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スタートオブ異世界生活 8


 破壊された門をくぐり街に入る。

 耳が痛くなるほどの歓声が僕たちを包んだ。


 町の人たちである。

 手に手に包丁だの鍋の蓋だのをもっているところをみると、観戦にきたのではないだろう。


 門兵が敗北してしまったら、戦うつもりだったのだ。

 そりゃそうだ。

 民衆は無力で逃げまどうだけ、なんて描かれ方をしている作品は多いけど、人間はそこまで弱くない。


 ここは彼らの街だもの。

 住処だもの。

 必死に守るさ。


 とはいえ、もちろん戦いたいわけじゃない。

 だから勝利をおさめた門兵と、それを助けた僕たちに歓声を送るのだろう。

 手に持った武器を打ち鳴らして。


「どーもどーも!」


 愛想良く手を振り上げているマリーシア。

 調子の良いやつだなあ。

 疲れてるんじゃなかったのかよ。


「ご活躍でしたな。エイリアスさま。マリーシアさま」


 歩み寄ってきたのはライカルである。

 パーティーを抜け出してきたのか?


「ライカルさん。すみません。お借りした服を汚してしまいました」

「なにを言っているのですか。みな待っておりますぞ。英雄の凱旋を!」


 でかい声で言って僕の腕をとり、振り上げさせる。

 にやにや笑いながら寄ってきたマリーシアの腕も。


「皆の衆! 英雄エイリアスさまとマリーシアさまですぞ!!」


 街の人々に聞こえるように。


 やりやがったなこのおっさん。

 一気に人心を掌握しやがった。


 街の救世主の庇護者(ひごしゃ)としての地位を確立させようって腹だろう。

 まさに機を見るに敏。

 夜が明けたら、ライカルの商会には客が押し寄せるだろう。


 僕たちは体の良い宣伝用のアイドルといったところだ。

 あるいは客寄せパンダとかね。


「乗ってやるよ。ライカル。そんかわり報酬ははずめよ?」

「さすがマリーシアさま。一本取られました」


 小声でタヌキ親父とタヌキ美少女が話している。

 まあ後者の中身はオッサンだから、タヌキ親父同士、話が合うのだろう。

 苦笑を浮かべる僕だった。






 屋敷に戻り、血と汗を洗い流して、パーティーで談笑と飲み食いをして、ぐっすりと眠り、目を醒ましたのは太陽が沖天にかかろうって時刻である。

 使用人たちも起こさないでいてくれたらしい。


 気遣いはありがたいが、ちょっと気まずくもある。

 なにしろエイリアスは十八歳だ。

 いい若いもんが昼近くまでぐーすか寝てるとか、さすがにね。


「お? ようやく起きやがったか?」


 もぞもぞと着替えていると、無遠慮に扉を開けたマリーシアが入ってきた。

 つーか着替えてんだからさ。

 遠慮しろよ。


「おーおー 見事なシックスパック。もとのお前からは想像もつかねーな」


 げらげら笑ってる。

 かなりの線で同意見だけど、それをいうならお前さんもだろうが。


 頭も薄くなったオッサンが、ナイスバディの美少女だよ?

 僕よりずっと性質(たち)が悪い。


「ナニも相当なもんだしな」

「ありがたい話さ」

「つーか、俺の姿を見て平常モードに戻っていくってのは、なんか女として負けた気分だぜ」


 草原を吹き抜ける風のように爽やかに、僕のシンボル氏はおとなしくなってゆく。


 もう昼が近いけど寝起きだからね。

 こればっかりは仕方ない。

 生理現象だ。


 鎮めてくれたマリーシアに感謝というものだろう。


「中身はオッサンだろ」

「オマエモナー」


 まったくである。


「で、なにかようだったのかい?」

「ライカルが話をしたいってよ。今後のことについて」

「……やっぱりそうなるよね」

「目立ったからな」


 肩をすくめるマリーシア。

 一応、僕たちは街を救った英雄ということになる。

 ライカルは囲い込もうとするだろう。


 傭兵だからね。

 雇用すること自体は妙でも珍でもない。

 おそらくはそれなりの条件を提示してくるんじゃないかな。


 けど、それを受けるわけにはいかない。

 僕たちには魔王を倒して身体を取り戻し、日本に帰るという目的があるからだ。


「女房子供のいない世界で、悠々自適にスローライフって選択肢もあるけどな」


 昨今の異世界転移系ファンタジーライトノベルなどでは定番のネタだ。


 わりと帰らないのである。

 元の世界に。


 ちょっと首をかしげてしまう。

 というのも、僕たちの世代だと帰るために頑張るってのが定番だから。

 レイ○ース、ワ○ル、グラ○ゾート。みんな使命を果たして本来いるべき場所に帰るのである。


 最近は帰らない。

 まあ、異世界で守りたいものができてしまうから、というのが一番の理由だろう。

 けっして、帰っても良いことなんかなにひとつないから、などという逃避ではないと信じたい。


「で、こっちで奥さんを作り、子供ができて、尻に敷かれる生活を送る、と」

「夢も希望もねーな。エイリアス」

「現実なんてそんなもんでしょ」

「ちげぇねえや」


 肩をすくめ合う。

 あっちもこっちも世知辛いのである。


 馬鹿話をしながら食堂へと向かう。

 昨日のパーティー会場ではなく、家族(ファミリー)が使うものらしい。

 といっても、十人は座れるようなテーブルがどんと置いてある広い部屋だけどね。


 さすが金持ち。

 こんな家に婿養子に入ったら、それはそれで苦労しそうだ。


 ちなみに、ここでライカルが待っているわけではない。

 恥ずかしながら、お腹がすいたのだ。

 腹が減ったのだ。


 この身体、性能はものすごく良いんだけど、燃費が良くないのである。

 なにか食わせてもらえないかと思って、食堂に足を運んでみた。

 会談中に、ぐうと鳴ったりしたら恥ずかしいからね。


「あら? エイリアスさま」


 食堂には昼食の準備している使用人たちがいた。

 恰幅の良いメイド長がにっこりと笑ってくれる。


「もうすぐ準備が整いますので、少しだけお待ち下さいね」


 などと言いながら、椅子を引いてくれた。

 マリーシアと並んで腰掛ける。


「……死にそう」

「耐えろや。なんでそんな絶望に満ちた表情をしてやがんだ。一食抜いたくらいで死にゃあしねえよ」





 さて、無事に昼食も終わり、なんとか生き延びた僕は、マリーシアとともにライカルの私室に招かれていた。


「相変わらず良い食べっぷりでしたな。エイリアスさま」

「お恥ずかしい。どうにも腹が減って」

「そのお体ですからね。無理もないでしょう」


 笑うライカル。

 僕の食事量は、彼のざっと三倍だ。

 食い過ぎである。


 にもかかわらず、食べようと思えばまだ入るのだ。

 自分でもびっくりしてしまう。


「むしろマリーシアさまの方に、娘などは嘆いておりましたよ。あれだけ食べ物がどこに消えるのかと」


 じっさいマリーシアも、僕ほどではないけどよく食べる。


「俺は動いてるからな。食った分動けば、余分な脂肪なんざつかねーさ」


 立派な台詞だ。

 ぜひ日本にいた頃のきみに聞かせたいね。

 健康診断のたびに、要精密検査の項目が二つや三つはあった君自身に。


「それでお二方、今後のことなのですが」


 ひとしきり笑い合ったあと、ライカルが本題に入る。


 予想通り、このままエゼルの街に残り、商会専属の護衛にならないか、という勧誘だった。

 提示された条件も、破格といっていいものである。


 けど、僕たちは頷くことはできない。

 目的があるからだ。


「ライカルさんは、魔王を知っていますか?」


 僕が水を向ける。


「復活した、と、もっぱらの噂ですな。最近の魔物の凶暴化も、そのせいだと」


 頷くライカル。

 OK。

 知っているみたいだね。それなら話はしやすい。


「噂ではなく事実です。僕たちは魔王を倒すため、仲間を集める旅をしています」

「なんと……」

「俺たちを含めた五人が、魔王を倒すための勇者なんだそーだ。バカみてーな話だが、俺もこいつも同じ啓示を受けちまったからな」


 驚くライカルに、マリーシアがたたみかけた。


 嘘ではない。

 事実でもないけど。

 人数も合ってるし目的も合ってるし、白い人が出した地球に帰る条件も、ものすごく広く解釈すれば啓示ってことで良いだろう。


「ライカルさんの申し出は非常に名誉なことなんですが、僕たちには使命があるんです」


 僕は申し訳なさそうな表情で頭をさげた。

 じっさい、厚意はありがたいしね。

 断るのは申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよ。


「……判りました。おふたりにそんな大望(たいもう)があったとは、このライカル感服いたしました」

「大望ってほどじゃ……」

「私どもが全力でバックアップいたします」


 僕の言葉を遮って、どんと胸を叩く。


 あー このオッサン。

 なんか商売の種を見つけやがったな。



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