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No.007 それでもぼくはゲームをする

 今日も病院は多くの人によって待合室の椅子がほとんど埋まっている。もう何年も通って見慣れた光景なのだけど。


 今から六年前、七歳のころ、ぼくは交通事故にあって大けがをした。


 死ぬ一歩手前だったと、あとから聞かされた時はさすがに驚いた。ただこの病院の近くでの事故だったこともあり後遺症とかはとくになく、今は傷も完全に塞がっている。


 あれから病気もほとんどしない健康体なのだけど、心配性の母さんによって定期的に病院に通うことになっている。そんなぼくのことをずっと担当してくれているのが冬華さんだ。


 ぼくは冬華さんにありのままのことを話した。


 今朝、急にアリスの姿が見えるようになったこと、アリスの姿は他の誰にも見えないこと、今もすぐ近くにいることなど。


 一生懸命自分に起きている異常事態を話すぼくに冬華さんはこう言った。


「樹くんって今、中学何年生?」


 質問の意図がわからず、ぼくは素直に答える。


「え……。今は中学二年ですけど」


「なるほど、その年頃の子にはそうゆうのが見えるのよね。もっと年を取れば見えなくなるわ。同時に思い出したくもなくなるわ。きっと」


「いや、中二病じゃねーよ!」


 ぼくの渾身のツッコミが決まったというのに、冬華さんは表情の一つも変えない。そっちから振っておいてこの反応はヒドイ。


 冬華さんはぼくに向き直り、目をまっすぐと見つめる。冬華さんの吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に少しドキドキした。


「その幽霊って今もいるの?」


「え。は、はい……」


「どこに?」


「あそこに……」


 アリスが漂っている場所を指さす。冬華さんの視線がそれを追う。けれど、やっぱり冬華さんには見えていないようで、アリスが移動してもその方向を見続けていた。


 やがて、ぼくの方へとまた向き直る。


「その幽霊はどんな見た目をしているの?」


「えっと、青い色の上と下が一体になっているスカートを来た女の子、ですかね。――そう、絵本なんかの女の子が来ているエプロンみたいなのが一緒になっているヤツを着てます。年は小学生低学年くらいかな。髪は長くて腰くらいで色は金髪ですね」


「声が聞こえると言ったわよね。どんな声?」


「見た目通りの小さい女の子の声、かな。咲よりかは幼い感じの」


「どんなことを話していたの?」


「えっと、ぼくが食べていた朝ごはんは美味しいかとか、授業の内容とか。話してたって言うよりも聞いてくることが多かったような」


「自分の名前とか言っていた?」


「言ってましたよ。アリスって」


「初めて見えるようになったとき、直前に何をしていたの?」


「寝てました。さっきも言いましたけど、今日の朝起きたら居たんですよ」


「なら、寝る前は何をしていたの?」


「えっと、ゲームです。ほら、冬華さんから借りたゲーム機でSTOをやってました」


 そこでぼくはハッとする。


「まさか、本当にゲームが……STOが原因なんじゃあ……」


 そのつぶやきに冬華さんはイエスともノーとも言わず、左手を差し出してくる。ぼくは自分の左腕にある腕時計を外すと、冬華さんに渡した。


 腕時計にケーブルをつなぎ、パソコンに表示されたものに目を向ける。


 冬華さんは今、腕時計に記録された情報からぼくの体に異常がないか確認している。その時間が普段より長い気がした。いつもならちょっと見て「異常なし」って言うんだけど。


 少し不安になって、パソコンの画面をのぞき込んでみる。そこに映し出されている数値やグラフを見るも何を表しているのか分からない。なにせ日本語がどこにもないのだ。


 英語が苦手なぼくはすごすごと椅子に座りなおし、冬華さんの言葉を待つことにした。


 しばらくしてパソコンに顔を向けたまま、冬華さんは言う。


「特に異常は無いわね」


 その言葉に胸を撫で下ろす。けれどその直後の、


「ただ……」


 と言う冬華さんにドキリとする。


「ただ……、なんですか?」


「昨日の晩――就寝の直前かしら――に、この時間には普段かからない負荷がすこしだけ体にかかっているわ。何をしていたの?」


 就寝前? てことは寝る前ってことだよね。なんかあったかな。


「……あ。あれかな? STOやった後に少しだけ疲れたような気がします。たぶんゲームで興奮したからだと思いますけど」


「ゲームで興奮って……。まぁ人の趣味をどうこう言うつもりはないけど、その年からそれだと将来不安になるわね」


「いや、興奮ってあれですよ⁉ 対人戦やってて白熱したっていうか、そうゆう興奮ですよ⁉」


 冬華さんは表情ひとつ変えずに、結局異常は見当たらないとの判断を下した。ぼくのツッコミは完全にスルーして。


 ゲームによる影響では? というぼくの疑問に関しては、


「もう一度やってみないと分からないわね。けれど、そのゲームをやったら幻覚が見えるようになるのなら、とっくに他の人も見えるようになっているはずよ」


 との回答。


 確かにその通りだ。STOは一年近くもサービスが続いている。それだけ多くの人がプレイしているのに、自分だけ幻覚が見えるようになった、なんてそんなことがあるとはとても思えない。


「脳にはまだ科学的に解明できていない部分が多くあるの。こういった幻覚もその一つよ。もしかしたら、明日になればもう見えなくなっているかもしれない」


 とも冬華さん言っていた。つまりは、もう少し様子を見ましょう、ということらしい。


 それと、


「もしゲームが原因なのだとしたら、返してもらうことになるかもね」


 なんて、恐ろしいことを言う。


 あまり冬華さんには相談しない方がいいかも知れない。そう思った。


  ◇ ◇ ◇


 家に帰ると、宿題もろもろを片付けVRヘッドセットを装着する。アリスのことは気になるがいまのところ、ただふよふよ浮いてはたまに話しかけてくるだけで実害はない。


 ……と、思う。


 なによりアリスにばかり構ってもいられない。ぼくにはやらなければならないことがあるのだ。


 それは、タツ兄を探し出すこと。


 タツ兄。ぼくが子供のころに出会った人。そして、今一番会いたい人だ。


 たしか初めて会った時のタツ兄は高校生くらいだったと思う。ぼくが小さかったこともあって背がすごく高かったことを覚えている。


 そしてなにより、めちゃくちゃゲームがうまい。特に格ゲーが。


 タツ兄と出会ったことで格ゲーと出会った。そして、ぼくはその面白さを知ったんだ。タツ兄はぼくの格ゲー好きの原点だと言っても過言ではない。


 タツ兄とはもうずっと会っていない。今から五年くらい前にどこか遠くへ引っ越してしまった。そのときは子供だったこともあって、連絡先は聞いておらず、いまになってすごく後悔している。


 ぼくはもう一度タツ兄に会いたい。会って、格ゲーで対戦したい。ぼくはこんなにも強くなったと教えてやりたい。


 タツ兄は今STOをやっている。ぼくがこのSTOをやり始めた一番の理由はそれなんだ。


「絶対見つけてやるからな。待ってろよ、タツ兄」


 そして勝つんだ。全く勝てなかったタツ兄に、あのときと同じ格ゲーで。


 ゲーム機の電源をつける。ゲームを起動する。ぼくは再びSTOの世界へと入っていった。


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