No.001 理不尽な略奪
本作をお読みいただきありがとうございます!!
完結まで頑張りますので二話以降もよろしくおねがします!
ぼく、七海樹は十三年の人生において最大の困難に直面している。
取り囲むように立つ二人の人物は、正座して小さく縮こまっているぼくに容赦なくするどい視線を投げかけていた。これから始まる裁判において、断固として有罪判決を下すのだと、視線が物語っている。
取り囲んでいるひとりは母さんで、もうひとりは妹の咲。
つまりこれから始まるのは家族会議とは名ばかりの、有罪判決が決まっている家族裁判だったのだ。
ぼくは唯一の頼みである父さんをちらりと見る。
父さんはどちらかというと、いつもぼくの味方をしてくれた。咲とケンカしたときだって泣いてぼくの方が悪いと主張し続ける咲と、それを真に受けて怒る母をいつもなだめ、ちゃんとぼくの主張を聞いてくれる人だった。
今回もそうならないかなと思ったが、さすがに無理らしい。
「こればっかりはなー。こればっかりは」
そう言って腕を組み唸るばかりで味方になってくれる様子はない。
「さて樹。あなたに判決を言い渡します」
母さんが見下ろしながら言う。少ない可能性にかけてぼくはおずおずと手を上げる。
「あのー。判決の前にぼくの言い分を聞いてくれたりは……」
「聞く必要がある?」
「えっと、それはまぁいちおー……」
上げた手を下げながらダメだろうなと思いながらも食い下がる。
とはいえ、さすがに今回のことはどっちが悪いのかは分かっているつもりだ。
こうなった原因は今から数分前にある。
ぼくは、いつものようにゲームをしていた。やっていたのは格闘ゲーム。ぼくは格闘ゲームが大好きで毎日プレイしている。
それで、今日もいつものようにゲームに熱中していたら、これまたいつものように悪い癖が出てしまった。
癖っていうのはなんというか、少々言動が乱暴になってしまうんだ。よく車の運転をすると性格が変わるっていう人がいるけど、あんな感じ。対戦相手への挑発は当たり前、勝てば上から目線の言葉を並べ立て、負ければ暴言を吐いてしまう。
今日は調子が悪くついでに相手も悪くて、五戦四敗の大不戦。しかも四連敗ときたものだから、暴言を吐きに吐いて吐きまくって、とうとうぼくは近くにあったゴミ箱を投げてしまった。
これがまたいい感じに投げやすいごみ箱で、入り口部分が湾曲して片手でも持ちやすいのだ。でもこれがよくなかった。
持ちやすいとはいえ、文字通り手に汗握る対戦をしたばかりの手からごみ箱はすっぽりと抜け、なんと間の悪い事にうるさいと文句を言いに来た咲にぶち当たってしまった。
ちょうど顔に当たった咲の鼻からは血がポタリと落ちる。それを見て咲は大騒ぎ。いつものように「おかあさーん! お兄ちゃんがー!」を発動した。
だから、今ぼくを見下ろしている咲の鼻の穴からは丸めたティッシュが顔をのぞかせている。ほのかに血で赤くなってはいるが、それが広がっていないところを見るともう血は止まっているらしい。
とまぁ、こんなことだから悪いのは九割くらいぼくだといっても過言ではない。けれど、こっちにだって一割分の言い分はある。
自分の部屋でゲームをしていたのだけど、あのとき咲が勝手に部屋に入ってさえ来なければ、ごみ箱はドアに当たるだけで済んでいたのだ。
ぼくはそのことを主張した。
だけど――
「それで咲も悪いということにはなりません。もとはといえば樹がゲームをやって怒るのがいけないんでしょ」
と、聞き入れてくれなかった。
「ということで樹。罰として、ゲームは当分の間没収します」
「そ、そんなぁ」
「さらに今月と来月のお小遣いは無し!」
「え! なにもそこまで!」
思っていたよりも重い罰にぼくは抗議する。しかし、どんな言葉を並べても母さんの考えは変わらなかった。
そんなぼくを見て咲はというと母さんの後ろに隠れて、なんと、
あっかんべーをしやがった!
げんこつの一発でもしたい気持ちをぐっと抑える。これ以上罪を重ねるとどんなことになるのか分からない。
とはいえ、ゲーム機を取り上げられたのは、ものすごーく痛い。
ぼくは本当にゲームが好きだ。RPGとかはあまりやらないけど、格闘ゲームなら休みの日は何時間だってプレイしていられるほど。それをもう何年も続けている。
ゲーム機は取り上げられた一台しか持っていない。一応、携帯電話でも出来るがタッチパネルでの格闘ゲームはどうにも合わない。ぼくは物理ボタンを押す方が好きだ。
格闘ゲームの面白さを知ってからと言うもの、毎日プレイしてきた。それこそ、体調が悪くても熱があっても母さんの目を盗んでやってきた。
ゲームはぼくのライフワークとなっている。生きる意味と言ってもいいほどだ。
そんなゲームを取り上げられてしまった。明日から何を希望に生きて行けばいいのだろう。
これは早めに何とかしなければならない。
◇ ◇ ◇
「――ということがありまして……」
次の日。学校の部室にぼくはいた。
授業も終わり部室に行くと、既に来ていた部長に何を話すよりも前に昨日のことが口から出た。すでにクラスの友人に散々グチった後だったけど、まだ話し足りなかったらしい。
「それは災難だったなぁ」
部長はとくに災難そうな様子は見せず、ぼくに同情の言葉を言う。しかし次の瞬間には、
「しっかし、相変わらず七海はゆかいなやつだな!」
と言って、あっはっは! と、大きな笑い声を上げた。
どういうわけか分からないけど、部長の中ではぼくは「なにかとおもしろいことをするヤツ」と思われているらしく、よくそうやって笑われる。
だからといって別に不快な思いはしない。この人――道善部長はそうゆう人なのだ。一年近くも一緒にいればさすがに慣れる。
「そんなの七海くんの方が悪いに決まってるでしょ。女の子の顔に物を投げるなんて絶対やっちゃダメ」
部長との話を勝手に聞いていたのか、楠木が口を出してくる。
楠木はクラスメイトの女子だ。特別仲がいいというわけではない。教室ではほとんど話さないし、話すのは部活の時ぐらいという、そんな間柄。
「ぼくは部長と話してたのに。趣味悪いぞ、立ち聞きなんて」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでよ。しかたがないでしょ。この部室そんな広くないんだから。どこにいても話し声なんて聞こえるに決まってるでしょ」
楠木の言う通り、ぼくらが在籍する新聞部の部室は教室の半分も無いくらいの広さで、もともと物置として使っていたものを部室として使っているのだからしょうがない。しかも部員はたった四人という少なさだから、広い部室なんて使わせてもらえるはずが無い。
そんな状態だと言うのに部長の私物によってさらに狭くなっていたりする。壁際の本棚にはパソコンやらゲームやら各種コンピュータ系の本やらで埋め尽くされている。
この学校の生徒は新聞には興味がないのか、それともこの年頃の子供にいえることなのか、二年の部員はぼくのほかには楠木だけ。三年生は部長と、先ほどから部室の真ん中に陣取ってずっとゲームをしている花屋敷先輩の合計四人。これで全部。一年生はいない。
かくいうぼくも、新聞に興味があるのかといわれると、そうではないのだが。
「そんなゲームを取り上げられたばかりで意気消沈している七海に、いいことを教えてもやろう。どうだ、知りたいか? ん?」
突然部長がそんなことを言う。
「えっと、なんだかわかりませんが、はい。知りたいです」
「もっと大きな声で!」
「はい! 知りたいです!」
「まったく七海は欲しがりだな。そこまで言うのなら教えてやろう」
「はい! ありがとうございます!」
体を九十度に曲げお辞儀をする。
正直、意味は分からない。
部長のこれはときどき発生する。とりあえず言う通りにならないと先に進まないのでこうしているのだ。
部長は自身が座っている、いかにも高そうなデスクチェアをぐるりと回し、長机に置かれているパソコンを操作し始めた。
いつも思うがこの椅子とパソコンは場違いだなと思う。気になって調べたことがあるけれど、椅子は十数万円、パソコンなんて二十数万円もする代物だった。いくら出ているか分からないが部費でなんてとても買えないだろう。となるとやっぱり部長の私物なのだろうか。
パソコンにとあるサイトが表示される。ぼくはそれ見て感嘆の声を上げた。