子供達の園遊会1
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エリージェ・ソードルは大人達との社交を一通り終えると、城内にある室内の会場に足を運んだ。
そこは、普段であれば国王主催の夜会などを行っている場所で、広く、華美で有りながらも上品な場所であった。
そんな中を、幼い令息と令嬢が小さな体を礼装に包み、澄ました顔をしながら談笑する様子は、何というかお金をかけたママゴトの様に見えて、エリージェ・ソードルは苦笑した。
当然、この凡庸たる女は、自身も似たようなものだという事に思いつきもしない。
何となく、生温かい心地になりながらも、奥に歩みを進めようとした。
その時、突然甲高い声が耳に入ってきた。
視線を向けると、煌びやかな衣装をパンパンに膨張させた令嬢が、何やら小柄な子息に絡んでいた。
リリー・ペルリンガー伯爵令嬢であった。
『オールマのまん丸な花』の異名を持つ彼女は、困った顔でオロオロする子息に対して意味の無いことをくっちゃべっては「キャハハ!」とか笑っていた。
エリージェ・ソードルは嫌そうに少し顔をしかめると、視線をそれから外した。
そこに、令嬢達の集団が近寄って来るのが見えた。
エリージェ・ソードルはその先頭に立つ、黄金色の髪を巻髪にした少女に気付く。
「あら、カルリーヌ、久しぶりね」
巻毛の少女――カルリーヌ・トレー伯爵令嬢は最上級の礼をしながら、それに応える。
「ご無沙汰しております、エリージェ様。
お忙しくされていると聞き、少し心配しておりましたが、お元気そうで安心いたしました」
カルリーヌ・トレー伯爵令嬢の後ろにいる三十人ほどの令嬢達も、深々と頭を下げながら「ごきげんよう、エリージェ様」と声を揃えて挨拶を行った。
「ええ、元気にしているわ。
カルリーヌ、あなたも息災そうで何よりね」
そこで、エリージェ・ソードルは皆に頭を上げさせる。
カルリーヌ・トレー伯爵令嬢の勝ち気そうな満面の笑みに、エリージェ・ソードルは懐かしげに目を少し細めた。
少女時代のカルリーヌ・トレー伯爵令嬢は、気の強そうな顔が似合う少女だった。
そんな彼女も学院に入学する頃には、落ち着きと知性のある華麗な貴族令嬢に変わっていくのであった。
エリージェ・ソードルの学院入学前から交流のある唯一の令嬢であり、それを抜きにしても、彼女とは非常に馬が合った。
友人――とは違うのかもしれないが、それでも、同年代でもっとも信用が出来る少女であったことは間違いない所であった。
「エリージェ様、別室に美味しいお菓子を沢山用意しております。
もしよろしければ、ご一緒して頂けませんでしょうか?」
トレー伯爵家は領地が海に面していることもあり、代々交易に力を入れている家である。
交易都市ブルクを擁するソードル家までは行かないまでも、その海運力は侮りがたく、五大伯爵に名を連ねていた。
当代のトレー伯爵もなかなかの野心家で、オールマ王国全体に影響力を得ようと、方々に積極的に顔をつないでいった。
なので、こういう社交の場には外国の珍しい食べ物を持ち込んでいるのは有名で、それを目当てに伯爵の周りをうろちょろするみっともない輩もいたりした。
この女とて興味があった。
もちろん、食べたいとかそんな理由ではなく、”前回”起きた飢饉のことがあったからだ。
丸芋の代りに甘芋を用意はしている。
だが、更にもう一品ぐらい何かないかと探している所なのだ。
一応、先ほどトレー伯爵に話を聞いてはいたが……。
娘の方からも何か聞き出せないかと思ったのだ。
因みに、”前回”の飢饉の折に、トレー伯爵は大量の食料を王家に献上して勲章を得ていたが、残念ながらその食料が公爵家に来ることが無かった。
公爵領以上に、不作の酷い土地が沢山あったからだ。
「そうね……」
とエリージェ・ソードルは閉じた扇子を口元に当てて少し考える。
カルリーヌ・トレー伯爵令嬢は女にとって、非常に気の合う相手であったものの、”今日”に関していえばは少々問題もあった。
このカルリーヌ・トレー伯爵令嬢はガチガチの貴族主義者なのである。
その姿勢は徹底されていて、取り巻きに関しても序列をきちんと設けて、それを守らない者に対しては、容赦なく叱責を飛ばした。
”前回”の学院でこのような事があった。
昼食が終わり、中庭で皆とお茶を楽しんでいる時に、エリージェ・ソードルはふと、遠くで小鳥が鳴く声を聞いた。
その時、この女は非常に珍しい事だが、『何という鳥かしら』と何とはなしに漏らした。
そこに、末席にいた少女が嬉しそうに声を上げた。
『エリージェ様、あれはコマドリです。
顔とか胸とかが赤橙色の可愛い鳥ですよ』
その時のエリージェ・ソードルは『ふ~ん』程度で聞き流した。
だが後日、その末席の少女が酷く叱られていたと幼なじみオーメスト・リーヴスリーから聞かされた。
何でも、エリージェ・ソードルに直接話をするには、家格が足りなすぎるとのことだった。
今回の場合は先ず、分かっていてもすぐに答えず、相応しい人間が思い出すのを待つべきであるという。
そして、もしも誰からも声が上がらなかった場合は、相応しい人間に、例えばカルリーヌ・トレー伯爵令嬢に対して、
『カルリーヌ様、ひょっとしてコマドリじゃないでしょうか?』
と話を持って行くべきだったとのことだった。
『令嬢は面倒くさいな』と幼なじみオーメスト・リーヴスリーは苦笑交じりに教えてくれた。
確かに、家格を常に意識するのは必要だとは思う。
ただ、このエリージェ・ソードルをして、そこまでするの? と小首を捻ったものだ。
もっともこの女は最高位の存在、しかも公爵代理である。
有り体に言えば、誰も彼もが格下、しかもたかだか令嬢なので、『誰でも良いから!』って気持ちになるだけなのだが……。
ただまあ、カルリーヌ・トレー伯爵令嬢の言い分も分からないでもないので、そこに口出しをすることは無かった。
口出しすることは無いのだが……。
「ごめんなさいね、カルリーヌ。
今日は少々、都合が悪いの。
また誘って頂戴」
そんなエリージェ・ソードルの答えに、意外だったのかカルリーヌ・トレー伯爵令嬢は少し目を見開く。
ただ、それも一瞬のことで、すぐに和やかに微笑んだ。
「それは残念です。
またの機会には是非ともお願いします」
頭を下げるカルリーヌ・トレー伯爵令嬢に対して、この女らしからぬ事にもう一度、「ごめんなさいね」と扇子を振って見せた。
視線を別に向けると、壁際に目当ての”もの”を発見する。
エリージェ・ソードルはそれに向かいズンズン歩みを進めると、カルリーヌ・トレー伯爵令嬢とは別の令嬢の集団が近付いてくるのが見えた。
「……」
エリージェ・ソードルが、この表情を余り変えぬこの女が、露骨に顔をしかめた。
その令嬢達はカルリーヌ・トレー伯爵令嬢達よりも多い、百人ほどの一団で、その先頭には白金色の長い髪を複雑に編み込んだ少女が、ニヤけ面をしたままこちらに向かって歩いてきた。
イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢である。
件の令嬢はエリージェ・ソードルの前に立つと、丁寧に頭を下げる。
他の令嬢もそれに倣う。
ただ、イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢の権威にかさを着てるのか、カルリーヌ・トレー伯爵令嬢の取り巻きとは違い、何処と無く不遜な空気が見て取れた。
エリージェ・ソードルとしては無視をする、もしくは全員纏めてなぎ払いたい者達だったが、流石のこの女もシエルフォース家に対してそこまでは出来ない。
不本意ながらも、イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢の正面にむき直り、言葉をかけた。
「シエルフォース令嬢、久しぶりね」
「はい、ご無沙汰してますわ、エリージェ様」
とイェニファー・シエルフォース侯爵令嬢が頭を上げると、後ろに控えた令嬢達までもが”勝手に”頭を上げる。
エリージェ・ソードルが少し目を険しくさせるも、気付いていないのか、その振りなのか、イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢は扇子を口元に当てながら言葉を続ける。
「あと、エリージェ様、わたくしの事はイェニファーもしくは愛称であるイェンとお呼びくださいと言ってますのに」
「わたくし、あなたとはそんな仲では無いと思うんだけど?」
「あら?
エリージェ様、わたくし、エリージェ様なら仲良くして”差し上げても”良いと思っているのよ?」
「結構」
にべもないエリージェ・ソードルの返答に、ヘルムート・シエルフォース侯爵は目を見開き「まぁ?」と驚いて”見せ”た。
「つれないお言葉、エリージェ様って本当、お父様にそっくり」
「はあ?」
余りにも心外な言葉に、エリージェ・ソードルは眉をひそめた。
ツボに入ったのか、イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢は扇子で口元を隠しながらも、「ふふふ、そういう所もそっくり!」などとやっている。
「もういい!」
とエリージェ・ソードルはイェニファー・シエルフォース侯爵令嬢の横をすり抜け様とする。
そこに、件の令嬢達が立っていたので「邪魔」と一睨みをすると彼女たちは「ひっ!」と声を漏らしながら脇に避ける。
そのど真ん中をエリージェ・ソードルは足取り荒く歩いて行った。
そこに、赤毛の令息が近寄ってきた。
幼なじみオーメスト・リーヴスリーだ。
柔らかな笑みを浮かべた彼はイェニファー・シエルフォース侯爵令嬢らに一瞥を投げた。
令嬢達はそれに華やいだ声を上げた。
エリージェ・ソードルは少し気になり、そちらを肩越しに振り返ってみると、イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢が何やら楽しそうな笑顔で、こちらに向かって手を振っていた。
エリージェ・ソードルはうんざりした気持ちを隠しきれぬまま前に向き直ると、幼なじみオーメスト・リーヴスリーが左肘を曲げて見せた。
「ちょっと、オーメ」
とエリージェ・ソードルはますますげんなりした。
だが、一つ溜息をつくと、幼なじみの腕に右手を添えた。
「わたくし、”こういうの”は嫌いなの。
あなただって知っているでしょう?」
エリージェ・ソードルの苦言に、幼なじみオーメスト・リーヴスリーはにやりと笑いつつ、先導する。
「知ってはいるけど仕方がないだろう?
社交場で男が女に付き添わなかったら、野暮ったいって言われるんだぜ」
オールマ王国では、夜会などの社交の場では女性が一人でぶらぶら歩く事は、余り良いとされていない。
生理現象等、どうしようも無い場合は当然その限りでは無いが、入場時も、食事の場所に移る時も、他のご令嬢の元に移る時も、男性に付き添って貰うのが良いとされていた。
そして男性側は女性が何処かに移動したそうにしているのを見れば、仮に見ず知らずであっても付き添いを申し出るのが礼儀とされていた。
相手が若くても、年輩であっても、下位貴族であっても、上位貴族であっても、当然、美醜にかかわらずだ。
それが自然と出来て初めて、一人前の紳士だ、などという者もいた。
とはいえだ。
「それは”大人”の社交では、でしょうに。
あと、厳密にいえば夜会での決まり事であって、園遊会では当てはまらないと思うんだけど?」
とエリージェ・ソードルが視線を鋭くさせるが、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは何処吹く風で「まあまあ」とエリージェ・ソードルの自分の腕に置かれた手を優しく叩いた。
「実はエリーと話がしたいって奴がいてさ。
会ってやってくれよ」
「はあ?
まあ良いけど」
因みにだが、現在のこの二人、とても注目されていた。
見目麗しい令息と令嬢が連れ立って歩く姿には、子供特有のぎこちなさが無い。
その姿は本か歌劇の一場面のようで、うっとりと見入ってしまっていた。
婚約者がいる者や異性の幼なじみがいる者などは、自分も同じように歩きたいと探し始めた。
だが、そんなことになっていることなど全く気付かないエリージェ・ソードルは幼なじみオーメスト・リーヴスリーに対して、
「もう、朝に押しかけてくるのは止めて頂戴ね」
と念を押すのであった。




