No.031 あの人はいつも突然に
怖い夢を見たあとのような、そんな感じだった。
夜中に目を覚ますと、部屋の暗さと夢の鮮明さになんだかものすごく怖かったはずなのに、朝起きたら何であんなものを怖がっていたのか不思議になる、ちょうどそんな感じ。
一晩寝て、朝起きて、部屋を見回すとやっぱりそこにアリスはいた。部屋の隅で体育座りをしている。
ぼくがそちらを見ると、なにが気に入らないのか頬を膨らませた顔がプイッと横を向く。
その姿に昔の咲を思い出した。
咲もケンカするとこうやって、どこかに行けばいいのになぜか近くにいて、目が合うとまるで自分はまだ許していないとでも言いたげに顔を背けるのだ。
なぜこんなのが昨日はあんなに怖かったのだろう。
そう思いはするが、だからと言ってアリスが得体の知れないものであることに変わりはない。いよいよ本気で、どうすればいいのか考える必要があると思う。
ぼくは考えた。考えに考え、三分ほど考えたところで、
何も浮かばなかった。
だから、とりあえず学校に行こう。そう思った。
◇ ◇ ◇
「七海。ご苦労だったな。さぁ例のブツを」
授業もおわって部室に行くなり、先に来ていた部長にそう言われた。差し出された右手を見つめ、何のことだろうと首を傾げる。
「えっと、なんでしたっけ? ぼく、部長に何か借りてました?」
「何を言っておるのか、七海よ! 一昨日、一一三〇のことを忘れたか!」
一昨日っていうと土曜日で、一一三〇は午前十一時三十分……。
「あ」
完全に忘れてた。楠木とアリスのことですっかり頭から無くなっていた。
アレはどうしたっけと思い、忘れないようにと土曜の内にカバンに入れたことを思い出す。
ぼくは例のブツこと、富皆大学の文化祭での発表会を録画したメガネを取り出すと、部長に渡した。
「うむ、ご苦労だったな。もしや他の諜報員によって妨害を受け紛失したのではないかとヒヤリとしたぞ」
「そんなこと、あるわけありませんよ」
「ん? どうした七海よ。なんだかノリが悪いではないか」
「え、いや、そのちょっと……。はは、大丈夫です。なんでもありませんよ」
「そうか? ならいいんだが。なにか悩みがあれば言えよ? 特別に『ミッション』なしで聞いてやるからな。ふははは!」
言えよと言ってくれるのはありがたいが、言ってもしかたが無いと思う。
今ぼくに起こっていることはゲームと現実に登場する電脳幽霊のこと。部長は科学の申し子みたいな人でオカルトの類を全く信じていない。相談したところで、「幽霊など非科学的なものがあるわけがない」と言われるだけだ。
「そういえば楠木から聞いたぞ。文化祭でゲーム大会の主催者をボコボコにしてやったそうじゃないか」
「楠木から? そう言えば今日は家の用事で部活に出れないって言ってましたけど」
「そのようだな。それで昼休みにわざわざ土曜の報告に来た。ホウレンソウは大事だからな。良い心がけだ。その際にゲーム大会での七海の雄姿を聞いた」
「雄姿って……。しょうがないじゃないですか、アルトラのランキング三十位って威張ってくるからつい本気出しちゃったんですよ」
「相変わらずお前は面白いな。はっはっはっ!」
部長はそれだけ言うとメガネ型カメラにケーブルを繋ぎ、さっそく発表会の鑑賞を始めた。
ぼくは手持ち無沙汰になるも、何かをやろうという気も起きない。かといって帰りたいとも思わない。家ではアリスと二人きりになるかもだし、ゲームをしてもやっぱりアリスが出てくるだろう。
まるで、アリスに周りを囲まれているみたいだ……。
当のアリスはやっぱりくっついて来ていて、今もぼくを恨めしそうに見ている。
花屋敷先輩から一緒にゲームをしようと誘われたが、それを断って適当なパイプ椅子に座る。
本気で考えなければならないのだ。アリスのことを、これからどうすればいいのか。
普通に考えれば、母さん父さんに話す、冬華さんに話す、だろう。けれどそれはもうすでにやった。どちらも信じてくれている様子ではなかった。
もう一度、話してみるのはどうだろうか? 今度は本気の本当で。
母さんはダメのような気がする。頭がおかしくなったのだと決めつけ、病院行きになるのが目に見える。
まだ冬華さんの方が希望があるように思うがやっぱりそれも怪しい。しかもゲーム機没収のおまけ付きだ。
第一なんと言えばいいのか分からない。他の誰にも見えない小さい女の子が急に見えるようになった。しかもその女の子はゲームにも現れて、他のプレイヤーのHPをゼロにした。噂の電脳幽霊である。
そう言えばいいのだろうか。
まったく信じてもらえる気がしない。
女の子が見えるようになっただけならいざ知らず、ゲームの中に現れてそのうえプレイヤーのHPをいじるなんて、自分で言っていても意味が分からない。
まったく事情を知らない人ならなおさらだ。仮にぼくが誰かからそう言われたら絶対に信じないだろう。
ならどうすればいいのだろうか。とりあえずダメ元で話すか……。
「はぁ……」
思わずため息が出た。さすがに疲れてきた。
いつもは使わない頭を使っているし、気にしないようにしていてもやっぱり精神をすり減らしているようだ。
もうどうすればいいのか分からない。誰か本当に教えて欲しい。
どれぐらいそうしていたのだろうか、座って太ももの上で手を組み、それに目を落としていると、ふいに名前を呼ばれた。
「七海。おい七海!」
部長だ。
「……え? なんですか?」
ぼくは返事をするも、なんだか頭がすごく重いような気がする。
「ようやく反応したか。寝ているのかと思ったぞ。ちょっとこっちに来てくれ」
立ち上がり部長の元に歩く。なんだか体が重い。それだけアリスのことで精神的に参っているのだろうか。
それにしても部長は何の用だろう? もしかして録画した発表会のことだろうか?
もしそうならまた今度にしてほしい。今はそんな気分じゃないし、なによりぼくに聞かれてもあんな難しいこと分からない。
発表会の映像が映るモニターを前にして、部長がぼくに尋ねる。
「七海。おまえ、もしかして――他人には見えないなにかが見えていないか?」




