「おい、お前」

「……あ、はい」

「……あー……なあ、それ、そんなに面白いか? 私が言うのもなんだが」

「ええ、まあ。……えっと、スミキ様が選んだ本じゃあないんですか?」


 彼が私の容姿と本の表紙を行ったり来たりして首を傾げる。


「部下に私が普通の子供みたいにそういうのが好きだと思ってるやつがいるんだよ。そいつが持ってくるんだ」


 私の居住宅の図書館にあるのは軍術書とかそういう女っ気のないものばかりだ。


「なるほど。……まあ、これも十分子供が読む本には見えませんが」

「……そうなのか?」


 学校にでも通っていたら、本当は私のような年代がなにを読むかというのも分かるのだろうかとか、余計なことをつい考える。だから、行かないってと誰にでもなく言い訳をする。

 そしてああそういうことを聞きたかったんじゃないと思いなおす。


「ああ、そうだ。お前、名前は?」

「名前ですか? ぼくの?」

「ああ」


 彼は立ち上がって、持っていた本を置く。

 そしてこちらに向き直った彼は口を開いた。


五梍虎太郎いさかちこたろうと言います」





     ☆





「スミキ・ジョウコウジ。闘争売買仲介を名乗る組織『ブルーリオン』の前身となる武装集団通称『親衛隊』を四歳のときに発足させ、それから破竹の勢いで裏社会での存在感を増していく。五歳のころに『ブルーリオン』発足。驚異的な能力によるワンマンでも通用する経営手腕を組織の中で有効に使い、八歳のころに『ブルーリオン』本社として都市型要塞の構築を始め、九歳半ばで『ブルーリオン』が現在の形となる。それまでその若さから軽視されがちだったがそのことで脅威を世界中に認められ、圧倒的最年少で改めて裏社会に犯罪王として名を連ねる。純粋な戦闘能力もずば抜けており、三桁単位の武装集団を単独、軽武装で壊滅させられるだけの力量を持ち、十歳では犯罪王として改めて認知度が上がったこともあり、『力で人類を越えた人間トップ100』に三十二番手で名を連ねた。現在は目だった戦闘もしていないため過小評価をされ三十四番手に順位を落としている。本名は白雨清姫しらさめすみきであり、常好寺清姫は偽名である。現在十二歳であり、衰えの様子はない」


 知っている情報を上げ、とんでもない人間だなあと改めて息を吐いた。


「……本当に人間ですか、彼女は」

「当たり前でしょう。そうじゃなきゃなんですか」


 この組織でぼくと同じように四幹部の三人の中に『青龍』として名を連ねるリリール・ピライールが呆れ気味に息を吐いた。

 彼は上層部の中で屈指に物腰が柔らかく、人が良く、ぼくとも割と仲は良かった。


「なんです、突然」

「いやぁ。凄い人の下についてるなぁ、と」

「当たり前でしょう。清姫様ですよ」


 まあ、それもそうかと苦笑する。

 この世界には生れ落ちて別格だと思えるような存在がいる。それは確かに人間で、ぼくらと同じ遺伝子で同じ星の元に生まれて、あまりにも違う。


 しかしそんな人間でさえ、劣等感からは逃げられない。

 この一年間を彼女の側で過ごして、そう感じた。


 高々小学校高学年くらいの少女が一国の軍事力にすら匹敵するようなこの組織の頂点に立って、そして今なお上を向き続けているのは、彼女の劣等感ゆえに他ならない。

 上に行けば上に行くほどに上がいることを痛感していくように、いっそ諦めたいと思っているようにすら、彼女の姿は思えた。


 今までに何度か、戯れに手合わせをしてもらったことがある。

 ここに入ったばかりの頃や、星4から星5に昇格したときだ。その時、彼女はまるで本気を出していなかった。プロ選手が子供に付き合ってあげているような、そんな様子ですらあった。


 まったくもって手も足も出なかった。


 気付けば間合いの内側にいて、知らない内に倒されている。そんなことをされるたびに、ああ、この人にぼくは絶対に敵わないんだなと痛感した。

 しかしそういった届かない劣等感は、憧れに昇華される。

 彼女が抱いているのはぼくのような弱者の劣等感ではなく、向いた上に届きうる劣等感だった。


 ぼくは彼女を殺すためにこの組織に入ったのになぁ、と決心が鈍りそうになる。


 そんな鈍りかけた決心を、決して錆びさせるものかと磨くように自分のことを確認しなおす。


 ぼくは警察組織の非公式な所属員であり、この組織に入ったのはこの組織の内側から誘導してスミキを殺すためであり、命より愛しい彼女が死んだのはヤツのせいだと、決して忘れない。


 だって、言ったのだから。

 彼女もぼくが幹部に上がった時、もう一度確認してくれた。


『貴女を貴女があるべきところに導きます』


 中空を見上げて、彼女の姿を思い出す。そして、スミキを思い浮かべる。

 胸にその言葉を改めて携えて、ぼくは覚悟を決めなおす。



 貴様のあるべきところは地獄だよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] え、これで終わりですか…? 続きが読みたすぎるーっ!! 最初のシーンってやっぱりそういうことなんですかね。つらいなぁ 脈略なさすぎる感想で申し訳ないんですけど、めちゃくちゃいい作品でした! …
2020/04/20 13:23 退会済み
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