ロードオブ仲間探し 1
僕とマリーシアは、王都トリアーニを目指すことになった。
なんだかんだいって、人も物も都会に集まる。
もちろん情報も。
それなりの規模とはいえ、エゼルよりトリアーニの方が魔王の情報も仲間の情報も集めやすいのは道理だ。
ちなみに距離としては、七日ほどかかる。
当然のように旅費だのなんだのかかるわけだが、ライカルが資金面での援助を申し出てくれた。
それだけ聞くとものすごい篤志家っぽい。
けど、ライカルにも計算がある。
勇者のスポンサー、という地位を得るためだ。
僕たちが行く先々で宣伝するわけじゃないよ。
ただ、ライカルが僕たちの後見として、勇者が泊まった屋敷とか戦った場所とかを広めてゆくだけだ。
出会った場所とかもね。
こういうネームバリューが大事なのである。
「それではエイリアスさま。こちらの書簡をお渡しください」
「わかりました。たしかにお預かりします」
ライカルに手渡された手紙は、王都で商売をしている彼の友人に宛てたものだ。
僕たちのことをよろしくと書いてあるらしい。
きっと力になってくれるだろう。
「それにしてもお二人とも、見違えられましたな」
「そうですかね」
眩げなライカルに、僕は照れ笑いを浮かべた。
彼の援助は装備品にまで及んだのだ。
僕は美々しい胸甲に、膝丈のブーツ。絹織りのマントを羽織っている。
出会ったときの平服姿とは大違いだ。
マリーシアもほとんど変わらない格好だが、額にサークレットが輝く。
魔法の品物で、魔力を増幅させる効果があるらしい。
もちろん、ものすごく高価なものだ。
こういうのを、ぽんとくれちゃうのである。
マリーシアには。
僕はマジックアイテムなんか、なんにもないのに。
この格差社会よ。
「いやいや。エイリアスが魔力を増幅させてどうすんだよ。魔法使えるわけでもねえのに」
とは、プレゼントの格差にぶちぶち言ってた僕を慰めたマリーシアの言葉である。
ささくれ立った僕の心は、一ミリグラムも慰められなかった。
で、その日はまたとっくみあいのケンカをしたわけだ。
エゼルの街に滞在した四日間で、僕とマリーシアは都合十七回のとっくみあいをしている。
最初は止めにはいってた街の人も、門兵も、なんかなまあたたかく見守るようになってしまった。
あ、そういえば、門兵のジグマ隊長からも謝礼をもらった。
幾ばくかの金銭とメダルである。
ライカルに比べればしょぼいけど、これは仕方がない。
富豪ってわけじゃないからね。
ただ商人にはできないタイプの謝礼ではあった。
つまり名誉っていう方面である。
メダルに記載された肩書きは、エゼルの従士。
ようするに、この街を守る兵の一人だよっていう証明書だ。
これは公的な身分だから、どこに行っても通じる。
根無し草の傭兵ではなくなったわけだ。
大変にありがたいけど、帰る場所ができてしまったのは、ちょっとだけ困る。
魔王を倒した後、戻ってきたくなっちゃうからね。
勝てるつもりでいるのかって言われそうだけど、負けるつもりで戦うバカはいない。
その程度のものである。
魔王を倒さなくては日本に帰れないのだから、やるしかないのだ。
「それではライカルさん。いってきます」
「いってくるぜー」
「お気をつけて。志を果たされんことを、心より祈っております」
お世話になった商人と握手して、門兵たちに手を振りながら、僕たちはエゼルをあとにする。
はるか西の、王都を目指して。
「で、最初の宿場にたどり着くまで、三回もモンスターと遭遇したわけだ。やべえんじゃねえの? これ」
ベッドに腰掛けたマリーシアが、足をぶらぶらさせながら腕を組む。
「たしかにね。ワンダリングモンスターだとしても多すぎる」
対面に腰掛けた僕が頷いた。
同室である。
どう考えても間違いなんか起きるわけがないので。
部屋を二つ取るのだってお金がかかるのだ。
ちなみにワンダリングモンスターってのは、TRPGの用語である。
この部屋にいる、とか居場所が決まっていない敵で、たいていの場合はダイスを振って一が出たら遭遇とか、そういう扱いだ。
その例でいうと一日……つまり日中八時間くらいの移動で、僕たちは三回も一を出したって計算になる。
さすがに運が悪すぎだ。
「むしろ、街道を歩いてるだけで遭遇ダイスが三回以上もあるって方が問題だべや。クソシナリオだぜ」
げらげらと笑うマリーシア。
まったくだ。
TRPGの戦闘は、たとえばコンピュータRPGなんかに比べたらずっと時間がかかるし、処理も面倒なのである。
だから、ほいほいとは発生させない。
戦闘ばっかりシナリオなんか作ったら、そりゃクソシナリオって言われても仕方ない。
そして、現実の戦闘だったらもっと悪い。
僕たちは、この世界ではかなり強い方だ。
職業的な兵士よりも強いんだからね。
だから、街道に現れたコボルドやジャイアントアント程度に苦戦はしないけど、普通の旅人や行商人はそうじゃない。
こんなに頻繁にモンスターが出たら、おちおち旅もできないだろう。
つまりそれは、経済が滞るってことを意味している。
流通が不全ってことだから。
もちろん現代の日本みたいに大量輸送をしているわけじゃなくて、ほとんどの街では必要な物資は周辺から調達してる。
地産地消だ。
でも、それだけでは経済は発展しないのだ。
「でかい街ならともかく、小さい村とかだと行商人が生命線ってとこもあるだろうしな」
「だね。これも魔王復活の影響なのかな」
「そう考えるのが普通だべ? もっとも魔王にしてみりゃあ、なんでも俺のせいかよって嘆いてるかもだけどな」
くだらないことをいって、ベッドから立ちあがる。
飯にいくべ、と。
僕は肩をすくめてみせた。
魔王のせいだろうと、そうでなかろうと、僕たちにできることはない。
見かけたモンスターを殺す、くらいのことしか。
「起きろ。エイリアス」
ゆさゆさとマリーシアが僕の身体を揺らす。
寝入りばなに起こされるのはきついが、僕の身体はすぐに覚醒する。
このあたりはさすが戦士の肉体である。
変事に即応できるようにできているのだ。
「どした?」
「やばいことになった」
月明かりが差し込む部屋の中、相棒の顔はかなり切迫している。
まさか刺客に囲まれているとか?
周囲の気配を探る。
そっち系の技能はマリーシアよりも劣るけど、僕だってひとかどの戦士だ。
近くに敵意があれば気付く。
「……なにもないじゃないか?」
「敵じゃねえよ」
「だったらなにさ」
「緊急事態だ」
よっと身を起こした。
どうにも彼女の様子が尋常じゃない。
「生理になった」
「は?」
投げかけられた言葉に面食らう。
いまなんつった?
「やべえぞエイリアス。生理だ。どうすりゃいいんだ? これ」
途方に暮れたような顔のマリーシアだ。
どうすればっていわれても、僕にだってどうしたら良いのかわかんないよ!
オッサンだものっ!
なったことないものっ!
「おおおおちついて、マリーシア。深呼吸だ」
「ひっひっふー ひっひっふー」
「それは絶対違うっ!」
ラマーズ呼吸法である。
なにを産むつもりなのか。
「お前も娘いたべや。どーしたんだよ?」
「どうしたっていわれても……」
正直に言おう。性教育に関しては妻に任せっきりだった。
そして妻だって、僕にはなにも教えてくれない。
「ナプキンを当てるってのは判るんだよ。俺にも。でもそんなもん売ってないだろ。この世界」
「だよね……」
どうする。
宿の人に訊くか? たしか女将さんがいた。
なにか道具とか持ってるかもしれない。
「相談してみるしかないかも」
「だな。一緒に来い。エイリアス」
「なんで僕までっ!?」
「俺ひとりだら訊きづらいべや」
いやいや。
いやいやいやいや。
僕が一緒に行った方が、はるかに訊きづらいんじゃないか?
「いいからこい。俺だけ恥を掻いてたまるか」
渋る僕の腕をむんずと掴むマリーシア。
待って待って。
君はべつに恥でもなんでもないじゃないか。
自然の摂理なんだから。
僕は、相棒の生理に興味津々な戦士ってレッテルを貼られるんだぞ。
変態戦士って呼ばれたらどうするんだよ。
押し問答をする僕たち。
「うぐあダメだ……腹がいてぇ……」
へなへな、と、マリーシアがうずくまってしまう。
「うおいっ 大丈夫なのかよっ」
慌てた僕は少女を抱え、従業員の部屋へと駈けだした。
「はじめてお姫様抱っこした相手がお前さんだなんて……」
「その台詞そっくりそのまま返してやるぜ……」
互いに滂沱の涙を流しながら。