リターンオブ日常
季節は冬。
僕たちの親友が旅立った。
「三ヶ月って言ってたくせに半年もったな。しぶといヤツだったぜ」
相変わらず偽悪的な台詞を吐く衣鳥の目は、うさぎみたいに真っ赤っかだ。
大泣きしていたことを誤魔化すために、わざわざ毒を吐くんだからね。
きみも、たいがいめんどくさい男だよ。
魔王ルーファスを倒した僕たちは、白い人との約束通り現実世界に戻ってきた。
まあ、そこからが大変だったわけだけどね。
僕たちを殺した佐藤を問いつめることから始まり、今後のことについて、よくよく話し合った。
彼は死ぬ。
これは動かし難い事実だ。
医学は日進月歩を続けているが、末期癌でもきれいに治る、という状況になるには、まだ何十年か何百年かの時間が必要だろう。
そしてその時間を、僕たちは捻出するができない。
だから、佐藤が死んだあとのことを考えなくてはいけないのだ。
彼には奥さんと息子がいる。
息子の方は、大学受験を控えているらしい。
一家の大黒柱を失っては、進学は諦めなくてはいけないだろう、とは、その大黒柱サマの台詞である。
まったく。
あんまり舐めないでもらおうか。
きみの仲間四人は、もうちょっと頼り甲斐がある。
全員が、それなりの社会的地位をもっているんだから。
四人で協力し合えば、一人分の学費くらいはなんとかできるさ。
奥さんの働き口だって、たとえば丹沢が経営してる個人病院の事務員とかあるってさ。
そんなこんなで、その日のTRPG会は、佐藤の今後を考える会になってしまった。
そして、ついにその日はきた。
冬晴れの日だった。
まあ、僕たちの住んでいる地域は一年の半分くらいが冬なので、冬かそうでないかは、確率二分の一だ。
「ふたりともここにいたのか」
恰幅の良い男が近づいてくる。
豊島だ。
葬儀委員長を自ら買って出て、喪主と家族を支えている。
好漢というべき彼を、遺族たちも頼っているようだ。
「タバコだよ」
「室内じゃ吸いづらいからな」
僕と衣鳥が苦笑した。
通夜も告別式も滞りなく終わり、いまは佐藤の自宅で故人の思い出を語っている。
そういう場でぷかぷかやるほど、僕も衣鳥も常識知らずじゃない。
愛煙家のほとんどはマナーを守って楽しんでいるのだ。
「奥さんが、俺たちに改めて挨拶したいとさ」
豊島が肩をすくめる。
気を使わなくて良いんだけどな、と、好漢の表情が語っていた。
とはいえ、佐藤の細君としても挨拶無しってわけにもいかないだろう。
息子さんの後見人には丹沢がなったし、彼を含めた僕たち四人が学費とかの援助をおこなうと宣言している。
「判った。すぐにいくと伝えてくれ」
「おめーらもタバコはいい加減にしておけよ。早死にしねえように」
憎まれ口を叩いて、豊島が家に戻っていった。
僕と衣鳥は、顔を見合わせて苦笑する。
判ってはいるのだ。
お互いに。
健康に悪いってことくらいは。
携帯灰皿に、吸いさしのタバコを押しつける。
「なあ聖人」
「なした?」
「自分の死に際して、息子を託すことができる友がいるなら、それは最高の人生だって話、知ってるか?」
なんだそれ?
きいたことがあるような、ないような。
「じゃあ僕が死ぬときは、娘と息子をよろしく頼むよ」
「先に言うなよ。俺がそれ言おうとしたのに」
してやったり、という笑みを浮かべる僕に、衣鳥が苦虫を噛み潰したような顔をした。
それから顔を見合わせて肩をすくめたあと、僕たちは佐藤家へと歩を進める。
魔王ルーファス。
きみの家族のことは、僕たちが引き受けたよ。
どこまでも広い空。
どこまでも続く草原。
遠くから鳥の声とかが聞こえる。
「……オイ」
僕は半眼を向けた。
目の前にいる、白い人とルーファスに。
「なんでしょうか?」
こてんと首をかしげる白い人。
目も口も鼻もないので、もちろん可愛くなんぞない。
「どういうことなのか、説明してもらいましょうか」
すっごいきれいに〆たじゃん。
なんで、また新たな物語が始まろうとしてんのさ。
「ルーファスの魂は肉体を失いましたので、ちょうどいいかな、と」
「ちょうどて……」
「魔界公子ハラザールっていましたよね?」
唖然とした僕にかまうことなく、白い人は話を続ける。
いましたよねって言われても、僕は面識なんかないんですけど。
「ルーファスを招き入れたことに味をしめた彼の魔人がですね、次々と地球世界から魂を引っ張っているのです」
「うわぁ……」
「面目ない」
思わず声を出しちゃう僕に、申し訳なさそうにルーファスが頭を下げた。
地球から呼び寄せた人間が強力だってことを、彼が証明してしまったから。
「やばくない? それ」
「非常に厄介な問題です。管理者としては放置することはできないのですが、私が直接手を下すというのもまずいのですよ」
両手を広げてみせる白い人。
ものすごくアメリカンな仕草だ。
ていうか、だいたい見えてきたよ。
「僕とルーファスでハラザールを倒せ、と」
自分の体を見る。
うん。
エイリアスだね。
聖剣アイリスも持ってるね。
「面目ない!」
ルーファスが両手を合わせる。
いやいや。べつにきみのせいではないだろ。
元魔王として、その情けないポーズはどうなのよ?
「あなただけではありませんよ。戦士エイリアス」
言われて僕は振り返る。
立っていたのは、
「呼ばれて飛び出て、だな」
苦笑を浮かべるイケメン弓士のザンドル。
「リスタートですネー」
やたらと明るい聖女ラーハー。
「また女……また女なのか……ははは……」
虚ろな笑いでぶつぶついってるのは、もちろんマリーシアである。
うん。
ご愁傷様。きみはキャラいないもんね。
ついに、五人のオッサンズがそろい踏みだ。
しかも今度は殺されたのではなく、白い人の肝いりらしい。
あ、ルーファスだけは死んでるけどね。もう。
「ていうか、なんで僕たちなんです?」
わりと根本的な質問をしてみる。
僕たちみたいなオッサンを使わなくたって、他に優秀な人材なんかいくらでもいるだろう。
異世界に行きたいって希望者も多いんじゃないかな。
「いろいろ理由はあるのですが」
白い人ののっぺりとした顔に浮かぶのは苦笑の気配だ。
現実逃避として異世界を目指す人は、たいていろくなことをしないのだという。
わかるような、わからないような。
僕たちみたいに、帰りたいから頑張るって人の方が良いってことなのだろうか。
「まあ、一番はあれですね。知ってる顔の方が頼みやすいからですね」
ひっどい理由だった!
この管理者は!
『そんな理由かーい!!』
五人の総ツッコミである。
「てへ」
かわいくなんかないから!
ともあれ、ルーファスを除く僕たちは、魔界公子ハラザールを倒して際限のない異世界転生を止めなくてはいけない。
そうしないと帰れないからね。
「で、魔術師ルーファスは、私の代理としてこの世界がおかしくなるのを防いでください」
「……仕方ない。元はといえば俺がハラザールの甘言に乗ったのが悪いんだしな」
肩をすくめる元魔王。
僕とマリーシアは顔を見合わせた。
これはこれで、そう悪くない話かもしれない。
一時的なこととはいえ、五人でまた遊べるのだから。
見れば、ザンドルとラーハーも微笑している。
思いは一緒だね。
たぶん。
「そんじゃリーダー、いっちょ号令を頼むぜ」
マリーシアが僕の腰のあたりを叩く。
相変わらず、ボディタッチがおばちゃんみたいだ。
だれがリーダーか。
まあ良いけど。
「それじゃあみんな、冒険の再開だ!」
『おう!!』
仲間たちが唱和する。
吹き抜ける風が、草原をざわざわと揺らしていた。
あるいは、新たな騒動の予感に苦笑いするかのように。




