No.110 それはまるで未来の技術
ぼくと白屋の視線が同時に部長へ向けられる。
先に口を開いたのはぼくだった。
「まずい、って何がまずいんですか、部長?」
部長はちらりとぼくを見て、視線を下へ向ける。そしてもう一度ぼくを見ると、
「まずは俺の考えを確定させる必要がある。その為には七海に確かめたいことがある」
「えっ。なんですか?」
「今アリスは見えているだろうか」
「見えてますよ」
「では腕時計を外してみてくれ」
「いいですけど……」
言いながら、ぼくは左手首の腕時計へと手を伸ばす。
「これを外すとどうなるんです?」
「見えなくなるはずだ。アリスが」
ぴたり、と手が止まる。腕時計に落としていた視線は部長へと行き、アリスを見て、もう一度部長へ。
アリスが見えなくなる? そんなことあるのか? そんな疑問を読み取ったのか、部長は頷いて見せた。
もう一度、視線を腕時計へと戻す。デジタル式の時計はいつも通りに時間を刻んでいる。普段なら適当なところを慎重に外していく。毎日しているからか手首には腕時計の後がくっきり残っていた。
手首から引き抜いて外し、直ぐにアリスを見る。
アリスは、いつもと同じようにふわふわと漂っている。
「どうだ?」
部長の声にぼくは首を振る。
「アリスは見えたままです」
「そうか。その距離ではまだ有効か。だったらそれを俺に渡してくれ」
聞きたいことは色々あるが、取り敢えず部長の言う通りにする。部長が差し出す腕に腕時計を渡す。部長がぼくから少し距離を取る。
直後、アリスはフッと消えてしまった。
「あ、アリス!?」
急いで辺りを見回す。夜の公園にはぼくと部長と白屋しかおらず、先ほどまでいた金髪の少女はどこにも居なくなっていた。
アリスは一体、どこに行ってしまったんだ!?
「どうなっているんですか、部長! アリス、居なくなっちゃいましたよ!」
部長は、
「そうか」
と言い、手の腕時計を目線の高さまで持ち上げる。
「ということは、俺の考えはあっていたということだ」
「アリス、どこ行っちゃたんですか? まさか消えちゃったんですか?」
「落ち着け七海。アリスは消えたわけじゃない。ただ見えなくなっただけだ。七海との通信が切断されたことによってな」
「通信が切断?」
「もう一度つけてみろ。そうすればまたアリスが見えるようになるはずだ」
部長は手にした腕時計をぼくの方へと差し出してくる。外したからと言って腕時計に変わったところは無く、今も時間を刻み続けていた。
部長の言う通りに腕時計を腕に通す。いつも通りに着け、数秒後には、アリスの姿が見えた。
「アリス!」
「あっ、樹くんいたー! もー、どこ行ってたの?」
アリスはぷぅと頬を膨らませる。その様子はいつもと変わらない。
「どこに行ってたのって、ぼくはずっとここにいたけど……」
「通信が切断されたことで、アリス側から七海を見失っていたんだろう」
「部長……。どうゆうことですか? どうしてアリスが見えなくなったんですか? この腕時計となにか関係があるんですか?」
「俺も聞きたい。それと、先ほどのまずいことになっているというのも、含めてな」
ぼくと白屋、二人からの視線を受けて部長は「そうだな」と言った。
「七海から『ディーネイク』という言葉を聞いたとき、まさかと思った」
「『ディーネイク』ですか?」
アリスが、ぼくを手助けするつもりで使ったと、そう言っていた言葉だ。なんでもそれによってチートが使えたり世界がゆっくりに見えたりする。
「『ディーネイク』とは正式名称を『Digital Neuron Interactive Communication』という」
部長は地面になにやら文字を書いていく。それはアルファベットで「DNeIC」と、そう書かれた。
「これは、端的に言うと脳の情報伝達に使用される電気信号と、機械内の電気信号とを相互に変換することで思考による機械への命令を可能にし、なおかつその逆も行える技術のことだ」
「はい?」
どこが端的なのかも分からない部長の説明。とたんにぼくの頭はハテナでいっぱいになる。けれど、白屋は「要するに」と言う。
「電気信号で命令を可能に、ということは考えるだけで機械を操作できる技術、ということか?」
その問いに部長は頷く。
「半分あたりだ。この技術は相互に信号を送り合うことが可能であり、それを目指した技術になる。つまり、機械の信号も脳へと直接送ることが出来る」
「そうすると、どうなる?」
「機械と脳とが一つになる。疑似的に、だがな」
「……そんなことが可能なのか?」
ぽかん、とぼくは二人を見る。いったいつまるところのどういうことなのだろう?
そんなぼくに気がついた部長がもう少しかみ砕いて説明してくれる。
つまり「DNeIC」とは考えたことを機械へ伝えたり、機械からの命令を脳へ直接伝えることが出来る技術とのことだ。
それで何が出来るのかと言えば、今はマウスとキーボードで操作しているパソコンをなにも使わず考えただけで操作できるようになる。そしてその結果を脳に送ることも出来る。
脳へと送られる情報はパソコンなどで作成した情報も含まれ、それを視覚、聴覚などの五感へも送ることでデータ上の風景や物を見ることができるし、触ったものの感触を知ることも出来る。
この技術を拡張すれば、SF漫画などであるようなゲームの中に入り、ゲームキャラの体をまるで自分の体を動かすように扱える。
そうやって脳と機械との境界を無くし、一つにすることを目的としたのが「DNeIC」という技術である。
世界が遅くなって見えるのも脳の処理能力を機械の処理能力へと近づけることによっておこる現象で、これにより今の人間の何倍もの速さで作業を行えるようになる。
そして、アリスは「DNeIC」の仕様を補助するAIでは無いかと部長は予測する。「DNeIC」の仕組みを知らずとも使用者が望んだ通りにそれを行使できるように、起動、調整、終了を行っている。
説明を聞き終え、白屋は呆れたようにため息をつく。
「そのような技術、聞いたことがない。今の科学技術でそんなことが出来るとはとても思えないが」
「今のは『DNeIC』の将来的なビジョンのようなものだ。今後そのようなことを可能にしていくためのな。ゲームを疑似体験できるようになるには、まだ何十年もかかるだろう」
「まだ卵みたいな技術、というわけか」
「そして、一般には知られていない開発中の技術でもある。一般に出ていないということは安全性の保障が無いということでもある。使い続ければ一体どんな副作用が出るのか分からない」
「それこそ、昏睡状態に陥るような、か」
白屋は納得したようだが、ぼくには分からないことがある。
「でも、どうやってアリスは見えてるんですか? ぼくはそんなことが出来る機械なんてつけてませんよ?」
「いや、一つだけある。七海がいつも身につけている機械が」
「まさか知らない間に脳に埋め込まれているとか、怖い事言うんじゃないでしょうね」
「そんなわけあるか」
そして部長はぼくの右手首を指さしこう言った。
「その腕時計に関係する物と言えば一つしかない。体内にある医療用ナノマシンだ」




