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王家主催の園遊会3

 一通り話をした後、エリージェ・ソードル達はその場を辞した。

 国王オリバーは最後になってようやく、父ルーベ・ソードルに対して声を掛けた。

(きょう)らもご苦労」とにこやかな表情ながらも、非常に冷めた声色であった。

 だが、それにも気づけないのか、父ルーベ・ソードルは「エリーがいるから、今日は一言で済んだ」とか嬉しそうだった。

 そして、仕事は済んだとばかりに取り巻き連中の方に足早に去って行った。

 義母ミザラ・ソードルも晴れ晴れとした顔付きで別の方に向かっていく。

 エリージェ・ソードルがそれをひんやりした目で見送っていると、巨大な誰かが近寄ってくる気配を感じた。

 視線を向けると、ザーダール・リヴスリー大将軍がジルフィア・リヴスリー伯爵夫人を伴いこちらに向かってくるのが見えた。

 ザーダール・リヴスリー大将軍は白髪、白髭で、老齢と言って良い年齢にも関わらず、その巨体は力強く盛り上がっている。

 また、その紅色の瞳は鋭く輝き、エリージェ・ソードルを見下ろしてきた。

 ただのご令嬢であれば、それだけで意識を手放しかねない凄みがあった。


 とはいえ、エリージェ・ソードルである。


 気軽な感じに声を掛けた。

「ああ、リヴスリーのお爺様、ジルフィア様、ご無沙汰しております」

 ザーダール・リヴスリー大将軍は白髭に埋もれた口元を弛めながら、頷く。

「ああ、エリー、息災そうで何より」

「お久しぶりにございます」とジルフィア・リヴスリー伯爵夫人が丁寧に礼をするので、エミーリア・ルマ侯爵夫人の時と同様、速やかに立たせる。


 ザーダール・リヴスリー大将軍が少し済まなそうに眉を寄せる。


「エリー、ダレ子爵(ダレ)の愚か者が、マガド領で随分迷惑をかけたみたいで、済まなかったな。

 ダレ子爵(あれ)はダレ子爵領から出さないように厳命しておいたから、もう迷惑をかけることは無いだろうが……。

 もし、何かあったらまた教えてくれ」

 エリージェ・ソードルはダレと聞いて、小首を捻りそうになったが、マガド領と聞き、思い出す。


 マガド領で暴れていた木っ端貴族の事である。


 エリージェ・ソードルは閉じた扇子を軽く振りながら答える。

「お爺様に謝って頂く事でもございません。

 ただ、今度何かをして来たら……」

 エリージェ・ソードルは扇子で自分のうなじ辺りを叩きながら続ける。

「落としてしまっても構いませんよね?」

 それに対して、ザーダール・リヴスリー大将軍は「もちろんだ」と大きく頷いた。

「それはさておき、お爺様。

 ソードル騎士団の顧問、考えてくださりましたか」

「う、うむ……。

 それの件か」

 エリージェ・ソードルの(げん)に、ザーダール・リヴスリー大将軍は珍しく言いよどむ。


 ここ最近、この女はザーダール・リヴスリー大将軍にソードル軍の顧問を引き受けて貰えないかと打診をしていた。


「エリー、手紙にも書いたが、まだまだわしも大将軍として頼られる身、なかなかな、な」

「でも、お爺様、お爺様は国軍法で定められた定年を過ぎていらっしゃるではありませんか?

 いくら頼られているからと言って、後進を甘やかせるのはどうかと思いますけど?

 誰かに振ってしまって、何かがあったら補助をする、それぐらいがよろしいかと」

「う、うむ……」


 国軍法の中では、将軍職は例外を除き、六十を超えれば後任に譲るよう定められていた。


 これは、もしもの時に、老齢の将軍だと持病などで動けなくなっている可能性があったので、それを防ぐ意味合いがあった。

 なので、七十を過ぎたザーダール・リヴスリー大将軍はとうの昔に引退していなければならないのであったが……。


 このザーダール・リヴスリー大将軍は居座っていた。


 ザーダール・リヴスリー大将軍に言わせれば、『自身より若輩な者などに、まだまだ後れを取らないわぁ!』と言った所である。

 しかも、実際その通りだったので始末に悪い状態であった。

 さらには、数十年前にオールマ王国を窮地から救った大英雄に対して、話を切り出せる人物がいなかったこともある。

 法務大臣であるマテウス・ルマが幾度か試みたのだが、この一角(ひとかど)以上の傑物(けつぶつ)に対してすら「小僧!」と言い放つ豪傑に手を焼いていた。


 同じく大英雄たるヴォーレン・ジューレ元辺境伯が存命であれば言えたかもしれないが……。


 かの英雄は既にこの世にいない。

 大将軍の息子で、リヴスリー伯爵代行なら平然と言ってしまうだろうが……。

 刃傷沙汰になること必至なので、国王オリバーから強く止められていた。


 そんな面倒臭い老将に唯一引退を勧めることが出来る人物がいた。


 エリージェ・ソードルである。


 この女は国王オリバーに、偉大なる大人物であるザーダール・リヴスリー大将軍が国軍法のために引退”せざる”得ないと聞かされていた。

 ”今回”は防いだとはいえ、反乱の件で公爵騎士団に対し不安に思う部分があったので、これは渡りに船とばかりに、引退後は公爵領に来て貰おうと説得し始めたのだ。

 あれだけの人物、どこからでも引き合いがあるだろうと確信していたので、余所に持って行かれる前にと、その熱はかなり熱くなっている。


 もっとも、ザーダール・リヴスリー大将軍が引退したとして、その力を借りようと思う者がいるかどうかには、正直疑問が残った。


 確かにザーダール・リヴスリー大将軍は大英雄で、武術、戦術、戦略などを使いこなす名将であった。

 だがその分、癖が強く、雇おうなどと思うのは、この女ぐらいなのだが……。

 分かっていないエリージェ・ソードルはかなり前のめり気味になっていて、辞める気などさらさら無いザーダール・リヴスリー大将軍を大変困らせていた。


 普通の相手――それこそ、相手が令嬢であっても、一喝で黙らせるのがザーダール・リヴスリー大将軍である。


 だが、エリージェ・ソードルという娘の事は大いに気に入っている。

 容姿が整っていて、真面目で、よく働く――まさにリヴスリー家男子の好みに合致していることもそうだが、何より一途な所を気に入っていた。

 国のため、公爵家のため、使用人のため、領民のため……。

 それらのために、幼いと言っても良い年齢でありながら真剣に働いている。


 その姿勢が純粋に美しいと思った。


 だから、けして薄くない血縁者であるレギーナ・ダレ子爵夫人よりも、この娘を愛していた。

 なので、エリージェ・ソードルの真剣な願いを無下には出来ない。

 だが、大将軍も辞めたくない。

 この豪傑は頭を抱えるのであった。


 エリージェ・ソードルは煮え切らないザーダール・リヴスリー大将軍を見て、少し矛先を変える。

「お爺様、公爵領にいて頂く間はカープルの公爵家別邸に滞在して頂いても構いません。

 常時はゆっくり湯を楽しみ、時々、騎士団へのご指導をお願いできればと」


 カープルとは公爵領の中心都市ブルクから少し離れた村のことで、オールマ王国屈指の温泉街である。


 その湯の効能として、怪我や肩こり、腰痛や膝の痛みを緩和するものがあったが、なによりもその場所を有名にしているのが、美肌を保てるというものだった。

 だからだろう、静かに話を聞いていたジルフィア・リヴスリー伯爵夫人が「エリージェさん、詳しく」と目をギラつかせた。

 ジルフィア・リヴスリー伯爵夫人は六十(初老)を超えたばかりのご夫人で、ピンと伸びた背筋に、およそ老婦人とは思えない鷹のような鋭い目付きをしていた。

 頭も切れ、ザーダール・リヴスリー大将軍が戦場を駆け回っていた時代のリヴスリー伯爵領は彼女によって支えられていたともっぱらの評判だった。

 そんなご夫人に睨むように見つめられてると、普通のご令嬢であれば縮みあがっただろう……が、まあ、そこはエリージェ・ソードルである。

「もちろんです!」と、よくぞ聞いてくださいましたとばかりに熱弁を振るい始めた。


 カープルにある三つの別邸のうち、もっとも良いものを貸し出すこと。

 湯の功能もさることながら、各種設備も充実していること。

 山の幸が豊富で、食べ物も美味しいこと。

 近場に演習場があるので、何だったらそこで指導をして貰っても良いこと。


など、身振り手振り話した。

 雄弁――とは余り呼べないそれであったが、愛想が無いとはいえ、幼いご令嬢が一生懸命にやっているそれに、リヴスリー伯爵夫妻は元より周りにいる貴族達も和やかな心地になった。

 だが、そんな温かな視線を向けられている事にも気付かず、エリージェ・ソードルは更に続ける。

「お爺様、大将軍の地位を他に譲ることがまだまだ不安のようでしたら、取りあえず一~二ヶ月ほど休暇を取られるのは如何(いかが)でしょうか?

 その間、カープルで時々、うちの騎士達を見て頂ければと思います」

「う、うむ、いやそうだな……」

「あなた、良いではありませんか?

 ここまでずっと走り続けてきたのですもの、少しぐらい休んでも罰は当たらないと思いますよ」

「う~ん、そうだな。

 一~二ヶ月ぐらいなら……な」

 腕を組み、眉を寄せるザーダール・リヴスリー大将軍の返答に、エリージェ・ソードルは大いに満足したのだった。

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