スタートオブ異世界生活 4
しゃがんでいた僕たちは立ちあがった。
まあ、話しかけられたのに無視して死体を漁るほど、礼儀知らずではないのである。
「逃げてる人間と、追っかけてるモンスターがいたら、普通は人間を助けるさ。礼には及ばねえよ」
に、と、マリーシアがかっこつけて笑ってみせる。
美少女がそんな態度を取っても、あんまり決まらない。
なんというか、不良に憧れて蓮っ葉な言動を心かげている真面目なお嬢ちゃんって感じだ。
「当然のことをしたまでです」
僕は無難に返すよ。
戦士エイリアスは誠実な為人の所有者だからね。
傲らず、偉ぶらず、弱い者には優しい好漢なんですよ。
「さぞや名のある剣客とお見受けいたします。よろしければお名前をお教えいただいても?」
そんなことを言いながら、立派な身なりの男も名乗った。
エゼルの街の商人で、ライカルというらしい。
もちろん僕もマリーシアも、そんな街がどこにあるのかなんて知らない。
「僕はエイリアス。こっちはマリーシア。旅の傭兵です」
冒険者、と名乗ろうとしたけど、やめておいた。
というのも、もしも「それはなんですか?」なんて訊かれたら、返答に窮してしまうからだ。
昨今のファンタジーライトノベルブームで、やたらと一般化しちゃった冒険者という呼称だが、じつは職業として考えたらこんなに胡散臭いものはない。
ごく普通に考えて、何をする人なのか判らないのである。
説明しろといわれたら困ってしまう。
ファンタジーライトノベルの元祖ともいえる『スレイヤーズ』だって、主人公たちは冒険者なんて自称したことは一度もない。
傭兵。
ようするに、雇われて戦う人間だと名乗っているのである。
僕も偉大なる先達に倣うことにした。
「ほほう。旅の。どちらまで?」
興味深さそうにライカルが訊ねてくる。
そりゃあ訊くよね。
じっさいには興味がなかったとしても、会話の潤滑油だもの。
さてさて。どう答えたものか。
「風の吹くまま気の向くまま、さ」
またしてもかっこつけたことをいって、ふぁさっと髪を掻き上げるマリーシア。
つーか、その小芝居をいつまで続けるつもりなんだい? お前さん。
「もしお急ぎの旅でないなら、ぜひ拙宅へ。酒宴などを催したく」
深々とライカルが頭を下げた。
マリーシアの言葉を、とくに目的のある旅じゃないよーん、と解釈してくれたらしい。
ちらりと横を見ると、そのマリーシアがものすごいドヤ顔をしてる。
腹立つな。
殴ってやろうかしら。
こいつ、見た目は美少女だけど中身は加齢臭ただようオッサンだし。
「褒美が欲しくて助けたわけじゃねーさ」
「もちろん判っております。ですが、命を助けていただいたご恩を、口だけの謝礼で済ませたとあっては、私の面子が立ちません」
「そうかい? あんまり頑なに断るのもかえって失礼だしな。お言葉に甘えちまおうかな」
「ぜひにぜひに」
「けど、出発はちょっとだけ待ってくれるか? こいつらの武器を漁ってたんだ。剣が刃こぼれしちまってな」
「いやいや。こんな汚らわしい魔物の武器を拾わなくても、私どもが新品を用意いたします」
「そうかい? わりいなぁ。催促したみてぇで」
僕の内心をよそに、和気藹々と商人と魔法剣士が話している。
なんというか、僕が受け答えしていたときよりライカルは楽しそうだ。
美少女は得だなあ。
人はかたち、ありさまの、優れたらんこそあらまほしかるべけれ。というやつだ。
出典は『徒然草』ね。
意味としては、人間ってのはルックスがアドバンテージだよってこと。
あー やだやだ。
格差社会だよ。
「エイリアスさまも、ぜひ」
微妙にやさぐれている僕に、ライカルが水を向けてきた。
さま付けですよ。
僕はにっこりと微笑む。
「ご迷惑では、ないですか?」
「迷惑どころか、大歓迎でございますよ」
人好きする笑顔を、ライカルが浮かべた。
商売を終え、エゼルの街に戻る途中で襲われたらしい。
白昼の街道で、モンスターの襲撃である。
ライカルはもちろん護衛を雇ってはいたが、散り散りになってしまった。
これは仕方がないことらしい。
たった四人の護衛で、三十匹ものゴブリンと戦えるわけがなく、それぞれの才覚で逃げ延びるしかない。
依頼主を守って死ぬまで戦え、ということにはならないのだという。
実際問題として、死ぬまで戦われても意味がない、というのもある。
衆寡敵せずというやつだ。
僕とマリーシアが圧勝したのだって、機先を制したからってのがけっこう大きい。
正面からまともに戦ったら、けっこう苦戦してしまうだろう。
まして、こちらが不意打ちされたのだとしたら、なおさらだ。
そんな状態で、意地になって戦っても、良いことはあんまりない。
勝てないのだから逃げる。
至極真っ当な判断である。
そしてライカルと護衛は別の方向に逃げた。
もちろん追っ手を分散させるためだ。
その途中で僕たちと出会ったのは、まず幸運といって良いだろう。
「彼らにも運があれば、落ちのびることが叶いましょう」
ゴブリンどもを倒して馬車を守るということができなかった護衛たちを、ライカルはべつに恨んでいないようだが、心配してもいないようだ。
そういう危険も含んでの報酬だからだろう。
ドライなようだが、それが傭兵というものである。
むしろこの状況で、別方向に逃げた役立たずの護衛を真剣に心配するような雇用主がいたら、ちょっとその人は商売人には向いていない。
万民への愛を説く宗教でもはじめるか、弱者救済を旗印にした政治家にでもなるか、どちらかにしたほうが良い。
モンスターが跋扈するこの世界で、そんなものに需要があるのか僕にはわからないが。
「なあライカルさんよ。真っ昼間の街道でゴブリンに襲われるってのは、よくあることなのかい?」
がたごと揺れる馬車のなか、ふと心づいたようにマリーシアが訊ねる。
わりと大事な質問だ。
「まさか。だとしたら、もっとたくさんの護衛を雇いますよ」
「だよな」
三十匹もの大軍が頻繁に現れる街道というのは、絶対に安全なルートとはいえない。
どうしてもそんな場所を通らなくてはならないなら、少なくとも十五、六人の護衛を引き連れるだろう。
あるいは隊商を組むか。
ライカルが四人しか雇っていないというのは、油断していたからではなくて、不測の事態だったと考えるのが普通だ。
そもそも、準備段階で油断する商人とか、ちょっとリアリティがなさすぎる。
「つまり、急に魔物の数が増えたってことだよね」
僕は腕を組んで、少しだけ考えた。
魔物が増えたり凶暴化したりするのには、なにか理由があるはず。
そしてその理由に、心当たりがあったりする。
魔王復活だ。
僕たちの五人の身体を生贄に蘇った魔王。
つーかオッサンが生贄って、だいぶ嫌すぎる。
そういうのは汚れなき乙女とか、そういうのが適任なのではないだろうか。
「エイリアスもそれを考えたか」
「うん。そう考えたら筋が通るからね」
「ヤツが目覚めたのか!」
「馬鹿な!? はやすぎる!!」
「あの? エイリアスさま? マリーシアさま?」
お約束の会話に、ライカルがきょとんとした。
うん。
しかたないね。
知ってたら逆にびっくりだよ。
「気にすんな。ただのタワゴトだ」
マリーシアが、からからと笑った。
とはいえ、魔王が復活しているなら、はやいとこ倒さないと、この世界の人々が何千人も何万人も犠牲になってしまう。
けっこう退っ引きならない事態だったりするのだ。
あんまり悠長に構えてもいられない。
「はやく仲間たちを見つけないとな……」
「ゆーて、そのまえに武器だべや。あと情報とな」
ほんの少しの焦りを見せた僕の肩を、マリーシアがぽんぽんと叩く。
できることからやっていくべ、と。
なんだか、えらく頼もしい美少女だ。
中身がオッサンだからね。
「……おめえ同い年だからな?」
「うん。知ってる」
馬鹿な会話をしながら、馬車が街道を進んでゆく。
※参考資料
『スレイヤーズ』シリーズ
神坂一 著
富士見ファンタジア文庫 刊