バトルオブ魔王軍 7
最初の難民に出会ったのは、トリアーニまであと十五日ほどという宿場である。
まさか、と思った。
しかしいくら首を振っても、現実は逃げてくれなかった。
魔王軍の侵攻が、ついにここまで迫ってきたのだ。
隊商は引き返すことになった。
命あっての物種だから仕方がない。トリアーニが陥落したとは限らないが、危険を押して進んだところでほとんど意味はないだろう。
まして鈍重な隊商では、いざとなったとき素早く逃げることが難しい。
最悪、荷物もすべて捨てて逃げるってことになってしまう。
そんなリスクをおかしてまでトリアーニに行っても、得られる利益は限られている。
となれば、ここは無理をしない手である。
「エイリアスさま。ご武運を祈っております」
「ナナミロさんも気を付けて」
そんな言葉で、僕たちは別れることになった。
そして僕たちは、可能な限りの速度でトリアーニを目指した。
具体的には、宿場をひとつ飛ばしで進んだのである。
通常の二倍の移動距離だ。
毎日フルマラソン二回分の距離を歩く、といえば、だいたいの距離感が判るだろうか。
これを七日。
エイリアスもマリーシアもザンドルもラーハーも、かなりハイスペックなキャラクターだったからこそ可能な離れ技だ。
こいつらってば八十キロ以上も歩いてるのに、一晩ベッドでぐっすり眠れば、だいたい回復しちゃうのである。
健脚っぷりがすごいね。
そして、逃げてきた人たちから、ある程度の情報を拾うことはできた。
トリアーニは、どうやらまだ無事らしい。
さすが王都だけあって、しっかりとした外壁に守られている。
ただし、けっこう時間の問題っぽい。
魔王軍の攻撃は激しさを増す一方だし、街を守る従士たちも健闘はしているもののかなりの犠牲が出ているらしい。
「というわけで、これが最終的な行動プラン」
「大暴れしてから街に入る。いいんじゃね?」
マリーシアが好戦的な笑みを浮かべた。
トリアーニから一日の距離にある宿場で、僕が仲間たちに示した計画である。
もうみんな逃げちゃって、勝手に宿屋を使わせてもらってるかっこうだ。
このまま西に進み、東門から街に入るのではなくぐるっと迂回する。
で、西門を攻撃している魔王軍の横から攻撃を加える。
どの程度つぶせるか判らないけど、可能な限りのダメージを与えてから街に入る。
奮戦している従士たちの士気を上げるのが目的だ。
籠城戦って、ストレスがたまるものだからね。
援軍がきたぞってのを、はっきりと見せた方が良い。
「ただ、退きどきだけは間違わないでね」
僕は念を押す。
仲間たちが頷いた。
轟音とともに、突如として魔王軍の一角が吹き飛んだ。
騒然となる。
「二十から三十くらいってとこか。まだまだいっぱいいやがるぜ」
犯人がうそぶいた。
もちろんマリーシアである。
鬼族が中心になっている場所に、ファイアボールを撃ち込んだのだ。
こいつらは肉弾戦は強いが魔法には弱い。
逆に、魔族連中は魔法に強く、肉弾戦はそうでもない。
その魔族どもが倒れる。
十人同時に。
ザンドルの射撃だ。
霊弓イチイバルは十本の矢を同時に発射でき、ザンドルの技量は十人の敵を同時に射殺できる。
不規則な軌道を描いて飛来する矢が、さらに十人を貫く。
たったの二射で二十人をやっつけちゃうんだから、マリーシアの攻撃魔法ほどではないにしても、敵にとってはたまったものではないだろう。
しかし、この撃ち方には欠点もある。
あっという間に矢筒が空になってしまうのだ。
じっさい、ザンドルの矢筒には二十本しか矢は入らない。
「はいドーゾ」
「さんきゅ」
ラーハーが差し出した矢筒と、自分のそれを交換するザンドル。
見事な連携である。
戦闘になるとあんまり出番のない聖女は、自らを補給係とした。
なんと長衣の腰ベルトに、矢筒を四つもぶら下げているのである。
かなーりシュールな格好だ。
「そーら! パンツ一丁もう一丁!!」
下品な言葉と一緒に、ふたたびファイアボールを放つマリーシア。
ゴブリンやオークが千切れ飛ぶ。
「これで打ち止め! いえーい!!」
なんかハイテンションだ。
大量殺戮に酔っているのだろう。
あぶない人である。
「いくぜ! 相棒!」
「合点承知! 相棒!」
そのあぶない人と、僕は並んで駆け出す。
後ろから次々と矢が飛ぶ。
ザンドルは精密射撃に切り替えたらしい。
まあ、彼の場合は必中の腕前なので、精密射撃だろうが乱れ撃ちだろうがたいした違いはないけど。
しかし、魔法と弓矢でだいぶ削ったけど、まだまだ敵はいっぱいである。
ざっと目算できないくらいだから、二百とか三百とかじゃきかないだろう。
まともに戦ったら勝算なんかあるわけがない。
いくら僕たちが強いって言ったって、やっぱり数は力なのだ。
だが、意外な援軍に勢いづいたトリアーニの従士たちが、外壁の上から猛然と矢を射かけはじめる。
ザンドルに比べたら命中率は低いけど、そもそも数が違う。
ばたばたと倒されてゆくモンスター。
正面と横からの攻撃で、敵は混乱してしまっている。
理想的な横撃になったようだ。
「しゃっ!」
立ちはだかる一つ目巨鬼の前で、マリーシアがバク宙を決める。
銀光が軌跡を描いた。
次の瞬間、股下から脳天までを斬り上げられた巨大な鬼が、左右両側に倒れる。
味方の小鬼どもを巻き込みながら。
身長五メートルはあろうかって鬼を一刀両断真っ二つとか、どんなチート攻撃だって話である。
マリーシアの戦闘力もさることながら、貞秀マークⅡの性能がやばい。
鞘から抜いた一発目は、ものすげーのが放てるのだ。
「ただまあ、一発だけだけどな」
あまりのことに驚いて蹈鞴を踏む鬼どもを、隙を逃さず斬り殺してゆく。
「その一発が羨ましいよ」
僕も負けじと聖剣アイリスを振るう。
オーガーとか、なるべく大物を狙って。
指揮官を潰したいからね。
戦い続け、殺し続けて十数分。
体感的には半日くらいだけど、魔王軍が後退をはじめた。
奇襲を受けたのと、トリアーニの守備隊が勢いづいちゃったから、いちど退いて戦力の再編をおこなおうって腹だ。
無理に追撃したら、逆襲されるだけ。
僕たちも、タイミングを合わせてさがる。
トリアーニ方面へと。
「そろそろあぶなかったデースね」
「だな。斬り込まないといけないかとおもったぜ」
すたたたー、と走りながらラーハーとザンドルが笑い合う。
僕とマリーシアは、きりぎりまで警戒にあたる。
まさかこの期に及んで魔王軍は引き返してこないだろうけど、あんまりこっちが喜んで逃げてしまうと、欲を掻く連中もいるだろうからね。
逃げるっていうなら止めないぜ、くらいの感じで、余裕綽々で立っているのが大事だ。
完全に魔王軍が見えなくなってから、僕とマリーシアは街門へと歩き始める。
ザンドルとラーハーと合流して。
「開門願いたい! 僕はエゼルの街の従士エイリアスだ!!」
そして、大声で呼びかけた。
軋んだ音を立てて、門が開いてゆく。
度重なる攻撃に、扉も傷んでいるのだろう。
くぐると、僕たちを包むのは歓声だ。
四人の名が連呼される。
なかでも一番大きいのは、聖女ラーハーを称える声だね。
まあ、彼女はこの街の教会で名を挙げたわけだから。
もちろん、僕やマリーシアやザンドルだって、ものすごい数の民衆から、歓呼をもって迎えられてる。
「どーもどーも!」
愛嬌を振りまくマリーシア。
君は本当に大騒ぎが好きだね。
でも、あんまり遊んでる余裕はないんだよ。
魔王軍はすぐにでも態勢を整えて攻めてくるからね。
それまでにしっかり休んで、英気を養っておかないと。
おそらく一日か一日半。
この後退で下がった士気をもういちど上げるのに必要な時間を、僕はそう読んでいる。
たったそれだけの時間で、次の戦いの準備をしなくてはいけないのである。