バトルオブ魔王軍 6
その男は、サダヒデと名乗った。
紹介された刀鍛冶である。
黒い髪と赤銅色の肌。筋肉ムキムキで、強い頬髭を生やしている。
山賊の親分って風情だけど、身体中に刻まれた火傷の痕が鍛冶場で働く男だと証明していた。
手渡した紹介状を一読し、軽く頷く。
「あんたが、儂の打ったカタナを愛用してくれてるって嬢ちゃんかい」
視線はマリーシアが腰に提げた一振りへ。
「これは、あんたが打ったもんだったのか」
鞘ごと外し、サダヒデに手渡す。
受け取った刀鍛冶が、見事な手さばきでカタナを分解してゆく。
刀身の手元、鎺と呼ばれる金具を外すと、そこには貞秀と銘が打ってあった。
「なんでそんなとこに。刀身に打てよ」
げらげら笑って、マリーシアがサダヒデの腰のあたりを叩く。
相変わらずボディタッチがおばちゃんっぽい。
「恥ずかしいじゃろ。儂が作ったんじゃよーんとか自慢するの」
負けじとサダヒデもマリーシアの頭をぐりぐりしてる。
なんだろう。
おじいちゃんと孫娘って雰囲気だ。
「大事に使ってくれてるの。嬢ちゃんや」
「そうでもねえよ。キマイラ斬ったりオーガー斬ったりラミア斬ったり鵺斬ったり。そうとう無理はさせてるからな」
「なんの。カタナなんてもんは斬ってなんぼじゃ。床の間に飾るだけなら刀身なんぞいらんわい。拵えだけで充分じゃよ」
目を細める。
まるで我が子に再会したように。
「こいつでは、もう戦えんか?」
「なまら気に入ってるんだけどな。俺らが戦うのは魔王だからよ」
やや残念そうなマリーシアだ。
エゼルの街で商人ライカルから譲り受けて以来、ずっと使い続けてきた愛刀である。
愛着だって並々ならぬものがあるだろう。
「魔王とな」
ぴくりとサダヒデの眉がはねあがった。
「ああ。俺たちは魔王倒すために旅をしてんだ」
美少女の言葉に、僕たちは頷いてみせた。
否定するような話ではまったくないからね。
「……わかった。そういうことならば、儂にちょっと考えがある。こいつを預かってもよいかの? 嬢ちゃんや」
そういってサダヒデにカタナを預けて十日。
僕たちがお世話になっているナナミロの屋敷に、サダヒデの使いがきた。
商品を取りに来て欲しい、と。
こちとら客だぞ届けろよごるあ、なんてクレーマーみたいな駄々をこねることなく、僕たちは鍛冶場へと向かう。
ちなみに、僕たちの準備が整い次第、ナナミロの隊商はまた西へと旅立つ。
故郷に戻ってきても一月も滞在しないんだから、交易商人ってのはなかなか因果な商売だ。
もちろん僕らも同行するよ。
護衛を兼ねてね。
どのみち魔王の城はずっとずっと西にあるんだから、途中まで一緒に行ってもまったく問題ないのである。
「きたの。嬢ちゃんや」
「サダヒデ。できたのか?」
「むろんじゃ」
不敵に笑う刀鍛冶が差し出したのは、漆黒の鞘に納められた一刀だ。
長さは今まで通りの打刀だが、柄には闇色に輝く宝石が誂えられている。
少しだけ禍々しい感じがするよね!
ゆっくりと手を伸ばしたマリーシアが、その柄を掴む。
「なんてこった……今まで以上に馴染むじゃねえか……」
思わず呟いてるし。
「柄のすり減り具合から、嬢ちゃんのクセや戦い方を逆算しての。最適化してみたのじゃよ」
「そりゃすげえ」
思わずマリーシアが唸るが、本当にすごい。
世界でただ一振り、彼女のためだけに作られたカタナだ。
「ベースは今までの貞秀じゃが、魔力を付与してすべての性能を向上させておる」
「なるほど」
腰に差し、抜刀体勢を取るマリーシア。
魔力を感知できない僕でも、なんらかの力が集中してゆくのが判る。
「これは……」
「氣を集中させやすくしておるのじゃよ。インパクトの瞬間が最大の攻撃になるようにの」
鞘に入れて抜刀態勢を取るだけでパワーと切れ味が増し、抜き打ちするとものすごい攻撃になる、という解釈でいいんだろうか。
なんかすごいギミックだなぁ。
僕の聖剣アイリスには、そういうのないんですけどー。
剣圧が三メートルくらい飛ばせるだけの、ただの強い剣なんですけどー。
うらやましい。
ねたましい。
「すげえな」
体勢を戻し、普通にカタナを抜く。
研ぎ直され鍛え直された刀身が、魔力をまとって鋭い輝きを見せた。
「今度はちゃんと銘が入ってるな」
にやりと笑うマリーシア。
隠された場所ではなく、刀身に貞秀の銘が刻んであった。
「うむ。名付けて魔刀『貞秀マークⅡ』じゃ」
「え?」
マリーシアが固まった。
彼女だけでなく、僕もザンドルもラーハーも。
なにそのだっさい名前。
マークⅡて。
「……マークⅡは、たしかに黒いんだよな」
「あとから白く塗り替えるのデース。黒いのは最初だけデース」
謎の会話を交わすザンドルとラーハー。
それは刻の涙とか見ちゃうからダメだ。
ダメなやつだ。
「どうじゃ? 嬢ちゃん。これならあんたの旅についていけるじゃろ」
「お、おう……」
きっとサダヒデは、ものすごく考えてくれたんだ。
これから過酷さを増すであろう戦いに備え、マリーシアが使いやすいように、最後まで一緒に戦えるように。
パートナーとして、相棒として。
職人の心意気ってヤツだ。
無碍になんてできない。
「良い剣だな。サダヒデ。気に入ったぜ」
マリーシアが言う。
その表情は、まるで悟りを開いた聖人みたいだった。
「ちなみに、これから先の予定はどーするのデースか?」
ラーハーが訪ねる。
うららかな街道。
かっぽかっぽと進む馬車の上だ。
ホウライを出発したナナミロの隊商は、のんびりと西を目指している。
「トリアーニまでは一緒かな。で、僕たちはフリットン迷宮に潜るよ」
「またデースか」
マリーシアとザンドルの装備が新しくなったからって、そのまま魔王に挑めるわけがない。
もっと強い武器があるかもしれないのだ。
何度も言うけど、一回負けて死んじゃったらそれで終わり。
セーブしたところからもういちどってわけにはいかない。
万全を期したいところである。
「慎重にやりすぎてるうちに、魔王の勢力はどんどん拡大して、手に負えなくなるかもしれないぜ」
荷馬車の上でぽろりんぽろりんとリュートをかき鳴らしていたザンドルが口を挟んできた。
どうでもいいが、絵になる野郎である。
あ、馬車にいるのはラーハーとザンドル。
僕とマリーシアは歩いてる。
往路と同じようなスタイルだ。
「それはたしかにあるね。はるか西ではかなりの国が飲み込まれたっていうし」
「だったら、西に向かいながら装備を調えた方がいいんじゃね?」
これはマリーシアの言葉。
腰に差した貞秀マークⅡが凛々しいっすね。
「それって延々と続く消耗戦ってやつだよ」
僕は両手を広げてみせた。
魔王軍の総兵力がどのくらいいるか判らないけど、まさか百人とか二百人って話にはならないだろう。
たった四人で正面から戦ったところで、勝算なんかゼロだ。
むしろゼロどころかマイナスだろう。
「一挙に中核を突けるようなアイテムでも拾えれば良いんだけどね」
「まあな」
マリーシアが肩をすくめるが、僕だって不本意なのである。
すでに魔王軍に平らげられた国々といったって、べつに人間が皆殺しにされたわけじゃないだろう。
魔族どもに支配され抑圧され、奴隷みたいな暮らしをさせられているかもしれない。
僕たちが悠長に迷宮探索なんかやってる間にも、そういう人たちが殺されちゃうかもしれないのだ。
「ま、いますぐに方針を立てる必要もねーさ」
トリアーニの街に戻るまで、五十日以上の旅をするのだ。
慌てて結論を出すような話ではない。
と、僕の表情を読んだのか、マリーシアが言ってくれる。
まったく、気の利く相棒だよ。
「そうだね。ちゃんと考えて悔いのない選択をしないと」
微笑を返す。
不可能なことをいいながら。
何をどう選んだって、人間は必ず後悔するから。
ならせめて、より後悔の少ない道を選びたいものである。
このとき、僕はそんなことを考えていた。
のんきに。