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No.005 そして、ぼくは少女と出会った

「うるせぇ!」


 叫び突進してくる初心者狩り。性懲りもなく、また斧の横なぎ。と思わせておいて、ぼくとの距離が詰まったところで縦切りにシフトしてきた。


 その程度ぼくには通用しない。


 身をかがませ、初心者狩りを左から回り込むように素早く移動。攻撃をすり抜け、背後に回る。それに反応し初心者狩りはすぐに振り向き横なぎを繰り出そうとしてくる。


 これに反応するとは、実はそこそこのプレイヤースキルを持っているのかもしれないと思う。


 けれど、それは悪手だとぼくは知っている。


 背後へ攻撃するにはかならず振り向きというものが入る。通常の攻撃よりも、ワンテンポ遅れるのだ。ぼくなら、その間に次のコマンドを入力するなんて容易い。


 初心者狩りの攻撃は身をかがませてやり過ごす。今度はしっかりと間合いを詰め、まずは一撃目を入れる。次に二撃目、三撃目とコンボを重ねる。チュートリアルの時に見たコンボ表を頭に思い浮かべ、高揚する気持ちを抑えながら丁寧にコントローラを操作していく。


 まだ相手のガードも回避も来ない。四撃目は打ち上げだ。これも綺麗に決まり初心者狩りは宙に舞う。相手はずいぶんと焦っているのか、コントローラをガチャガチャやってる音が聞こえてくる。構わずぼくは追撃を続ける。


 空中での五撃目、六撃目も危なくなく決まり、七撃目はコンボフィニッシュという大技だ。空中から打ち下ろす形の技が決まり、派手なエフェクトが画面を舞う。


 同時に「KO!」のアナウンス。


 初心者狩りのHPを見るとすでにゼロ。これはつまり……ぼくの勝利だ!


「はっは、どうだぼくの強さは! しかも見ろよ、こっちのダメージはゼロだ! パーフェクト勝利だぜ!」


 喜びのガッツポーズをする。といってもゲーム内のキャラは棒立ちままなんだけど。


 敗北時のモーションで膝をついている初心者狩りにぼくは言う。


「ああ、そうだ。おまえがどうして初心者狩りなんてしているのか分かったぜ」


「ああん?」


「初心者にしか勝てないほど弱いからなんだな」


「てめ――」


 ぼくの挑発に言い返そうとしたところで周りから別の声が上がった。


 聞こえるのは拍手の音。見れば周囲のプレイヤーが拍手をしている。なかには口笛を吹いている人もいた。


「いよっ! やるなぁあんた!」


「まさかレベル1で初心者狩りに勝つなんて。本当に初心者か?」


「流れるようなコンボ! しびれたぜ!」


 プレイヤーから聞こえる歓声で、ぼくは我に返る。いけない。すこし悪い癖――相手を挑発する癖が出てしまっていた……。


 そんな人たちの声に気を取られているうちに、いつの間にか初心者狩りの姿がない。あたりを探すと人混みの外側に逃げていく背中がかろうじて見えた。


「あれ? ちょっとまて。負けたほうが謝るって約束じゃあ」


 ぼくの声が届くはずもなくその背中はもうすでに見えなくなっていた。


 いや、今はそれよりも――。


 歓声に混じって、初心者狩りへの悪口が聞こえる。そのことが、この人たちがどれだけ迷惑していたのかを物語っていた。そんな迷惑プレイヤーをレベル1で撃破したことが、ぼくへの称賛の声を大きくしているのだ。


 未だ鳴りやまない歓声と拍手の音。けれど、ぼくにはその声に応える余裕は無かった。


 ぼくの悪い癖を見られたこと。多くのプレイヤーからすごい賛辞を受けていること。経験したことのないこの状況に急に恥ずかしさがこみ上げる。


 どうすればいいのか分からなくなったぼくはとっさに、


「えっと。はは、どーもどーも。それじゃあまた縁があったらお会いしましょう」


 なんてことを言ってログアウトした。


 ゲームを完全に終了して、ディスプレイが暗くなったVRヘッドセットを外す。ふぅ、と息をつくとなんだかものすごく体がだるい気がした。なれないVRゲームで疲れたのだろう。


 時計に目をやると午後十時になったところだった。そんなにゲームをやった気がしないのだが、どうやらアカウントやらキャラやらの作成に結構時間がかかっていたみたいだ。


 ぼくはベッドに飛び乗り枕に顔をうずめる。さっきの行動が急に恥ずかしくなってきたのだ。


「あー! なんでこんな癖があるんだよー!」


 ゲーム上のこととはいえ恥ずかしくないわけがない。もしかしたらSTOのゲーム掲示板にイキリ新人プレイヤーあらわる、なんて書き込まれたりしないだろうか。


 足をバタバタし、過去よ無くなれと念じ続けたが、なにかが変わった気配はない。多くの漫画で言っていた、過ぎた過去は変えられないのだと。


 けれど、


「面白かったなぁ。さすがアルトラと同じ会社が作ったゲームだ」


 ぼくがこのゲームに注目して理由の二つ目がそれだ。STOはアルトラを作ったのと同じ会社によって作られているんだけど、なんと、戦闘システムがほとんど同じなのだ。噂ではアルトラの次回作として作られていたころの名残だとか。


 ぼくが開始早々初心者狩りに勝利できたのはそれが理由だ。なにせぼくはアルトラのランキング三位だ。つまりSTOにおいてもはかなり強いはずである。あの程度のプレイヤーに負ける訳が無いのだ。


  ◇ ◇ ◇


「……ねぇ……おきて……ね……てば」


 声が聞こえる。断片ながら寝ているぼくを起こそうとしているのが分かる。


「もう……かげん……てばぁ」


 声の主は子供のよう。妹の咲だろうか? だけど咲がぼくを起こすことなんて、今ではほとんどないはずなのに。


「おっきっろ……おっきっろ……」


 突如として始まった起きろ音頭に、たまらず目を覚ます。目をこすりながら上体を起こし、声が聞こえたほうに顔を向ける。


「なんだよ、咲。どうしたんだよ一体……え?」


 目の前の光景に一気に眠気がふっとんだ。


 少女がいた。しかもぜんぜん見たことも無い少女だ。小学六年生の咲より少し小さい。年は十歳かそれより少し下くらいだろうか。


「あー! ようやく起きたー。全然起きないから死んだのかとおもったー」


 屈託のない笑顔で少女は笑う。よく聞けば咲の声とは全く違った。


 いや、それよりも。


 見知らぬ少女がぼくの部屋にいることも驚きだが、それ以上に驚くべきところがある。少女の目線は今のぼくよりずっと高い位置にある。それはぼくがベッドで横になっているからじゃない。


 浮いているんだ。空中に。ふわふわと。


 まさか、まさか……幽霊⁉


 ぼくはふらふらと吸い込まれるように少女に近づく。


 ゆっくりと腕をのばし、少女に触れる。が、それは出来なかった。


「やんっ」


 少女の声が聞こえる。なにが、やんっ、だ。触れてもいないくせに。


 そう。ぼくは少女に触れられなかった。どうゆうわけか、すり抜けたのだ。というか今もすり抜けている。見た目はぼくの手が少女の体に埋まっているように見える。


「う、うわ――――――‼」


 勢いよく腕を引っ込ませ、そのままベッドに潜り込む。


「えっえっ? なになに? なにかあったの?」


 布団を頭からかぶっているのに声はしっかりと聞こえる。しかも次第に近づいてきている。


「うわー! 来るな、寄るな! この幽霊!」


「え? 幽霊? どこどこ? こわいよー!」


 ふざけているのかこの幽霊は。幽霊が幽霊を怖がるとはどういうことだ。


 しかし、声からは本当に怖がっている感じがする。もしかして、自分が死んだことに気がついていないタイプの幽霊なのだろうか。


 部屋の外からバタバタと音がする。バタン、と勢いよくドアを開けて現れたのは咲だった。


「お兄ちゃん! うるさいよ! なに朝から騒いでいるの!」


「さ、咲! こ、これ!」


 ぼくは今も空中に浮かぶ少女を指さし、咲に訴える。


「ゆ、幽霊……。女の子がここにふわふわ……!」


「はぁ? 女の子?」


 咲は首を傾げ、部屋の中を見回す。視線的に何度も幽霊を見ているはずなのに、とくに顔色は変わらない。


「なに言っているの? もしかして寝ぼけてる?」


「いやいや! いるでしょ! ここに! 女の子が! 幽霊が!」


 立ちあがり両腕を広げて幽霊の場所を示す。何度も「ここに! ここに!」とやっているとぼくを見る咲の目がみるみる変なものを見る目へと変わっていく。


 そして、


「おかあさーん! お兄ちゃんがー!」


 と、走り去ってしまった。


 ぼくは確信する。間違いない、咲には見えていなかったのだ。


 そこである事に気がついた。


 そうだ、そうだよ。なんでもっと早く気がつかなかったんだ。


「これは夢ですね」


 ぼくはベッドに再び潜り込み、目を固くつぶる。早く覚めろ。そう念じながら羊を数え始める。羊が一匹、羊が二匹。――あれ? これって眠くなるおまじないだっけ?


「ちがうよー。夢なんかじゃないよ」


 少女の声にぼくは布団をはがし起き上がる。


「夢じゃないなら、いったいなんだって言うんだよ」


 この言葉に自分のことを聞かれたと思ったのか、少女はこう答えた。やはり屈託のない笑顔で。


「アリスはねー、アリスだよー」


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