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スタートオブ異世界生活 5


 エゼルの街というのは、城塞都市だった。


 感覚的には、古代中国の城市が近いかな? 街をぐるりと外壁が囲んでる感じ。


 これはつまり、外敵が存在するってことだよね。

 三国志なら蛮族とか山賊とか敵軍とかだろうけど、この世界の場合はモンスターの襲撃とかありそう。


 門を守る門兵は多少いかつい感じだったけど、身体検査とかをされることもなく、普通に街に入ることができた。

 都市の空気は自由にするってやつかね。


 中世ドイツの慣例法だ。

 農奴とかが街に逃げ込んだ場合、返還要求がないまま一定期間すごしたら、自由民になれちゃうってこと。

 詳しい部分は僕も知らないんだけど、言葉自体はなんか気に入っている。


「あちらに見えるのが拙宅です。お恥ずかしいかぎりの陋屋(あばらや)ですが」


 かっぽかっぽと進んでゆく馬車からライカルが指さすのは、なかなかに立派な屋敷だった。

 陋屋とは謙遜だけど、このへんの心理は日本人の僕にはよく判る。

 まさか自分の家を豪邸だよーんとは言えないよね。


「旅暮らしの僕たちには、四阿(あずまや)だって豪邸ですよ」


 なにしろ屋根はありますからね、と、微笑して見せる。

 つられるようにライカルも笑った。

 冗談に冗談を返した、というのを理解してくれたようである。


「なに格好付けてやがんだ!」


 げらげらと笑いながら背中を殴ってくるオッサン……じゃなかった美少女のマリーシアだ。


「うっさいうっさい」


 ぼかすかと殴り返してやる。

 女性を殴るのは僕の流儀じゃないけど、こいつはオッサンだから問題ない。

 そもそもマリーシアも手加減なしで殴ってくるしね。


「いやあ。お二人は本当に仲がよろしいですな。何度も訊きますが、本当にご夫婦ではないのですか?」


 はっはっはっ、と笑うライカル。

 ホント勘弁してほしい。


 僕とマリーシアが夫婦とか。

 二の腕を必死にさすって吹き出した鳥肌を鎮める。

 見れば、マリーシアの方も似たような状態だ。


 僕たちは友人である。まあ親友といっても良いだろう。

 なにしろ付き合いは三十年以上にもなるしね。地球では。


 しかし男同士なのである。

 恋愛感情なんて、芽生える余地はないのである。


「ライカル。つぎにそれいったら殺すからっ」


 ふかーふかーと威嚇するマリーシアだ。

 僕は紳士なので脅迫とかはしないけどね。

 もしマリーシアがライカルを討つというなら協力はしよう。


「はっはっはっ 息ぴったりではないですか」


 商人はどこ吹く風だ。

 さすがである。





 さて、ライカルの屋敷は見た目どおりの立派さだった。

 何人もの使用人が忙しそうに働き、正面の店舗にはひっきりなしに客が訪れている。


 なんというか、主人自ら商売に出かけているくらいだから、大きくても中規模の商人かと思っていた。

 こんなに大店(おおだな)だったとは。


「は。まだまだ観察力が足りねーな。エイリアス。二頭立ての馬車なんて、並の商人に買えるはずねーべや」


 ドヤ顔で指摘してくるマリーシア。

 殴りたい、その笑顔。


「ゆーて、これほど金持ちだとは、さすがの俺にも読めなかったけどな」


 こんだけの経済規模になったら、自分で動くのではなく他人を動かすことで利益を得るものだと付け加える。

 会社がでかくなればなるほど、トップが現場に出るなんてことはなくなってゆくものらしい。


「たしかにね。じっさいこられても迷惑だし」


 僕は肩をすくめてみせた。

 社員と直に触れあいたい、とかいって現場にくる社長さんもいるが、社員たちには良い迷惑だ。


 気を遣わないといけないし、じろじろ見られてたら仕事にも集中できない。

 手伝うなんて言って邪魔されちゃったら、ぐちゃぐちゃにされてしまった部分の修正で、また時間がかかる。


 おとなしく社長室にいてくれ、というのは、たいていのサラリーマンの偽らざる本音だろう。


「トップなんてもんは、気前よく給料だけくれてればいのさ」

「同感同感」


「そうは言いましても、重要な商談は私がいきませんと。こればかりは他人に任せるというわけにはまいりません」


 台詞とともに、ライカルが応接間に入ってきた。

 苦笑なんぞを浮かべて。


 聞いてやがりましたね? あなた。

 ジト目を向けてやる。


「たまたまですよ。エイリアスさま」


 僕たちの剣を見繕って、もってきてくれたんだってさ。

 ライカルは手ぶらだけどね。


 ぱんぱんと手を叩くと、幾人もの使用人が入室してくる。手に手に武器を携えて。


「わざわざ持ってこなくても、俺たちが店にいったのに」

「ご足労させるわけにはいきませんよ」


 社交辞令にまみれた会話をマリーシアとライカルが繰り広げる。

 ここに持ってきた武器は、謝礼として渡すことが可能な武器、ということである。

 もし店にこられて、ものすごい高価な武器とか指さされても困るからね。


 もちろん僕にしてもマリーシアにしてもそこまで厚顔じゃないから、これはちょっと……とか言われたらすぐに要望は引っ込める。

 けど、少しばかり気まずい空気になってしまうだろうってのは、想像に難くない。


 だからこそ、好きなのを選んで良いよってグレードのものを持参したわけだ。

 お互いに気持ちよく受け渡しができるようにね。


「どれも名工の手になる逸品です。お気に召すものがあればよろしいのですが」

「拝見しますね」


 さっそく選びはじめる僕とマリーシア。

 武器選びは、やっぱりワクワクしてしまう。


 ファンタジー系のTRPGに限らず、やっぱり醍醐味だからね。

 装備品を決めるのは。

 白い人に、ぽいっとおざなりに渡されたって、まったくときめかないのだ。


「おお。俺、これにしよう」


 目を輝かしてマリーシアが手に取ったのは片刃の曲刀。

 シミターでもフォールチョンでもなく、なんと日本刀である。


「マリーシアさま、お目が高い。それは東の方、ホウライ国より渡ってまいりました業物(わざもの)ですよ」


 ライカルの説明に僕とマリーシアが軽く頷く。

 日本っぽい国がある世界なんだな、と。


「そんなすげーもんを渡しちまっていいのかい? ライカル」

「じつをいいますと、我が商会でももてあましているのですよ。それ」


 マリーシアの質問にライカルが苦笑を浮かべた。

 素晴らしい切れ味の剣なのだが、作りが繊細すぎてエゼル在住の職人たちでは修理できないらしい。

 つまり、刃こぼれとかしちゃっても研ぎ直せないということだ。


「ああー それはそうかもなぁ」


 ううむとマリーシアが頷く。

 日本刀と西洋の剣では、まったく作りが違う。

 街の職人の手に余るのは、むしろ当然だろう。


「他のものにしますか?」

「いや。気に入ったからな。俺はこれでいいぜ」


 鞘から抜き、美しい刃紋の刀身をにまにまと眺めている。

 あぶない人だ。

 オトモダチになりたくない。


「僕はこれにしよう」


 そういって手に取ったのは、片手半ブロードソード。バスタードソードとも呼ばれる剣だ。

 ロングソードよりも長く重いが、一応は片手で操ることができ、状況によっては両手でも扱える。


 ゴブリンとの戦いで使った長剣は、少しばかり軽すぎたのだ。

 僕にとっては。


 練達の剣士であるエイリアスは、それでも武器の性能を十全に発揮することができるが、もうちょっと重い方が体格にも体力にも合っている。

 爪楊枝みたいな細剣を片手にひらひら踊る、という戦闘スタイルではないのだ。


「エイリアスさまもお目が高い。良い剣でしょう?」

「ですね。良く馴染みます」


 右手だけで構えても、両手で持っても、まったく軸がぶれない。

 それだけバランスが良いのだろう。


「我がエゼルの街が誇る名匠アンタレス。その弟子たるエルナトの作です。習作ですが、名工の片鱗を伺わせる逸品かと」

「たしかに」


 僕は大きく頷いた。

 日本人としての僕には刀剣の善し悪しなんて判らないけど、エイリアスとなったいまならはっきりと判るのである。


「これは、良いものだ」

「へいへい。いうと思ったぜ」


 世迷い言にツッコミを入れてくれるマリーシアだった。



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