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スタートオブ異世界生活 6


 夜になった。

 そして酒宴がはじまった。


 屋敷のホールみたいな場所である。

 商人だからね。取引先を招いてパーティーとかをやる機会も多いんだろう。

 使用人たちの接客も手慣れたものだ。


 立食式で、テーブルの上には御馳走と酒が並んでいる。

 いや、この世界の食べ物が口に合わなかったらどうしようって思っていた時期もあったんだけどね。

 杞憂というやつでしたわ。


 エイリアスもマリーシアも、食べる食べる。

 その食欲、中年のオッサンにはむしろ羨ましい。

 自分のことながら。


「うっめー! うっめー! 肉も酒もうめーっ!」


 食欲魔神と化したマリーシアが、がつがつ食ってがぶがぶ飲んでいる。

 どうでも良いんだけど、お前さんの設定年齢は十五歳とかじゃなかったかい?

 ばりばり未成年でしょうが。


「お前もなー」

「さーせん」


 僕は十八歳です。

 日本だったら、ふたりともアウトだね。


「見事な食べっぷりですわね」


 微笑しながら近づいてきたのはアイサ。

 ライカルの娘で、商会では番頭のようなことをやってる、と、先ほど紹介を受けた。


 小麦色の髪とブルーグリーンの瞳を持った美人である。

 年齢はマリーシアのひとつ上で十六歳。

 適齢期なんだってさ。


 そのせいかどうかわからないけど、けっこう僕に接近してくる。


「旅暮らしなんで、食べられるときに食べるようにしているのさ。今日はとりあえず三日分くらいは食いだめようかな」

「どんなに食べても、明日になればお腹がすいちゃいますって」


 冗談が気に入ったのか、くすくすと笑う。

 酒が満たされたカップを差し出された。

 礼を言って一口。


 モテモテである。

 さすがはエイリアス。イケメン設定は伊達じゃない。


 まあ、背も高いし身体も頑健、顔も良くて腕っ節も良いのに礼儀正しい。

 根無し草の傭兵ってのはものすごいマイナス点だけど、アイサは金持ちの娘だしね。

 婿養子として迎えちゃうことが可能だったりする。


 僕としても、こんな美人に憎からず想われたら悪い気はしない。

 けど、その気持ちに応えることはできないんだよね。

 申し訳ない。


 僕たちには、仲間と再会して魔王を倒すって使命があるから。


 たぶんって域を出ないけど、魔王を倒せないまま死んじゃった場合は、僕たちに日本に戻る目はなくなる。

 白い人の言い分から推測したことだ。


 そうなったら、妻子を路頭に迷わせることになってしまうからね。

 なんとしても魔王を打倒して僕たちの身体を取り戻さなくてはいけないのだ。


 残念ながら、色恋にうつつを抜かしている余裕はないし、やってもいけない。

 たとえば恋をして結婚したとしても、魔王を倒したら僕はこの土地を去るのである。

 妻子を残して。


 それは、あまりにも無責任だ。

 軽く談笑したのち、ふたたび他の客と話すために去ってゆくアイサの後ろ姿に、僕は小さく息を漏らした。


「もったいねぇなあ。やっちまえばいいのに」


 いつの間にか横に立っていたマリーシアが下品なことを言う。

 きししし、などと、笑いながら。


「お前なぁ……」

「異世界で浮気したってバレねーよ。つーか今のおめーはエイリアスなんだから、浮気にもなんねーべ」

「そうかもしれないけどさ。これは僕の心の問題だよ」


 僕はエイリアスだけど、聖人(きよと)でもあるのだから。

 けっして結ばれない相手と、そういう行為をするわけにはいかない。


「ゆーて、性欲はどうすんだよ。十七、八の男なんて、猿みてーなもんだべや」

「下品だよ。マリーシア」

「でも事実だろ?」

「どうしても我慢できなきゃ娼館でもいくさ」

「エイリアスのファウルラインは意味不明だな。素人さんはNGだけど娼婦ならOKってか」


 肩をすくめている。

 僕だってOKだとは思ってないさ。

 素人に手を出すよりはマシだと考えているだけで、限りなく黒に近いグレーだろう。


「だいたい、僕のことばかり言ってるけど、マリーシアはどうなのさ」

「え?」

「僕は娼館で女性を買えるけど、君は買えないんだよ」


 当たり前である。

 女のマリーシアが娼館に入ったら、ふつうに働きにきたと思われるだけだ。


「大丈夫だべ。性欲が我慢できなくなったら自分の身体でもまさぐるさ。女の肉体だからな」

「それで良いのかよ……」


 なんという自己完結だ。

 TSってのは、そういうものなのだろうか。

 なんか間違ってる気がする。



 そのとき、馬鹿な上に下品な会話を楽しんでいる僕たちの耳に、聞き慣れない音が届いた。

 カンカンカン、カンカンカン、と。


「なんの音だ?」

「鐘みたいだね」


 首をかしげる。

 パーティー会場が騒然となった。


 警鐘(けいしょう)だ、敵襲の叩き方だ、という声が漏れ聞こえてくる。

 どうやら、剣呑な事態のようである。






 僕たち二人はライカル邸を飛び出した。

 敵襲と聞いて、あっしには関係のないことでござんすと知らぬ顔を決め込むのは、少なくともTRPGプレイヤーではない。


 トラブルがあるなら、積極的に首を突っ込むべき。

 これはどんなTRPGでも暗黙のルールである。

 小利口に、トラブルを避けるように振る舞うというのが、最もゲームをつまらなくするのだ。


 もちろん僕たちがいるのは現実で、ゲームではない。


 危険なことはするべきではないのかもしれないが、そもそも魔王に挑むってこと自体がものすごい危険なのだ。

 それに比べたら、たいていのことは安全だろう。


「エイリアス! 暗視の魔法を使う! 受け入れろ!」

「合点!」


 相棒の魔力が僕に流れ込んでくる。

 夜の闇に包まれていた視界がクリアになった。


 走る走る走る。

 今日は走ってばっかりである。


 にもかかわらず、たいして疲労も感じない。

 さんざん飲み食いした直後なのに、身体も重くならない。

 まったく、高性能な肉体だ。


 やがて街門が見えてきた。同時に剣戟も耳に届く。

 すでに戦闘は始まっているらしい。


「最悪だな。昼間と同じ手は使えないぜ」


 ち、と、マリーシアが舌打ちした。

 不意を突いてのファイアボール。有用性はすでに証明されているが、この状況で使ったら味方まで巻き込んでしまう。

 もっとも、誰が敵で誰が味方なのか、僕たちには判らないけれど。


「いいや? すぐ判るぜ。ゴブリンだ」

「またかー」


 魔力を感じることができるマリーシアは、気配探知にも秀でている。

 まだ姿が見えてないのに、敵の正体がわかったらしい。

 一回戦った相手だから。


「昼間の生き残りが巣に戻って、増援をつれてきたってところじゃねえかな」

「ちゃんと皆殺しにしろってことだね」


 ゴブリンというのは、非常に執念深い魔物であるとされている。

 恨みは絶対に忘れないし、何十年かかろうともかならず復讐しようとする、と。

 めんどくさい相手なのだ。


 見えた。

 普通のゴブリンに混じって、でかいのもいる。


 総数は昼間より多い。

 目視できる範囲で四十は下らないだろう。


 門兵たちも必死で戦っているが、なにしろ数が違うし、街門が破れているのが大きい。

 あと、夜だからやっばり夜目の利く魔物の方が有利だ。

 じわりじわりと押し込まれている。


 このままでは、街の中になだれ込まれるのも時間の問題だろう。


「突入して大暴れ。これしかないね」

「言うと思ったぜ。脳筋(のうきん)め。鎧も着てねえんだぞ」

「その分、動きが速くなるってことで」

「しゃーねえ。武器だせ」


 マリーシアの言葉に逆らうことなく、僕はバスタードソードを抜いた。

 何をするつもりなのかは、きかなくても判る。

 彼女もまたカタナを鞘から抜く。


「エンチャントウェポン!」


 同時に武器に淡い輝きが灯り、すぐに消える。

 魔力付与の魔法だ。

 魔法の武器でなければダメージを与えられない敵などにも有効で、攻撃力そのものも増す。


 そしてそれ以上に、マリーシアの狙いは刃こぼれ防止である。

 途中で切れ味が鈍った、なんてことがないように。


「つっこむぜ! 相棒!!」

「合点承知だよ! 相棒!!」


 最高速に乗ったまま、僕たちはゴブリンの群れに突っ込んだ。


 

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