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欲しい物

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 視界に、中年の女と入れ替わるように黒髪の傭兵が近寄ってくるのが見えた。


 傭兵と言っても、身綺麗な水色の鎧姿で、騎士と言っても違和感が無い男だった。

 ただ、マントには仕える家名は無く、ただ無地の灰色であることから、多くの者が彼を雇われ兵士だと認識するだろう。

 その傭兵は柔らかく微笑みながら女の前に立つと、膝を付き、頭を垂れた。

「晴天の隼団団長、ザーロモン、出発の準備が整いました事をご報告します」

「分かったわ」と言いながら、エリージェ・ソードルは立つように指示を出す。

 ”晴天の隼団”は最上級の傭兵団で、高い戦闘能力は勿論、傭兵団にしては規律正しく、さらに言うなら、団長のザーロモンが平民でありながら柔らかな笑みが美しい美丈夫であることから、貴族の間でも人気がある部隊であった。


 特に、貴族のご令嬢やご婦人達の間では『団長は他国の王族では?』などとまことしやかに噂されていた。


 もっとも、エリージェ・ソードルとしては、団長の容姿など興味はなかった。

 ただ、粗暴さが無く、実力が確かなので”前回”は特に重宝した。


 一時期は、公爵騎士として登用しようとしたほどだ。


 残念ながら断られたが、一番信頼できる傭兵団なのは間違いないところだった。

 なので、他国への移動が伴うので、騎士が使えない今回、最初に彼らに依頼したのだった。


「ザーロモン、頼んだわよ。

 確実に届けて頂戴ね。

 無事届けることが出来たら、報酬とは別に報奨金の用意もさせるから。

 本当に頼んだわよ」

 黒髪の傭兵、ザーロモンは柔らかく微笑みながら、「お任せ下さい」と大きく頷いた。

 そして、少し考え込むと、再度、片膝を付いた。

「公爵代行様、報奨金も大変ありがたいのですが、もし宜しければ別の褒美が頂けると嬉しいです」

「何かしら?」

「許されるのであれば、団員まとめて公爵家に仕官したいと思います」

「仕官?」

 エリージェ・ソードルは軽く目を見張る。

 そこに、女騎士ジェシー・レーマーが割ってはいる。

「ザーロモン殿、重要な依頼を盾に仕官を願い出るのは、少々、公爵家を見くびり過ぎではないか?」

 その言に、傭兵ザーロモンは慌てて謝罪する。

「いえ、滅相もございません!

 ご不快に感じられたのであれば、申し訳ございません!」

「……不要よ。

 でも、少し驚いているわ。

 あなた達、自由に飛び回るのが好きだからの隼団じゃなかったの?」


 ”前回”、断られた理由で訊ねてみると、傭兵ザーロモンは苦笑する。


「良くご存じですね、お嬢様。

 団の結成時はそういう思いもありました。

 ただ、なんと言いますか……。

 わたし達も年を取り、妻や子を持つ者も増えまして、出来れば保証された場所に行きたいという意見が増えてきました」

 こう見えても、三十半ばだという傭兵ザーロモンにエリージェ・ソードルは少し驚いた。


 その年齢が本当であれば、美丈夫というには年を取りすぎていることとなる。


 エリージェ・ソードルは少し探るように訊ねる。

「騎士にしても、兵にしても、わたくし、場合によっては『死ね』と言わなくてはならないのよ?」

「それでも、お嬢様は平民を軽んじることもなく登用されていると聞きます。

 それに、公爵家に仕えていれば、もしもの時も手当が出ると聞いております。

 傭兵をするよりは安心して戦うことは出来ます」

「……なるほどね。

 いいでしょう。

 もし、今回の護衛任務が成功したら、前向きに検討するわ」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに微笑む傭兵ザーロモンにエリージェ・ソードルは念を押す。

「とにかく、今は護衛の仕事に専念して頂戴。

 頼んだわよ!」

「畏まりました」

 傭兵ザーロモンは一礼をすると立ち上がり、その場を辞した。

 傭兵ザーロモンが団員に指示を出しているのを、エリージェ・ソードルが少し複雑な表情で眺めていると、それに勘違いをしたのか、ルマ家騎士レネ・フートが声をかけてきた。

「お嬢様、気に入らなかったら戻ってきた後、撤回すれば宜しいのでは?

 傭兵(彼ら)とて、それぐらいの分別ぐらいついているでしょうし」

 それに対して、エリージェ・ソードルは畳んだ扇子を振って否定する。

「そうじゃないのよ、レネ。

 ザーロモンの仕官はむしろ渡りに船なのよ。

 ただ、なんというか……。

 本当に必要な時には、必要なものは手に入らない、そう実感しているだけよ」


 ただ、それも仕方がなかった。


 ”前回”の公爵領は反乱、暴動、飢饉などでがたがたに疲弊していた。

 安定した場所を求めた傭兵ザーロモンは、そんな状況下の公爵家に仕えようとはとても思えなかったのだ。


 だが、”今回”は違う。


 反乱は防がれた。

 幼すぎる主は不安要素であるものの、逆に評価さえ得れば大貴族の組織の中核に食い込む好機でもあった。


 だから、傭兵ザーロモンは仕官したのだ。


 ルマ家騎士レネ・フートはニッコリ微笑んだ。

領主()に立つというのは、色々考えなくてはならなくてなかなか大変そうですねぇ。

 そういうのを見ると、一兵卒である我が身の幸せが実感できます」

「あら?

 あなたは副隊長だから一兵卒ではないでしょう?」

「いやいや、役が付いているだけで、やってることは今も昔も変わらないですよ」

切り込み隊長(そう)だったわね」

 そこまで言うと、エリージェ・ソードルはチラリとルマ家騎士レネ・フートを見上げながら言った。

「……でも、そんなこと言ってて良いのかしら?

 ひょっとすると、そういう領主(役回り)をしなくてはならなくなるかもよ?」

 ルマ家騎士レネ・フートは快活に笑う。

「まあ、若い頃はそんな夢想をしたこともありますが、お嬢様、平民であるわたしにそのようなことはあり得ませんよ」

「あら?

 わたくしだって、公爵代行をする羽目になるなんて、考えもしなかったわ」

 その返答に、ルマ家騎士レネ・フートはもちろんの事、話が聞こえてしまった他の騎士も苦笑する。

「まあ、確かにその通りかもしれませんが……。

 でもお嬢様、お嬢様の場合、天職に見えますが」

 ルマ家騎士レネ・フートの言葉に、この女にしては珍しく目を丸くした。

 そして、扇子で口元を押さえながら愉快そうに笑った。

「フフフ、何言ってるのレネ。

 わたくしなんて、優秀な皆の進言をそのままオウム返しの様に指示を出してるだけよ。

 もしそのように見えるのであれば、レネ、あなたはわたくしの態度の大きさに騙されているだけよ」

「……はあ?」

 この言に、ルマ家騎士レネ・フートも女騎士ジェシー・レーマーも、馬車に戻り損ねた侍女ミーナ・ウォールもぽかんとする。


 確かに、老執事ジン・モリタや家令マサジ・モリタなど優秀な人材はいた。


 だが、エリージェ式の考案から、役に立たない父親の代わりに王都や公爵領での執務……。

 ばかりか、反乱を速やかに制圧したり、優秀な者の発掘や適所への配置など……。

 それらをたった十歳の令嬢が行ったのだ。


 役割上すぐ側で見てきた者達にとって、その自己評価はとても飲み込めるものではなかった。


 だが、エリージェ・ソードルはそんな周りの困惑にも気づかず話を続ける。

「そうね。

 上に立つ者として天職と呼べる方は、わたくしが見た限りだと、当代の国王陛下、マテウス・ルマ(お爺様)、ルマ家の長兄様、三兄様といらっしゃるけど……。

 なんといっても、ルードリッヒ殿下ね。

 あの方ほど、聡く、慈愛に満ちた方はいらっしゃらないわよ」

 ルードリッヒ殿下とは、女の婚約者である第一王子ルードリッヒ・ハイセルの事である。


 周りの空気が呆れとも、微笑ましいとも取れるものと変わる。


 ルマ家騎士レネ・フートが少しからかうように言う。

「お嬢様、結局お嬢様は婚約者自慢がしたいだけじゃないですか」

「何か問題でも?」

「問題ありませんが、少々胸焼けがしますねぇ」

「それは悪かったわね。

 さ、屋敷に戻るわよ」

 女騎士ジェシー・レーマーに手を取られながら馬車に乗り込んだエリージェ・ソードルは少し考える。


 第一王子ルードリッヒ・ハイセルが治めるこの国のことだ。


 この女は自分とは違い、才気有り、そして、慈悲深い彼のことを信じていた。


 必ず、素晴らしい国王になり、自分たちを導いてくれる。


 そう、欠片も疑っていなかった。


 そして、婚約者として将来、その側にいることを許された己の幸せを噛みしめた。


 だが、同時に気も引き締めた。


 それまでに、弟マヌエル・ソードルに問題なく引き継げるように公爵領を強く豊かにしなくてはならない。


 そう、思ったからだ。


 だから今は……。

(会いたい)という思いを飲み込んだ。


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