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バトルオブ魔王軍 8


 二日間、魔王軍に動きはなかった。

 これは僕の予想とは違うが、大ハズレなわけでもない。

 誤差の範囲だといって良いだろう。


 予想と違ったのは、陣容をととのえてふたたび押し寄せてきた魔王軍の、その陣頭に立った男の姿だ。


 戦場の狂風になびく黒い髪、切れ長の黒い瞳が映すのは底知れない深淵。

 年の頃なら、エイリアスより少し上くらい。

 二十代の前半から中盤に見える。


「ルーファス……」


 外壁の上に立った僕は、掠れた呟きを漏らす。

 周囲ではトリアーニの従士たちが、魔王だ、魔王が最前線に出てきた、と、低くささやいている。


 やはり彼が魔王だった。

 マリーシアに視線を向けると、苦虫を噛み潰したような顔だ。


「こうじゃなければ良いなって方にばっかり話が転がりやがるな。このクソシナリオは」


 まったくである。

 ルーファスが魔王だということは、僕たちを殺したのが佐藤だってことなのだから。

 こんなクソシナリオ、僕だって認めない。


「いこう。確かめなきゃいけないことが、たくさんある」


 押し殺した僕の言葉に、ザンドルもラーハーも頷いた。

 もちろんマリーシアも。


 細く開けた街門から、四人がすばやく外に出る。

 相対距離は、ざっと五百メートル。

 ここまで接近してるのに攻撃を仕掛けてこないのは、魔王も僕たちを待っていたからだろう。


 背後でしっかりと扉が閉ざされるのを確認してから、歩き出す。

 魔王軍へと向かって。


 他方、魔王ルーファスもまた歩を進める。

 軍勢を押し止めたまま。


 声が届く距離まで。

 顔が見える距離まで。


「……久しぶりだね。ルーファス」

「エイリアス、ザンドル、ラーハー? それからマリーシアなのか。二人も女になっているとはな」


 ルーファスの顔に描かれるの笑いだ。

 気持ちは判るけど、つっこんでやらない。

 そんな気分じゃないんだ。


「いきなり魔王が登場するなんてびっくりだぜ。四天王はまだ三人も残ってるんじゃねーのか?」


 唇を歪めるマリーシア。

 腰に手を当て、思い切り挑戦的なポーズを取っている。


「四魔将だ。有象無象をぶつけても意味がないからな。実際デイビスは負けちまったし」


 ルーファスは鼻を鳴らす。

 幹部が次々とやられていくのを、ただぼーっと眺めてる馬鹿はいないだろ、と付け加えながら。


 だから一番強い魔王のご出馬というわけだ。


 まったく。

 まったくどうでも良い情報である。


 僕が知りたいのはそんなことじゃない。


「……なんでこんなことをしたんだ?」


 視線に、韜晦(とうかい)を許さない熱をこめる。

 ふうと小さくルーファスは息を吐いた。


「……進行性の癌だってよ。あちこち転移してもう手の施しようがなくて、余命三ヶ月だそうだ。ホスピスへの入所を勧められたよ」


 肩をすくめ、説明をはじめる。

 絶望の淵にある彼に、悪魔がささやいた。

 この世界に生まれ変わり、魔王となってくれないかと。


「誰がそんなことを」

「魔界公子ハラザールっつー俺の腹心だが、わりとどうでもいい情報だな」


 薄く笑う。

 滅びゆく魔族を救うため、求心力となる魔王が必要だった。


 白羽の矢が立ったのがルーファスである。

 なにしろ彼には、ものすごい魔法の知識があるから。


 キャンぺーン終盤に入ったマジックユーザーというのは半端ではない。

 あくまでもキャラクターだけど、魔王の器としては最高である。


 そして器があるなら酒を注がなくてはならないのだ。

 魂という酒を。


「俺は取引に乗った。死にたくなかったからな」

「…………」


 薄ら笑いすら浮かべて、偽悪の仮面をかぶっているが彼の恐怖はどれほどのものだっただろう。


 僕たちは四十代の後半だ。

 過去より未来に多くのものを持つ、という年齢ではない。


 しかし、死ぬには早すぎるだろう。

 平均寿命まで、まだまだ三十年以上もあるのだから。


 それに遺してゆく妻子のことを考えたら、僕だって平静ではいられない。


「けどよ。それだけじゃ、俺らまでここにいる理由にゃあなんねえよな」


 ふんと鼻を鳴らし、黙り込んでしまった僕に変わって詰め寄ったのはマリーシアだ。


「おめーがくたばりそうだったのはいいさ。それを嫌がって、マンガみてーに異世界に飛んだってのも良しとしてやんよ」


 一度、言葉を切る。


「あえて言うぜ。佐藤……ルーファス。なんでてめえの事情に俺らを巻き込んだ?」


 強い瞳だ。

 灼熱の光を放ちながら燃える石炭のように、真っ赤に。


「……全部捨ててさ。こっちで暮らさないか? みんなで」


 光が三百万キロの旅を終えるだけの沈黙を挿入し、魔王ルーファスが口を開いた。


「んだと?」

「俺の部下になれ、なんて言わない。べつにお前が魔王だってかまわないんだ。マリーシア」


 提案ではなかった。

 それは取引でも要請でもなく、まるで哀願のように僕の耳には聞こえた。


 一緒に現実から逃げてくれ、と。

 すべてから目をそらして、ずっと遊んでいよう、と。


 だからこそ、僕はちゃんと応えなくてはいけない。


「ルーファス。僕には待っている人がいるんだ。守らなきゃいけない人たちがいるんだよ」


 言葉とともに、聖剣アイリスを抜く。


「一緒に遊ぶのは楽しいけどな」


 霊弓イチイバルを、ザンドルが構えた。


「でも、終わりがあるから楽しいんだぜ」


 いつもの怪しげな口調ではなく、ラーハーが言った。

 手にした錫杖(ビショップスタッフ)が震えるのは、整合されない感情ゆえか。


「いつかは誰かが欠ける。それははじめから判ってた話だぜ。たまたまおめーが最初だったってだけだ。次は俺かもしれねー」


 なにしろ健康診断じゃ引っかかりまくりだしな、などと笑いながら、貞秀マークⅡの柄に手をかけるマリーシア。


 そう。

 いつかは別れがくる。


 同じ年に生まれた僕らだって、同じ年に死ぬわけじゃない。

 ルーファスは早すぎるけど、明日には僕の体に癌が見つかるかもしれないのだ。


「日本に帰るよ」

「俺はいやだ。お前らを殺してでも、この世界で生きる」


 そういって、魔王がやたらと禍々しい杖をかざす。


 うん。

 相変わらず嘘が下手だな。


 僕たちを殺す気があるなら、そもそも巻き込まないよね。

 止めて欲しいんだろ?

 こっちの魔族の誘いに乗っちゃって、馬鹿なことをしてしまったから。


 叱って欲しいんだよね。

 なにやってんだてめーはって。


 めんどくさい男だよ。きみは。


『遊びの時間は終わりだ! 魔王ルーファス!!』


 四人の声が重なった。






 放たれた十本の矢が、高機動ミサイルのように不規則な軌道を描きながら魔王に迫る。


「小賢しい!」


 ぶんと振られた杖。

 ルーファスの周囲にバリアのようなものが出現し、すべての矢を防いでのけた。


「小賢しいのはおめーだよ」


 一挙動で最接近したマリーシア。

 掬いあげるような一撃を放つ。

 ばりん、と、ガラスが砕けるような音を立てて、魔王を覆う力場が消滅する。


聖なる結界(ホーリーフィールド)!」


 間髪入れずにラーハーの魔法が、ルーファスを包んだ。


「がぁぁぁぁっ!?」


 柔らかな光の中、魔王の絶叫が木霊する。


「さすがに四対一は無理でしょ。いくら魔王でも」


 鋭く踏み込む。

 かざした聖剣アイリスが、どかっと音を立てて魔王の胸の中心を貫いた。


「ぐ……」

「わざとらしすぎ。負けるつもりで出てくるとか」

「ばれてたか……すまん……」


 倒れるルーファスが、僕の体にもたれかかった。

 まったくだよ。

 画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くにもほどがあるって。


 最初から負けるつもりで、ラスボスがたいした攻撃もしないで倒れるなんて、クソゲーにすらなってない。

 ずるずると倒れ伏す。


 トリアーニの街から大歓声が、魔王軍から悲鳴が、同時に上がった。


 街門が開け放たれ、勢いづいた軍勢が飛び出してくる。

 逆に魔王軍は、算を乱して逃げ出した。

 求心力がいなくなったから。


 この後は、幹部たちが後継者の座を巡って烈しく争うことになるだろう。

 人間たちの国へ侵攻するどころではなくなる。

 きっと多くの血が流れる。


「ま、そこまでは俺らが心配することじゃねえけどな」


 愛刀を鞘に戻し、マリーシアが肩をすくめてみせた。

 その姿は、徐々に薄くなりつつある。

 空気に溶けるように。

 僕たちの時間も、どうやら終わりらしい。


「帰ろうか。みんな」


 微笑する僕に、三人が頷いた。



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