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No.012 羨望の眼差しはときに辛いもの

 心臓が飛び跳ねる程に驚いた。


 けれど、別におかしな事ではない。


 アルトラでオンライン対戦をしようとするとランダムマッチになる。ランキングとか関係なしに全プレイヤーの中からマッチするようになっていて、ランキング三位のぼくと下位のミズナが対戦していても不思議はない。


 ぼくはとっさに今まで対戦してきたプレイヤーの名前を思い出そうとしたが、すぐに意味が無いことに気がついた。もう何万回と対戦しているのに一回対戦したプレイヤーの名前を思い出せるわけがないし、そもそもミズナが同じ名前でプレイしていたとは限らない。


「めちゃくちゃすごかったよ『Exbiet』! 流れるようなコンボもすごかったし、こっちの動きを読まれてるんじゃないかってくらい攻撃が当たらないの! 一体どんな人なんだろうなー。eスポーツの選手には同じ名前の人はいなかったし」


 今あなたの目の前にいる人です。はい、ぼくがその『Exbiet』です。


 なんて、すごいすごいと連発されるなか名乗り出るのはなんだか気恥ずかしくて、ぼくは黙る。


「たぶん、勝ったときとかそんなに喜んだりしないんだろうなー。勝つのなんて慣れているだろうし。あたしなんて、勝ったら嬉しくてやったーって言っちゃうもの」


 ぼくもそうです。いつもガッツポーズしています。


 なんだかどんどん名乗りづくなってきた。ここで実はぼくがその本人です、なんて言ったら幻滅されるんじゃないかと思う。


 格闘ゲーマーにとって、自分より強い相手というのは畏怖の対象であると同時に憧れの的であるとぼくは思っている。ぼくがタツ兄へ抱く感情と同じように。


 だからこそ、ミズナが想像している『Exbiet』と、全くと言っていいほどに違うぼくの姿に失望するんじゃないかと思う。しかもミズナは初心者狩りに勝ったときにぼくを見ているのだ。勝ったらクールに、なんてありえないことはすでに証明している。


 相手の見た目と実際は違うと分かっていても――たとえそれがおっさんかもしれないとしても――こうやって尊敬してくれる相手に失望されるのは、けっこう精神にきそうだ。


 だから話題を変えることにした。


「ねぇ、ミズナは幽霊っていると思う?」


 とっさにそんな言葉が口から出ていた。考えないようにしているつもりだけど、やっぱりアリスのことを頭から完全に消し去ることは出来ないようだ。


「幽霊? うーん」


 突然の話題変更を不思議に思った様子もなく、ミズナは考えるそぶりを見せる。


「そうだなぁ。いるかどうかは分からないけど、いたら面白い、とは思うかな」


「いたら面白いー?」


「死んだ人とお話出来たりしたら面白くない? 体がないってどんな感じなんですかーってさ」


 本当にそうだったら面白いのにと、ミズナは笑う。


 ふと、楠木のことが頭に浮かんだ。なんだか、この二人は真逆のように感じる。幽霊に対する考え方もだけど、楠木は怒る事はあってもあまり笑うことはない。対してミズナは良く笑う。


 そういえば、幽霊の話しをしたときの楠木の反応は面白かった。いや、本人は本当に怖がっていたんだ。今度会ったら謝っておこう。


「ねぇどうしたの? なにか面白い事でもあった?」


 ついつい思い出し笑いをしていたのだろう、ミズナがそんなことを聞いてくる。


「いや、ちょっとね」


「ふーん?」


 そこで、ミズナが何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そうだ。幽霊と言えばこんな話知ってる? このゲームにはね、出るんだって」


 この話しの流れで出るってもしかして。


「まさか、幽霊?」


「そう、そのまさか。出るんだってさ――」


 ミズナは両手の甲をこちらに向けオバケのポーズをして、声のトーンを落とす。


「――電脳幽霊が」


 なんだそれは。


 ゲームに幽霊ってなんだよ、と思っていたら、まさか頭に電脳がついていた。これならたしかにゲームの世界にいてもおかしくはない気がする。


 それにしても、だ。


「なんだよ電脳幽霊って、非科学的な幽霊と科学のまさかの融合?」


「だってさ、いろんな人が見たって言うんだよ」


「そんなバカな。だいたい、どうやって幽霊だって見分けるのさ。ただのモンスターかそれとも普通のプレイヤーかもしれないじゃないか」


 ありえないという感じのぼくに対して、どうやらミズナは電脳幽霊の存在を信じているようだ。


 正直勘弁してほしい。こっちは本当の幽霊かもしれないものを見ているのに、ゲームの中でも幽霊なんて。


 そんなぼくの胸中なんて分かるはずもないミズナは話しを続ける。


「それがね。さっき教えたターゲットって覚えてる? このゲームってNPCにしろプレイヤーにしろ、オブジェクト以外のものにはターゲットすることができるんだけど、電脳幽霊には出来ないんだって。見た目とか完全にプレイヤーそのものなのに」


 ターゲットってたしか、他プレイヤーの情報を見れたりするあれのことだ。ミズナの話しだと、できるはずのターゲットが出来ないプレイヤーがいて、それを電脳幽霊と呼んでいるらしかった。


「……バグとかじゃなくて?」


「そうかもしれないんだけど、そうとも言えないの。不思議なことに、その電脳幽霊を見たのはこのゲームだけじゃないんだって。ほかのゲームでも見たっていう人がいるの」


 このゲームだけの話しならバグで片づけられる。けれど、他のゲームでも同じものを見たというのなら話は別だ。まだバグではないとは言いきれないけど、同じバグが全く別のゲームで発生するなんて可能性はすごく低いように思う。


「しかもね。その電脳幽霊、どのゲームでも同じ姿をしているらしいの」


「どんな?」


「青いワンピースでエプロン姿の。エプロンドレスに近いらしいんだけど、ちょうど絵本とかに出てくる女の子みたいな感じ。あと髪が金色で腰くらいまであるらしいよ」


 聞かなきゃよかったと、本気で思った。


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