No.003 待ちに待ったゲームスタート!
ぼくがめちゃくちゃやりたかったゲームの名前は『Seek of Twilight Online.』という。通称STO。国内限定のゲームだけど多くの人がプレイしているVR式のオンラインゲームだ。ジャンルとしてはVRMMOA‐RPGとなっている。
冬華さんから借りたのはこのゲームをプレイするためのゲーム機本体とVRヘッドセットだ。ゲームソフト自体は、実は前に自分で買った。
VRヘッドセットをかぶって、まるでゲームの世界に入ったかのようにプレイするタイプのオンラインゲームはすでにかなりの数がリリースされているけど、このSTOは他と一味違う。
販売開始は一年くらい前。ぼくもその時から欲しかったけど、ゲーム機だけじゃなくてヘッドセットとゲームソフトが必要だからお金がすごくかかるので手に入れられなかった。ぼくのお小遣いじゃあ何年かかるか。
そんなにお金がかかるのに、かなりのアクティブユーザがいるっていうんだからSTOの人気のすごさが分かる。
ぼくは病院から家に帰ると、夕食とお風呂とあとついでに宿題をぱっと片付け部屋にこもった。どこかにぶつけないようにと神経をすり減らして持って帰った疲労など、どこかにいくほど今心は躍っている。
もちろん母さんには借りたことは内緒だ。言えば取り上げられてしまう。
壊さないようにと慎重に箱から取り出し、説明書通りにケーブルを繋げる。
といっても特に難しい所はなかった。既に冬華さんがプレイしたということもあって、VRヘッドセットとの無線接続は設定済みだったし、モニターに繋ぐ必要もないから必要なのは電源ケーブルとネットへの接続くらい。
VRヘッドセットを頭に装着する。見た目としてはヘッドホンのようで、つける時もそんな感じ。頭頂部のバンドで支えてスピーカーが耳を覆う。
スピーカー部分を軸にして上下するディスプレイを目まで降ろして装着完了。つけた感じの重量はかなり軽い。ということはあの重さのほとんどはゲーム機本体だったのか。
はやる気持ちを抑え、コントローラを握る。実に一年待ったのだ。ドキドキが止まらない。
アカウント作成などを済ませ、さっそくゲーム開始。一番初めにプレイヤーキャラクターの作成画面になった。
種族は人間やエルフに始まり、ドワーフなんかもある。ちょっと迷ったけど没入感を出すために、大体同じ年齢くらいの少年をイメージして作成する。種族は人間にした。
次は初めに装備する武器を選ぶ画面になった。片手剣、ヤリ、短剣、弓矢などなど。魔法メインとなる杖なんかもある。
色々な武器が並ぶなか、迷わず片手剣を選ぶ。理由は簡単。ぼくが近接攻撃系の武器を今まで使ってきたからだ。
キャラ作成が完了すると壮大な音楽とともに、ストーリーのプロローグが始まる。
『皇歴998年。突如として世界の四分の一を支配するグリガリスト帝国が他国への侵攻を開始した。各国はこれに武力を持って反抗するも、禁忌とされてきた古代魔法により呼び寄せた、魔の使いであるモンスターの使役に成功したグリガリスト帝国の前に敗れ去ってしまう――』
そのプロローグを見て苦笑する。そう言えばアルトラのストーリーモードにもこんなファンタジックな感じのプロローグがあったことを思い出した。
始まったチュートリアルを手短に済ませ、ようやくゲーム開始だ。
一瞬暗転すると、画面の奥のほうに小さい光が見えた。光は次第に大きくなり、やがて画面全体を白で塗りつぶす。次の瞬間には緑色に変わる。
どうやら周りに木や草がたくさん生えているからのようだ。ここは森の中なのだろうか。あたりには木や草花しか見えない。
実際に首をめぐらせると、それに合わせてゲーム内の視点が動きそこに感動する。すごい! これがVRか!
そうやってフィールドを眺めていると、突然目の前に背中に羽の生えた小さな女の子が飛んできた。見た目はまんま妖精だ。
「ようやくついたわね。ここが地上かぁ。……この場所はまだ大丈夫だけどずっと北の方から邪悪な気配を感じるわ」
妖精はぼくの周りをくるくる回りながらそんなことを言う。ボイス付きで、しかも声が彼女の場所に合わせて聞こえる方向が変わるから没入感はハンパない。
この妖精はどうやらナビゲータらしく、「とりあえず、残っている三国の王様に会いに行きましょう」とか「神様ももっと近くに降ろしてくれればよかったのにね」とか「初めにどの国に向かうかはあなたに任せるわ」などと話す。ぼくの反応などお構いなしの一方的に。
そして、「次の目的が分からなくなったらメニューから私を呼んで」と説明的なセリフを言い残しどこかに消えていった。
相談も何もなく強引に方針を決められ、すこし置いてけぼり感。まぁ、ゲームなんだからしょうがない。
とりあえずストーリーを進めるべきかと思い、妖精が言う三国のうち、東にある国へ向かうことにした。そこは人間が住む国らしい。せっかくだからエルフの国とかに行ってみたかったけど、さっきの妖精の話によると三国とも人間の国らしいからどれも同じだ。
一応、初めに訪れた国によって微妙にストーリーが変化するらしいが、正直ストーリーにはあまり興味がない。
すこしの間景色を楽しみながら森を歩く。森はうっそうと生い茂り、数メートル先もまともに見えず、道と言う道もないように思えた。けれど木々の間をぬうように通っていくうちに、なんとなく一定の方向に誘導するよう木々が茂っていることに気付く。
けれどそれもすぐに終わった。森は結構小さかったのか割とすぐに開けた場所にでた。
「おお! すっげー!」
感動のあまり思わず声がでた。
そこにはどこまでも続く、見渡す限りの広大な大地。見える範囲すべてに続く青い空に白い雲がゆっくりと流れている。今いる森は少し高台にあって、遠くのほうまで良く見通せる。
眼下にある大地には草や花や木が風になびき、遠くにはうっすらとだが巨大な山がそびえたつ。目を凝らせば今の目的地である王国の巨大な城が地平線の向こうにうっすらと見えた。
そんな景色がいまぼくの目の前に広がっている。
漫画などにあるゲームの世界に入るやつみたいだと思う。実際にはコントローラを握って目の前のディスプレイを見ているだけだけど。とはいえ、疑似的にぼくはそれを体験しているのだ。VRバンザイ!
さっそく高台から広い大地に降りたぼくは、田舎から出てきた観光客みたいにあたりをきょろきょろ、きょろきょろとしながら歩く。物珍しさからどれだけ見ても飽きがこない。
やがて進む先に十数人ほど、人間やらエルフやらがいるのが見えてきた。うっすらと人の声がスピーカーを通して聞こえるところをみると、どうやら別のプレイヤーのようだ。
「なんだろ? なんかのイベントかな」
人だかりへと近づいていく。
しだいに声が鮮明になる。いろんな人のざわめきの中で男の声と、まだ若そうな女の声がやたらと大きく聞こえた。どうやらこの二人が言い合いをしているようだ。
もっと近づくと二人の姿がよく見える。声のとおり種族が人間で男のプレイヤーと、同じく人間の女のプレイヤーがいた。それにもう一人エルフの女プレイヤーがいる。人間の女の背後に隠れるように立っていた。
やはり最初に目が行くのが武器だ。男は斧を、女は片手剣を、エルフは大きな杖を持っている。
そんな斧の男が声を荒げた。
「はぁ? おまえには関係のないことだろうが。いいからそこをどけ!」
「まだなにも分からない初心者に戦いを挑むなんてマナー違反って言ってるの。そんなの見過ごせないよ」
話の内容から何となく察する。どうやら斧の男に絡まれたエルフの女を、片手剣の女がかばっているという構図のようだ。
初心者と言うのはエルフの女のことだろう。どうすればいいのか分からないといった感じで視線をキョロキョロさせ成り行きをただ見ているだけだ。
そうこうしていると言い合いから二人で対戦を行うことになっていった。
その状況にぼくは一人、目を輝かせる。ちょっと状況がアレだが、初めて見る対人戦だ。どうしてもドキドキしてしまう。
ぼくがこのゲームを注目していたのには二つの理由がある。そのうちの一つがこれ。プレイヤー同士の一対一による対戦だ。いわゆるPvPってやつ。
このSTOは見た目はファンタジーなRPGだけど、実はリアルタイムで攻撃を入力していく、まるで格闘ゲームのようなゲームシステムをしている。というか完全に格闘ゲームと同じだ。だからこのゲームのプレイヤーは格ゲーファンが多くいると聞いている。
となれば同じ格ゲーファンとして注目するのも当たり前という話しだ。
始まる二人の対戦。対戦中は他のプレイヤーに接触もしないし、攻撃が当たることもない。とはいえ他のプレイヤーは自然と距離をあける。
対戦は一方的だった。片手剣の女の方はあまり強くはないのか斧の男の大ぶりな攻撃も簡単に通してしまう。
ああ、ダメだ! そこはガードして出来た隙に……。なんていうぼくの心の声はあたりまえだが伝わることも無く、あっという間に、斧の男の勝利で終わった。
負けたほうの片手剣の女は悔しそうな顔で俯いている。
「あいつ、結構強いのになんであんな初心者にこだわるんだ?」
「あれだよ。噂の初心者狩り。ルーキーとみるや見境なく対戦を申し込んでるんだと。初心者でも勝てば一定の経験値が貰えるからな」
近くのプレイヤーがひそひそと話しているのが聞こえてきた。それでようやくこの状況が飲み込めた。初心者狩りが、本当に初心者であるエルフの女に絡み、それを止めようと片手剣の女が割って入ったのだ。
だから思わず――
「なんだ。初心者狩りなのか。カッコわるぅ」
なんて口走ってしまった。しかもそれはこの辺一帯に響き渡るほどの大きさで。