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とある平民達のお話4

※凄惨な暴行シーンや性描写が含まれます。ご注意ください。

 ザンドラは宣誓書を書かされると服を着替えさせられた。


 ザンドラの父は”普通”の平民とは言い難い人物ではあったが、ザンドラ自身は平民の娘として生きてきた。

 むしろ、ザンドラの父の仕事を手伝う関係上、堅い格好でいることが多かった。

 なので、真っ赤な生地に手足を晒す前提で作られたその服を渡された時は自然と涙がこぼれた。


 しかも、着替えを男達が見ている中でさせられた。


 屈強な男達に取り囲まれている中、時に嘲笑を受け、時に小突かれて、時に罵声を浴びせかけられる最中させられたのである。

 恥辱と恐怖とで頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。

 すでに、逃げることなど考える余地もなかった。


 ただただ、消えて無くなりたい。

 それだけを願った。


 着替えが終わったザンドラは首輪を付けられ、そこから延びた鎖をチンピラ風の男に引かれて地上に戻った。

 まるで奴隷のような扱いだが、ザンドラをしてそこまで頭が回らなかった。

 暴れる鼓動を必死で押さえなければ、様々な感情で頭がどうかしそうだった。

(そうだ、娼婦だって多くの女性がしている職業なのよね……)

(金貨五百枚稼げれば……)

(数年我慢すれば……)

 ブルク屈指の才女と呼ばれたザンドラが、そんな程度のことしか考えられない、哀れな娘になっていた。

 そんな程度の希望にすがるしかない、儚い娘になっていた。


 だが、そんな淡い希望すら掻き消えてしまうほどの絶望を見てしまう。


 それは音として忍び寄ってきた。


 地上部分は地下とは違い、それなりの商人の屋敷といった内装だった。

 ザンドラは二階の長い廊下を歩かされていた。

 等間隔に扉が有り、その中のいくつかで”色”を売っているのか、様々な音が聞こえてきた。

(え?)

 ザンドラは性行為の経験はない。

 だが、男女の情事を偶然だが見たことはある。

 その時の、男女の声や寝台が軋む音なども、多少だが覚えていた。

 だが今、ザンドラの耳が捕らえているような音は無かった気がした。


 それは何かが鈍くぶつかるような音だった。


 繰り返し何度も、それが聞こえてくる。

 そして、時々嘔吐するような声が混ざっている。

 ザンドラは息を一つ飲む。

 言いしれぬ不安から、体温がすーっと抜けるのを感じた。

「何……これ?」

 その声を聞きつけたのか、鎖を持つチンピラ風の男がニヤリと笑った。

 そして、いくつかの扉を眺めると、「来い!」とザンドラが繋がれた鎖を引いた。

 チンピラ風の男が一つの扉の前にザンドラを引っ張ると、軽く叩き、少し開けた。

 不機嫌そうな男の声が聞こえてくるも、「新人に見学させて貰えませんかねぇ」と言うと、なにやら上機嫌な声になり返ってきた。


 開かれた扉の中、その部屋の有様にザンドラは言葉を失った。


 元は客室として作られていたのか、中央奥に寝台が置かれ、その上に裸の男女がいた。

 寝台の本来、枕がある場所に磔用の木が斜めになるように置かれ、女は横木に両手を縛られていた状態で寝かされていた。

 そして、女の両足は寝台の脇から延びる木工によってそれぞれ縛られていて、あられもなく開かれていた。

 そんな女の股に男は加虐的な笑い声をあげながら、腰をバンバンと押し込んでいた。


 いや、それだけならまだ良かった。

 だが、それだけではなかった。


 女の涙で濡れた頬が赤黒く腫れていたのだ。

 その瞳は視界が定まらないのか宙をさまよい、端から血や涎を流した口は半開きのままだった。

 露わになった胸も、そして、腹部も青あざが広がっていた。


 そこに男の拳が食い込む。


「ひっ!」ザンドラが悲鳴を上げると、それが悦に入ったようで、その中年の大男は何度も何度も拳を捻り込む。

 磔にされた女はそのたびにビクッ、ビクッっと震え、口から赤みの混じった胃酸を吐き出した。

 その中年の男はケラケラ笑いながら、今度は顔を手のひらで叩く。

 一回、二回、三回と。

 そのたびに女の顔がガクンガクンと反れる。


 あまりの凄惨さに、ザンドラは口を手で押さえながら後ずさり、廊下の壁に背をぶつけた。

 そして、ズルズルと腰を落とした。


 チンピラ風の男は部屋の中に何事かを言うと、扉を閉めた。

 それでも、聞こえる音にザンドラは震えが止まらなかった。

 口元を押さえていた手に涙が狂ったようにこぼれ落ちる。

 そんな様子に、チンピラ風の男は満足げに、ザンドラが繋がれた鎖を引っ張った。

「どうだ、先輩の働きっぷりはよぉ~

 お前もああなるんだぜぇ~」

「こ、こんなの、娼館法で、き禁止され……」

「へ~お前、本当に頭がいいんだなぁ」


 オールマ王国では売春などの色を売る行為は認められてはいるものの、その方法については”娼館法”という法律で厳しく制限されていた。


 特に、娼婦の扱いについては厳密に決められていて、殴る蹴る首を絞めるなどの傷や命に関わる暴力はもとより、髪を引っ張るなどの娼婦に過度の痛みを与える行為は禁止されていた。


 しかし、なのだ。


「だから何だ?

 ここじゃあ、”それ”が売りなんだよ」


 正規の娼館で有ればともかく、裏に隠れた娼館では守られないこともあった。


「ほれ、さっさと立て」

 チンピラ風の男が鎖をさらに引き上げ、苦痛に顔を歪ませたザンドラを無理矢理立たせた。

「へへへ、大丈夫だ。

 殴られ続けてると、痛みも愛撫に変わるってよ。

 まあ、その頃になると、その賢い頭も馬鹿になってるかも知れないけどな」

「ひぃ、ひぃ!」

 恐怖と絶望で声にならないザンドラは、チンピラ風の男に引きずられるように先へと連れて行かれた。


 部屋の一室に連れ込まれたザンドラは、先ほどの女と同じように磔にされた。


 自分の白い足が大きく広げられているのを視界に入れ、恥辱と恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

 壊れたゼンマイ人形のように「助けて助けて助けて」と頭を何度も振っていた。

 そこへ、チンピラ風の男の代わりに誰かが入ってくるのが見えた。

「あなたは……」とザンドラは目を大きく見開いた。


 それは、嫌らしく笑うフォークト男爵だった。


 フォークト男爵は「ひひひ」と笑いながら寝台に乗ると、まるでザンドラの股からスリ入るように覆い被さってきた。

 ザンドラが「嫌! 嫌!」と首を振るも、フォークト男爵のぶくぶくと腫れぼったい両手でその顔は固定された。

 そして、その頬を伝う涙を舐め取るように、フォークト男爵の舌がスーッと撫でた。


 ザンドラは嫌悪のため肌が粟立ち、吐き気が腹部から沸き上がった。


 興奮のためか、犬のように荒い呼吸のまま、フォークト男爵は言う。

「ザンドラ……ああ、ザンドラ。

 わ、わたしはねぇ、君には感謝、してるんだよ。

 ひひひ、君が妾を断ってくれたことにより、わたしに、新しい可能性を、ねえ」

 フォークト男爵はザンドラの足に指を這わせ、それを股に置いた。

 そして、「止めて! 止めて!」と嫌がるザンドラの顔を愛おしそうに眺めながら、その下着の中にそれを潜らせた。

「やぁぁぁ!」と首を何度も振るザンドラに、フォークト男爵はさらに続ける。

「妾にすると、ほら、生活の面倒を見る義務なんかも発生するじゃないか?

 でも君は、それを断ることで、僕に一つ、僕が知らなかった道を示してくれたんだよ。

 こんな、養う金が発生するどころか、貰える上に――」

 フォークト男爵はザンドラの股を弄んでいた手を抜く。


 そして、それでザンドラの頬を平手打ちにした。


 乾いた音と共に、ザンドラに衝撃が抜ける。

 一回、二回、三回と。

「あ、あ、」視界がぐらりと歪む。

 フォークト男爵が囁く声が聞こえる。

「こんな風に、殴りながら犯せるなんて、ね。

 君の綺麗な顔がどんな風に歪んでいくのか、楽しみだなぁ~」

「あ、あ……。

 い、いやぁぁぁ!」

 ザンドラの絶叫とフォークト男爵の狂笑(きょうしょう)が部屋中を満たした。


 その時である。


 破壊音と共に、大きな何かが部屋に飛び込んできた。

 ザンドラが思わず視線を向けると、そこには先ほどのチンピラ風の男が血だらけになってもがいていた。

 片目は腫れ上がり、歯が何本か砕けているようで口から薄赤色の唾液がこぼれ落ち、右手の指も何本かあり得ない方向に曲がっていた。


 そんな男がドアの方に必死で首を振りながら懇願し始めた。


「ぼうやべでぇ~!

 ぼう殴らだいでぇ~!」

 すると、一人の騎士が中に入ってきた。


 茶色の髪の女性だった。


 若く、ザンドラより少し上ぐらいだろうか。

 十分美しいと形容できるだろう顔形をしていたが、怒りのために目をつり上げたそれは、恐怖を感じさせるに十分だった。


 突然、足下から小さく悲鳴が上がった。


 ザンドラが視線を向けると、フォークト男爵がガクガクと震えていた。

 そして、しゃがみ込んだのか、ザンドラの視界から消えた。

「やべでぇぇぇ!」

 男の悲鳴に視線を向けると、チンピラ風の男の胸ぐらをつかみ持ち上げる女騎士が「この屑がぁ!」と怒鳴りながら拳を振るう姿が見えた。


 振り下ろされる度に血が飛び散り、憎むべき相手の悲惨な様子にも関わらず、ザンドラは目を瞑り、顔を背けた。


 しばらく鈍い音が続いたが、男の声が聞こえなくなった頃、どさりと絨毯の上に重い物が落ちる音が聞こえた。


 そして、こちらに近づいてくる気配を感じる。


 ザンドラは目を恐る恐る開けると、「違う違うぅぅぅ!」と首を振りながら女騎士に胸ぐらを掴まれ、寝台の下から引きずりだされるフォークト男爵の姿が見えた。

「はぁあ?

 何が違うのぉ?」

と女騎士はフォークト男爵を突き放すように部屋の中央に座らせると、傲然とした顔で見下ろした。

「ちち違う!

 わたしは騙されげふっ!」

 フォークト男爵の顔面に女騎士の足がめり込む。

「なぁ~にぃ~がぁ~騙されただぁぁぁ、このゴミ貴族がぁぁぁ!」

 女騎士はさらにフォークト男爵をめったやたらと踏みつけた。

 そこに、慌てた感じで若い騎士が二人、入ってきた。

「ちょ!

 何やってるんですか!?」

「止めてください!

 お嬢様が詰問する前に話せなくなりじゃないですか!」

「ふん!」

 女騎士は説得が通じたのか、うずくまるフォークト男爵を足で押し、転がすと、

「連れて行きなさい!」

と指示を出した。

 二人の騎士がやれやれと言った感じでフォークト男爵を立たせ連れて行こうとした時、ふと、ザンドラに気づき固まる。

 その視線には嫌らしい物が含まれていてザンドラは羞恥で死んでしまいたくなったが、女騎士が二人の顔面を手のひらで叩き、「さっさと行け!」と押し出してくれた。

 女騎士は男達が出て行くと、「大丈夫?」とザンドラに近づき、(いまし)めを解いてくれた。

「ありがとう……ござい、ました」

 ザンドラは安心すると、また涙が溢れてきた。

 女騎士はそんなザンドラを優しく抱きしめてくれた。

 頭に温かい手が置かれ優しく撫でられる。

「よく頑張ったわね」という声に、ザンドラは声を上げて泣いてしまった。


 しばらくして、女騎士の早くここから出ましょうという声に顔を上げた。


 女騎士の優しい微笑みに釣られ、ザンドラも「はい」と微笑み返した。

 女騎士は辺りを見渡しながら言った。

「その格好は流石に恥ずかしいわね。

 敷布(しきふ)でも羽織る?

 それとも、マントを貸そうか?」


 ザンドラはその二つを断った。


 敷布はこんな場所にある物など、正直気持ち悪くて羽織る気になれなかった。

 また、騎士のマントは仕える家紋が大きく描かれていて、たかだか平民が使うには余りにも重すぎた。

 だから、下の階にあるだろう自分の服が手にはいるまで我慢すると答えたのだった。

「そうそう、名乗ってなかったわね。

 わたしの名はジェシー・レーマー。

 あなたの名は?」

とジェシー・レーマーと名乗った女騎士が訊ねてくるので、ザンドラは素直に答えた。

「三番地のザンドラと申します」

「了解」と女騎士ジェシー・レーマーはなにやら嬉しそうに頷いた。


――


 女騎士ジェシー・レーマーに支えられながら、ザンドラは玄関広間まで降りた。

 そこで、思わず「ひっ!?」と声を漏らしてしまった。


 手前の端に半裸の男が二十人ほど座らされていた。


 そのほとんどが暴行を受けたのか顔面が腫れ上がっていた。

 どうやら、客のようで先ほど娼婦に暴力を振るっていた男もいた。

 その男は近くにいた騎士に不安そうに「お、俺、ただの娼館と聞いて……」などと言い訳をしていたが、小突かれて黙らされていた。


 広間の中央はもっと悲惨な状況になっていた。


 服を着ているので娼館の従業員だろうか、その中の幾人かはザンドラを攫った男が交ざっていた。

 そんな男達は手足があらぬ方向に曲がり、中には白目を剝いて痙攣していた。


 そして、玄関口近くでは男が現在もなお暴行を受けていた。


 先ほど連れて行かれたフォークト男爵であった。


 フォークト男爵は長髪の騎士に顔面を踏まれていた。

「ひぃひぃ」と漏らす、ぶくぶく膨らんでいた顔は赤黒く変色し、絨毯と騎士の足で潰されそうになっていた。


 その側にガクガクと震える男が、指示を待つ犬のように座っていた。


 顔面が崩壊寸前までに腫れ上がっていて一見すると誰か分からなかったが、足の跡と血で汚れたその制服と黒い髪とで気づいた。


 法務組合で男達に荷担した職員だった。


 先ほどの淡々とした様子はかけらも残っていなかった。

 その腫れた頬や顎を、涙と鼻水でぬらしながら俯いていた。


 長髪の騎士はフォークト男爵に、怒声を浴びせる。

「おいおい、ふざけてるのかお前!?

 お前みたいな屑のために、お嬢様はこんな場所まで足を運ばれたんだぞ!

 ああぁ!?」

「ぼうじわげございまぜん!

 ごろざないでぇぇぇ!」

 長髪の騎士の足がその顔をさらに踏みにじる。

 あと少しで本当に顔面が潰れ、脳髄が零れ出そうな勢いだった。

 すると、側にいたご令嬢が「レネ、それぐらいで良いわよ」と止めた。


 そのご令嬢は驚くほど美しい少女であった。


 十二、三ぐらいだろうか?

 黄金色の長い髪は柔らかく波打ちながら腰まで流れていた。

 白く小さな顔はフレコの巨匠が掘り出した天使のように神秘的に美しく、その瞳は父と知己だった商人に一度見せて貰った黒真珠の様に艶やかな光を宿していた。


 もし微笑みを向けたならば、どんな男でも籠絡しそうなほどのご令嬢だった。


 とはいえだ。

 残念ながらそのご令嬢、冷淡な態度でフォークト男爵を見下ろす。

 そして、言った。

「”それ”は魔石鉱山で働かせるから、殺しちゃだめよ」

 その言に、フォークト男爵が悲鳴を上げる。


 魔石鉱山で働く者は、主に三種類に分けられる。


 一つ目は専門技能を持つ坑夫、二つ目は高い賃金を求めた一般坑夫、三つ目は犯罪者坑夫だ。


 三つ目は俗にカナリヤ衆とも呼ばれている。


 もっとも危険な場所を掘らされて、時に危険が無いか確認するために派遣される。

 そんな者達のことだ。

 何代か前のソードル公爵が、カナリアを深く愛する人物で、”心優しい”彼は地下に籠もる毒霧の調査のために小さな命が失われている事に心を痛め、代わりにと始まった慣習だと伝えられている。

「おま、お待ちくださいお嬢様!」

 フォークト男爵は必死に懇願する。

「そこまでの……。

 そこまでの事をわたしがしたというのでしょうか!?」

「あらあなた」

とご令嬢は眉を強く寄せ、フォークト男爵を睨みつけながら続ける。

「わたくしにあなたの罪を数えさせようというの?

 ずいぶん剛胆ね」

「ひぃ!?

 いえ、そんな、わたしは代々ソードル家をぐぇ!?」

 フォークト男爵の言葉は長髪の騎士の腹部に対する蹴りで途切れる。

 まん丸の体はそのまま二回、三回と転がる。

 そして、壁にぶつかると胃液をごぼりと吐き出し、せき込んだ。

 そんなフォークト男爵にご令嬢は幾分穏やかな口調で言った。

「分かっているわ、安心なさい。

 フォークト家代々の忠義に免じて、あなたの妻子、妾達はこちらで面倒を見るから」

 そこまで言うと、腰につけている小さな鞄から、万年筆と小さな下敷き、切りそろえられた紙を取り出した。

 そして、下敷きを当てながら紙に何やら書き込む。

 ご令嬢は騎士の一人にそれを渡すと「連れて行きなさい」と指示を出した。

 騎士に引きずられるフォークト男爵は「待ってください! わたし”を”助けてぇぇぇ!」とかなんとか叫んでいたが、誰も特に何の反応も示すことはなかった。


 そこに「あ、あのう……」と法務組合の職員が恐る恐る訊ねる。


「わたしはどうなるので……」

「ああ、無駄に怖がらせてしまったわね。

 安心なさい」

とご令嬢は再度、万年筆を走らせながら淡々と言う。

「あなたはあそこの従業員同様、斬首だから」

「えっ!?

 あの……」

「連れて行きなさい」

 紙を受け取った騎士は法務組合の男も引きずって行く。

 その男も「嫌だぁ~嫌だぁ~」と足をばたばたとさせていたが、屈強な騎士達は特に何の障害にもなり得ないようで、さっさと外に連れ出していった。

 そこへ、ザンドラと少し離れた所で止まっていた、女騎士ジェシー・レーマーがご令嬢に向かって一歩進む。

「お嬢様、お探しのザンドラを連れて参りました」

 お探し? とザンドラが思わず女騎士ジェシー・レーマーに視線を向け、そして、恐る恐るご令嬢に向き直る。

 そのご令嬢は何故か少し眉を寄せたが、すぐに表情を戻すと視線を女騎士ジェシー・レーマーに向けた。

「ありがとう。

 あとジェシー、どうやら奥に男性を極度に怖がる子がいるらしいの。

 悪いんだけど、あなたが連れだしてきて貰えないかしら」

 女騎士ジェシー・レーマーは「畏まりました」と丁寧に敬礼する。


 ご令嬢はそれに続ける。


「外で待機しているドル先生まで連れてって貰えればよいから、よろしくね」

「はっ!」と女騎士ジェシー・レーマーは返事をすると、ザンドラの肩を笑顔で軽く叩き、一人の騎士に先導され退出する。

「さて、ザンドラ」とご令嬢はザンドラに視線を向ける。

 そして、奥を指さして言った。

「あそこにあなたの持ち物はあるかしら?」

「え?」

 そこでようやく、玄関広間の一角に、さまざまな物が床に並べられているのに気づいた。

 宝石や装飾、精巧な彫り物がされた杖など高価な物から、武具や鞭、はたまた用途不明の棒や拷問具まで並べられていた。

 ザンドラは視線を巡らせるとある物が目に留まる。


 父から託された、あの鍵だ。


 肌身離さず持っていたそれが、先ほどまでザンドラが着ていた服の上に置かれていた。

 ザンドラはそこに駆け寄ると、膝を突き、それを抱えるように持ち上げた。


 目から溢れ出る物のために、視界がグニャと歪んだ。


 手放してはいけないもの、でも、もう戻らないと半ば諦めていたもの。

 それが戻り、堪えられなくなったのだ。


 その時である。


 ご令嬢の冷淡な声が後ろから聞こえてきた。

「じゃ、連れてって」

「……え?」

 困惑するザンドラは、騎士に両腕を拘束された。

 そして、凄まじい力で外へと連れて行かれた。


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