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騒動の中の帰還1

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 夕方になり、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢とエタ・ボビッチ子爵令嬢を見送る為に廊下を歩いている最中、エリージェ・ソードルはぼそりと呟いた。

「わたくし、手を払われたのは生まれて初めてかもしれないわ」

「本当に、本当に、申し訳ございません!」

 泣きそうな顔のエタ・ボビッチ子爵令嬢が歩きながらも必死に頭を下げている。

 エタ・ボビッチ子爵令嬢の付き添いの侍女も死にそうな顔をしながら同じく頭を下げている。

 エリージェ・ソードルと腕を組んでいるクリスティーナが「まあまあ、許してあげて」と暢気そうに言っているので、それ以上言うつもりは無いが、流石のこの女も思う所はあった。

 そんな女に対して、エタ・ボビッチ子爵令嬢は弁明する様に言う。

「申し訳ございません!

 エリージェ様!

 わたし、そのう、本を読んでいると”ちょっと”、周りの音が聞こえなくなると言いますか……」

「ちょっと?」

「え!?

 あの!?

 結構?」

「エタ、もう何も言わない方がいいわよ」

 ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が頭痛を堪えるように、顔をしかめた。


――

 つい先ほどの事である。


 執務を終えたエリージェ・ソードルは書庫に向かうと、何故か休憩用の丸机にぽつんと座っているルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢を発見した。

 視線を本棚の方に向けると、クリスティーナとエタ・ボビッチ子爵令嬢が床に座り込み、本を読みふけている。

 その令嬢にあるまじき姿勢もさることながら、上位にあたる令嬢を放置する様子に、この表情を余り変えぬ女なりに顔をしかめ、二人に近づくと声をかけた。

「二人とも、そんな所に座り込んで、はしたない!

 それに、クリス! お客様であるルーを放置しては駄目でしょう!」

 そんな声に、ビクっと体を震わせたクリスティーナが、気まずそうに顔を上げ「へへへ、ごめんなさい」と謝罪した。

 そして、読んでいた本を抱えつつ、エリージェ・ソードルの手を借りながら立ち上がった。

「ほら、エタ、あなたも」

と、視線をエタ・ボビッチ子爵令嬢に向けるも、件の令嬢は身じろぎもせずに、紙面に視線を走らせていた。

「し、失礼します!」

とエタ・ボビッチ子爵令嬢の付き添い侍女が、「お嬢様! お嬢様!」と必死に揺さぶるも、それを煩わしいと言うように身を丸くさせながら読み続けていた。

 らちがあかないと思ったエリージェ・ソードルが「ちょっと、エタ!」とその肩に手を置いたのだが、「うるさい!」と言ってパチンと払われたのであった。


 良くも悪くも注目を集める女である。


 この女がそばにいれば高貴であれ貧民であれ、この女を無視することなど出来なかった――はずだった。


 そんなエリージェ・ソードルが邪険にされたのだ。

 怒る前に呆然としてしまった。


 そんな間に、半狂乱になったエタ・ボビッチ子爵令嬢の付き添い侍女が何とか本を取り上げた。

 そして、ようやく我に返って、現状を把握したエタ・ボビッチ子爵令嬢が顔面蒼白となり、床に額を擦りつかんばかりに謝罪したのである。


――


 そんな話をしながら、玄関に向かっていると侍女長シンディ・モリタがそっと耳打ちして来た。

「お嬢様、お誕生日会にご招待してはいかがでしょうか?」

「ああ、そうね」

 エリージェ・ソードルはルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に視線を戻しながら言った。

「あなた達、もし良ければ、わたくしの誕生日会に参加しない?

 ブルクの屋敷で行われるから少々遠出になってしまうんだけど、そうね、わたくしと共に行き帰り出来るのであれば、護衛等も任せて貰えればと思うわ。

 行きはルマ家のお爺様と一緒に行くから、名高いルマ家騎士が守ってくれるし、帰りだって勿論、ソードル騎士をそれなりに付ける予定よ」

 ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は少し目を見開いた後に、思案するように視線を宙に向けた。

「わたしとしては凄く行ってみたいんだけど、遠方へとなれば家の者と相談しなくてはならないわ」

 エリージェ・ソードルは閉じた扇子を振りながら、それに応える。

「わたくしと共にであれば多分、一月近くは帰れなくなるから、無理にとは言わないわ。

 正式な招待状を出すと断りにくくなるだろうから、私的な手紙として詳細を送るわ。

 来られそうなら、教えて頂戴。

 エタ、あなたもね。

 無理する必要は無いから」

 エリージェ・ソードルがエタ・ボビッチ子爵令嬢に視線を向けると、令嬢は意を決したようにこちらを見てきた。

 そして、言う。

「エリージェ様、本邸の書庫はここのものより広いのでしょうか!

 ぞ、蔵書数は!」

 付き添いの侍女が、顔を強張らせながら袖を引っ張るも気付かないのか、気にしてないのか、エタ・ボビッチ子爵令嬢は目をキラキラさせながら女の返答を待っている。

 エリージェ・ソードルがそれに苦笑すると、横からクリスティーナが割り込んできた。

「エタちゃん!

 ブルク(向こう)の書庫はすっごいんだよ!

 本棚が天井まで積んでるみたいに置かれていて、そこに、ご本がギューギューに入っているの!

 それに取り囲まれているのは、ご本の国に迷い込んだみたいなの!」

「ふわぁ~」

 エタ・ボビッチ子爵令嬢はまるで見目麗しい王子様を見つめる令嬢のように、頬を染め、うっとりと表情を緩めた。

 そんな様子を眺めながら、エリージェ・ソードルは「この子、なんだか変わった子ね」とぼそりと呟く。

 それに、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢も少し困ったように微笑みながら「少しね」と頷いて見せた。


 もっとも、この女としては、エタ・ボビッチ子爵令嬢が変わっていようが、特に気にしない。


 エタ・ボビッチ子爵令嬢はあくまで、クリスティーナが困った時に支えるための保険に過ぎないからだ。

(なんだか、本が好きみたいだから、公爵家の所蔵する物を適当に読ませておけば、勝手に恩義を感じてくれそうね。

 あとは、何かあったらクリスティーナを守ってくれるように頼んでおけば問題ないでしょう)


 ただ読ませるだけである。


 いくら本が高価とはいえ、購入する必要があるのであればともかく、元々持っている物で済むのであればタダである。

(これぐらい、何の問題もないわね)

とエリージェ・ソードルは高をくくっていた。


 だが、それを後に、後悔することとなった。


――


 王都公爵邸玄関の広間にて、白色の鎧騎士と神官戦士がずらりと並んでいた。

 それを呆然と眺める女がいた。


 エリージェ・ソードルである。


 この女、公爵領に向かう当日、エタ・ボビッチ子爵令嬢がなにやら騎士を大量に引き連れやってきたと報告を受け、何事かと迎えに出た所、その”あり得ない”様子にこの女にしては珍しく、ポカンと口を開けてしまったのであった。

 その隣にいるルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢も上擦った声で、「え!? あ、あれ、王家近衛騎士!? あれって、光神教団の神官戦士!?」など言っている。

 流石は、と言うべきか、エリージェ・ソードルが惚けていたのも一瞬のことで、両目を一度しっかりと閉じながら少し気持ちを落ち着けると、鋭く目を開き、ずかずかとその集団の前に進む。

 そして、小さく縮みあがっているエタ・ボビッチ子爵令嬢――その後ろに並ぶ面々に言った。

「なにやら、招待していない方達が混じっているようですけど、皆様、どのような御用向きでしょうか?」

「エ、エリー!?」

 後ろから、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の焦った様な声が聞こえてきたが無視し、エリージェ・ソードルは一人一人に視線を向ける。

 その中の一人、まだ青年と言って良い年頃の男性が、黄金色の瞳で悪戯っぽく微笑んだ。


 国王オリバーの弟、ロタール・ハイセルである。


 道楽王子として有名で、隣にいる細君と共にあちらこちらを旅をして回っている変わり者だった。

 遊び回っている姿ばかりが目に付くので、エリージェ・ソードルとしては余り良い印象はなかったのだが、様々な場所を見て回っているからこそ、多種様々な知識が豊富で、特に”前回”、色々な場面で助けられた。

 そんな王族ロタール・ハイセルがエタ・ボビッチ子爵令嬢の肩に手を置きながら、片目をパチリと閉じて見せた。

「ご無沙汰してるね、エリー。

 いやなに、気にしないでくれ。

 我々は友人であるエタ嬢の、そう、付き人とでも思ってくれたまえ」

「王家近衛を引き連れて、付き人、ですか?」

 エリージェ・ソードルが少し眉を寄せると、王族ロタール・ハイセルは困ったように首を横に振った。

「違うんだよエリー、これは国王オリバー(兄上)が悪い。

 わたしは大げさになるからと断ったのに、無理矢理付けたんだ。

 これ、絶対護衛じゃなく、お目付役だよ!」

 エリージェ・ソードルが視線を向けると、王家近衛隊の隊長らしき男が苦笑する。

「殿下、何度も言いますが、わたし達はお目付役ではありません。

 いくら平気だと強弁しても、ソードル公爵代行は殿下のために護衛を用意しなくてはならないではありませんか」

「問題ない。

 わたしには魔術がある。

 自分と妻ぐらいであれば何とでも守れる」

 などと言いながら、王族ロタール・ハイセルは妻の肩を抱き寄せた。

 王族ロタール・ハイセルの妻は目を優しく細めながら、されるがままになっている。


 因みに、王族ロタール・ハイセルの妻はオールマの英雄、ヴォーレン・ジューレの末娘、ナディネ・ハイセルである。


 武芸においてはもっとも英雄ヴォーレン・ジューレの血を濃く受け継いでいると言われ、出生地では”ジューレの槍姫”の異名を持つ女性である。

 前ジューレ辺境伯が武狂いになったのは、彼女に対する劣等感によるものではないかと、囁かれていた。

 王族ロタール・ハイセルは年上の彼女を心の底から愛し、常にそばに置いていた。


 因みに、王族ロタール・ハイセルの耳には入っていない様だが、彼女は、ふらふらしてばかりいる彼の護衛騎士をかねていると周りからは見られている。


 だが、エリージェ・ソードルにとって今はどうでも良いことだった。

 肝心なことを訊ねた。

「その辺りはまあ、良いのです。

 結局の所、殿下、何をしにこられたのですか?」

 それに対して、王族ロタール・ハイセルは柔らかく表情を緩めながら答えた。

「もちろんエリー、君の誕生日を祝う為さ。

 お誕生日、おめでとう」

 普通の令嬢であれば、顔を赤めるであろう美しい紳士の笑みに、エリージェ・ソードルは幾分、さめた口調で重ねて訊ねる。

「で、本当の所はどうなのです?」

 王族ロタール・ハイセルは表情をぱっと明るくさせながら言った。

「エリー、ソードル領(君の所)の屋敷には、壁一面に本が敷き詰められた部屋があるそうじゃないか!

 知らなかった!

 いやぁ~迂闊!

 迂闊だったよ!

 そうだよなぁ、歴史あるソードル家であれば、所有する蔵書もそれぐらいにはなるかぁ!

 是非見たい!

 見せて欲しい!」

「はぁ」とエリージェ・ソードルが引き気味に答えると、中年ぐらいの女性が口を挟んできた。

「エリージェ様、お人が悪いですわ。

 なぜ、そのことを教えてくれなかったのかしら?

 わたしが本をこよなく愛してることぐらい、ご存じでしょうに!」

 エリージェ・ソードルは嫌そうに視線をそちらに向けた。

 そして、目をギラつかせる白色の祭服を着た女性に嘆息混じりに言った。

「わたくし……。

 あなたが本好きだと、初めて知りましたわ、ハネローレ大司祭」

 ハネローレ・シュナイダー大司祭はオールマ王国が邪獣に襲われた時に神使レムを呼び出したとされる聖女の末裔で、その発言には代々の国王ですら耳を傾けざる得ないほどの影響力があった。

 もっとも、シュナイダー一族は代々余り表に出ることを好まず、ハネローレ・シュナイダー大司祭も儀式の時ぐらいしかエリージェ・ソードルの前に現れる事はなかったのだが……。

 そんな、聖人が女の顔にぶつかりそうな勢いで詰め寄り、まくし立てる。

「まぁ~、知り合った人の好みはきちんと把握すべきですわよ、エリージェ様!

 因みに、あなたが実はお砂糖を使った甘さより、果物などの甘酸っぱい甘味を好んでいることを、わたし、把握してますのよ!」

 正しい。

 正しいのだが……。

「そのようなこと、どうでも良いです……」

 エリージェ・ソードルは頭痛を堪えるように、眉間に皺を寄せた。


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