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No.006  幽霊少女との登校

 今日の朝ごはんの味は良く分からなかった。少女が家の中をふよふよと浮かんでいるのだから仕方がいない。なるべく、気のせいだと視線を逸らすことに集中していたのだ。


 ぼくはこの現象――ぼくにだけ見えるこの少女のことを幻覚だと思うことにした。きっとゲームのやりすぎで見えているのだ。そうに違いない。


 時折、


「ねえ、おいしい? ねえねえ」


 と話しかけてくるのも、きっと幻覚だ。


 出来ることなら幻覚が見えなくなるまで布団をかぶっていたいのだけど、母さんがそれを許さなかった。事情を話しても「何バカなことを言っているの!」で片づけられ、こうして学校に行く準備をするはめになっている。


『咲さん。いつもの占いの時間ですよ。チャンネルを変えますか?』


「あ、うん、お願い、アーちゃん。今日の運勢はいいといいなぁー」


 咲の要望に応えて、テレビのチャンネルが変わる。咲が毎朝飽きもせず見ている「今日の運勢占い」のコーナーがちょうど始まるところだった。


『樹さん。そろそろ出かけないと、学校に遅れますよ』


「はいはい」


『樹さん。はい、は一回です。じゃないとまたお母さんに怒られますよ』


「はーい」


 ぼくは朝ごはんを片付け、学校へ行く準備をする。その最中、咲の恨みがましい声が聞こえてきた。


「今日で三日連続だよー。さいあくー」


 どうやら今日の運勢は悪かったらしい。ざまあみろ。ぼくからゲームを取り上げるからそんな目にあうのだ。


 もしかしたら家を出れば見えなくなるのでは、という淡い期待はすぐに崩れていった。少女は普通について来たのだ。やっぱりふわふわと浮いて。


 道すがら、すれ違う人すれ違う人の顔を伺い見てもとくに驚いた様子はない。母さんや咲もそうだったけど、やっぱりこの少女はぼくにしか見えていないようだ。


 それにしても、この幻覚は一体なんなのだろうか? いつまで続くのだろう?


 もしかして本当に……幽霊……なのだろうか。


 まさか、と思う。


 ぼくは自分の考えを追い払うように頭を振る。幽霊なんて非科学的なもの存在するはずが無い。


 学校についても少女を指摘する人はおらず、授業は普通に始まった。けれど困ったことがある。


 授業中、ふわふわと教室の中を漂いながら時折「ねぇこれなにしてるのー? ねぇねぇ」なんて話しかけてくるものだから、授業にまったく集中できない。


 ――普段から集中しているのか聞かれると返答に困るんだけど。


 少女は自分のことをアリスと名乗った。


 幻覚か幽霊かは置いておいて、アリスはまず間違いなく夢の中の登場人物でもなければ、他の誰かに見えたりもしない。現実の世界でぼくだけその姿が見えて、声が聞こえる。そんな存在のようだ。


 授業が終わってもぼくは机から立とうとしなかった。机の一点を見つめてこれからのことを考えていた。


 とりあえず、まずは冬華さんに相談、でいいはずだ。


 アリスがぼくの顔を覗き込んでくる。机に顔をちょこんと乗せる姿は、愛らしい少女のそのもの。けれど、その足は床につかず浮いている。


「ねぇどうしたの? 部室、行かないの?」


 アリスのものでは無い声に顔を上げると、すぐ横に楠木がいた。


 楠木とは同じクラスではあるけれど、別にいつも一緒に部室に行っているわけではない。たぶん、授業が終わっても身じろぎ一つしないぼくが気になったのだろう。そういえば教科書もまだ机に広げたままだ。


「ああ、えっと、今日は部室に行くのやめておくよ。悪いけど、部長にそう伝えておいて」


「え? いいけど……」


 そう言ってもまだ、楠木は部室に向かわず横に立ったままだ。どうしたのかと見上げると何か言いたそうな顔をしている。理由を聞いてもいいのか迷っている、そんな感じだ。


 ぼくたちはそこまで仲良くはない。教室で話したのだって今を含めても数える程だ。それに楠木はぐいぐい人に踏み込んでくる方ではない。こちらの事情に立ち入っていいのか迷っているのだろう。


「ちょっと病院に行くんだよ」


 だからぼくは先んじて理由を話した。


「え、病院? ……あ! まさか昨日行った時に何か見つかった、とか?」


 とたんに表情を曇らせる楠木に、ぼくはあわてて否定した。


「いやいや! そうゆうわけじゃないよ。うーん、なんて言えばいいのか。説明しづらいんだよね」


 宙に浮く少女が見えるから病院に行くんです。――なんて説明したところで母さんと同じことを言われるか、咲と同じように引かれるだけだろう。家族にならいいけれど、クラスの女子に引かれるのは……なんというか、その、けっこう精神にきそうだ。


「そっか。うん、わかった。部長には伝えておく」


 どう受け取ったのか分からないけど、楠木はそう言ってこれ以上詳しく聞こうとはしなかった。


「ところで楠木は幽霊っていると思う?」


 なんとなくそんなことを聞いてみる。特に意味はない。アリスのことを考えていて口を突いて出ただけだ。


「へ? 幽霊?」


 幽霊という言葉を出したとたん、楠木の顔が険しくなった。


「……なに、急に? 怖い話でもしようって言うの?」


「違うよ。ただ、いると思うかってだけ」


「……幽霊なんているわけないじゃん。たまにさ、見えるなんて言う人いるけど、きっと全部インチキに決まってるよ。心霊写真も合成なの。この間テレビで言ってたんだから」


 もしかして――。


 とある考えが頭に浮かぶ。だからか、つい出来心で言ってしまった。


「実はさ、ぼく見えるんだよね」


「え? 見えるって、何が?」


「……幽霊」


 なるべく声のトーンを落として言うと、楠木の目じりがピクッとなった。


「は、はぁ? 何言ってるの。七海くんってそんな冗談言う人だったんだね」


「冗談じゃないよ。昔、死ぬかもしれないって程の大けがをしてね。それ以来見えるようになったんだ。……今、この教室には女の子の幽霊が居る」


「え、ウソでしょ? ちょっとやめてよそうゆうの……」


「あ、動かない方がいいよ」


「……な、なんで?」


「だって今、その幽霊は楠木のすぐ隣にいるんだから……」


「う、ううう、うそ――でしょ?」


 ぼくの言うことを信じているのか楠木の顔は真っ青になっていた。そんな楠木を見てぼくは笑う。


「あははは。ごめんごめん。ウソだよ、ウソ。全部ウソ。幽霊なんているわけないよ」


 ぼくがそう言うと、楠木は顔は次第に青から赤に変わっていく。


 今にも怒りだしそうな楠木に、これはいけないと、カバンに教科書を手早く詰め込み勢いよく立ち上がる。


「じゃあ、部長への伝言よろしく。それとまた明日――は休みだからまた月曜日!」


 言いながら教室の出口へ向かう。


「あ、ちょっと! 七海くん! なんでそんな嘘つくのー!」


 途中、そんな楠木の声が聞こえたけれど無視して教室を出て廊下を走る。


 やっぱりだ。楠木は幽霊が苦手なんだ。普段は何考えているか分からないような顔しているくせに幽霊が苦手なんて意外だ。


 確かにウソを言って怖がらせたのは悪いけど、あんな言葉を信じる楠木も楠木だ。


 ウソ。そうだ、幽霊が見えるなんてもちろんウソだ。ただ、全部がその場のでまかせというわけではない。


 幽霊ではないかもしれないけど、アリスは本当に楠木のすぐ隣に居た。


 それと昔、死にそうなほどの大けがをしたっていうのも、本当だ。


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