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スタートオブ異世界生活 3


 草原を歩くふたり。

 一人は十五、六歳の美少女だ。もう一人は僕。二十歳には達していないように見える偉丈夫で、名前はエイリアスという。


 なかなかに絵になるんじゃないかなって思うんだけど、じつは中身は四十代のオッサンである。

 ふたりとも。


 外見が若者の僕はまだしも、美少女のマリーシアになっちゃった衣鳥は、かなり可哀想である。


「いやー? お前だってなかなかのもんだぜ? 脂肪と贅肉でぷよぷよだったオッサンから、引き締まった長身の戦士とか」


 どんだけ痛いんだよ、と、げらげら笑う美少女。

 ほっとけ。


 お前だって、頭がかなり寂しくなってたじゃないか。

 娘さんに嫌われたくなくて、加齢臭を消す柿渋セッケンを愛用していることを、僕は知っているぞ。


 ……やめよう。

 若くないんだから、いろいろあるんだよ。お互いにね。

 抉り合うのは不毛というものだ。


「あ、ごめん。毛はタブーだっけ」

「ヌッ殺すっ!」


 マリーシアが殴りかかってくる。

 もちろん僕だって迎撃する。


 なんていうか、身体が軽くて思った通りに動けるって、すばらしいね。

 ついついじゃれ合いたくなってしまう。

 しかも、かなりハードに動いても息切れすらしないんだよ。


 エイリアスの身体もマリーシアの身体も、基礎能力が日本人のオッサンとは比べものにならないのだ。

 はじめてガ○ダムに乗ったア○ロのようだと評すれば、ご理解いただけるだろうか。


「お? 人の気配がすんぞ」


 プロレスごっこを中断して、マリーシアが告げる。

 気配探知とかは、僕よりずっと鋭いっぽい。


「どっち?」

「あっちだけど、まだ遠いな。見えない」


 指をさす。

 僕の目にも、無限に連なる緑の波濤しか映らない。


「しかたねえ。エイリアス。マッスルドッキングだ」

「合点承知」


 謎の技名に応えて、僕はマリーシアを肩車した。

 立ちあがると、彼女は器用に僕の肩の上に立つ。


 百八十センチくらいプラス百五十センチくらい。

 頭の上にいるわけではないので計算式がちょっとおかしいけど、これでけっこう遠くまで見えるだろう。


「ありゃあ馬車だな。つーことは街道があるかもしんねー」


 頭上から声が降ってくる。


「やっと道に出られるのか。長かったね」


 馬車というのは基本的に道しか走れない。もちろん馬は悪路でも歩くことができるが、車体の方が保たないのだ。

 ゴムタイヤもサスペンションもないのだから当然である。

 無茶な挙動をすれば簡単に車軸が折れちゃうし、そうなったらちょいちょいと修理することはできない。


「なんかに追いかけられてるように見えるなぁ」

「なんかって?」

「そこまでは見えねーな。けど土埃があがってるから、そうとう急いでんじゃねーか?」


 そういったマリーシアがひょいと僕の肩から飛び降りる。

 危なげない着地は、さすがの身体能力だ。


「どするよ? エイリアス」

「行ってみる手でしょ。ここは」

「だよな!」


 言うが早いか駆け出す。

 ぐんぐんと加速してゆく二人の身体。


 どんな韋駄天だよって速度だけど、これでも全力疾走ではないのである。驚いたことに。

 息を切らさない程度に、急な変事なり凶事なりにすぐに対応できるくらいの走り方なのだ。


「学生時代にこんだけ走れればなぁ」

「Jリーガーになれたよね!」

「いやいや。ドーハの悲劇は俺が回避してみせたさ」

「古いなぁ」


 笑いながら、走る走る走る。


 ちなみに、ドーハの悲劇というのは、一九九四年アメリカワールドカップへの出場を賭けた一戦のことである。

 サッカーの。


 今でこそ日本はワールドカップ出場常連国となったが、当時はまだ出場したことはない。

 悲願だった。


 勝てばその悲願の初出場が決まる予選リーグ最終戦。

 リードしながらも、後半ロスタイム(現在はアディショナルタイム)に追いつかれ、引き分けに終わった。


 あと一歩、いや半歩で届いたワールドカップ出場には、ついに届かなかった。

 それがドーハの悲劇である。


「僕とツートップで?」

「いやあ、俺としてはキングと組みたいな」

「それは僕だって同じだよ」


 もしくは、当時スーパーサブっていわれた中山(なかやま)選手ね。




 さて、馬鹿話をしているうちに、けっこう剣呑な光景が展開されている

街道が見えてきた。


 土煙をあげて逃げる二頭立ての馬車と、それを追うモンスターの集団。

 三十匹くらいはいるだろうか。


 頭にちいさな角を生やし、大人の胸ほどの身長をした小鬼どもだ。

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、猛然と馬車に追いすがっている。


「ファンタジーの定番、ゴブリンだな」


 にぃ、と、マリーシアが笑う。

 嗜虐的な笑みだ。


「どっちを助ける?」

「それ、確認することかよ!」


 走りながら、もにょもにょと口を動かす。

 呪文の詠唱をしているのだろう。


「ぶっ散らばりやがれ! ファイアボール!!」


 かざした両手から放たれる火の玉。

 一瞬の時差を置いて、ゴブリンどもの中心で炸裂する。

 盛大な音を立てて。


 爆発に巻き込まれた小鬼どもの腕や足が千切れて飛ぶ。

 ざっと十匹ほどが一撃で絶命しただろうか。


「きったねえ花火だぜ」


 げらげらと笑うマリーシア。

 おかしいね。ゲームの中の彼女は、そんな笑い方はしなかったよ。


 思わぬ方向からの攻撃に蹈鞴(たたら)を踏むゴブリン軍団。

 その間隙(かんげき)を突いて、僕はさらに加速した。


 驚いて立ちすくんでるような敵を攻撃しないほど、戦士エイリアスは甘くもぬるくもない。


 中心部に躍り込んで、長剣を一閃。

 哀れな小鬼を斬り捨てる。


「さあこい! モンキー野郎ども!!」


 叫びとともに。


 大音声(だいおんじょう)にびびったのか、ゴブリンの顔におびえが走る。

 計算通りだ。


 でっかい声で威迫ってのは、じつはけっこう有効なのである。

 だからヤクザとかチンピラは、まず怒鳴るんだよね。


 無言のまま殺すって方がクールだけど、多勢に無勢なんだから、あんまり格好にはかまっていられない。


 腰が引けちゃってるやつから、ざっすざっす殺してゆく。

 油断なく。


 最近のファンタジー作品で、じつはゴブリンって危険な相手なんだよって描かれてるけど、あれは半分だけ正解だ。


 べつにゴブリンに限らない。

 殺意をもって襲いかかってくる敵に、危険でないものなんて存在しないのである。


 突き出される粗末な短剣を紙一重で回避し、首を刎ねる。

 噴水のように吹き上がった血が地面を叩く。


「モンキー野郎どもは、味方にかける言葉だぜ。エイリアス」


 背後にまわりこもうとしていたゴブリンを袈裟懸(けさが)けにしたマリーシアがつっこみをいれてくれた。

 追いついたのである。

 これでこっちの戦力は二倍。


「細かいことは良いんだよ。汎用性の高い名台詞なんだから」


 背中合わせになった僕たち。

 最初の攻撃魔法から数えて二十匹近くは倒しただろうか。


 一匹また一匹とゴブリンが逃げはじめる。

 戦意を喪失したのだろうが、逃げるならちゃんと隊列を組んで整然と撤退した方が良い。


 歯抜け状態になったゴブリンの陣列に僕とマリーシアが踏み込み、次々と殺してゆく。

 逃げるのか戦うのか迷ってるような敵なんか、はっきりいって怖くもなんともない。


 結局、ゴブリンどもは八割ほどの損害を出して壊走した。


「戦うなら戦う。逃げるなら逃げる。中途半端が一番ダメだってこったな」


 ぶんと長剣をはらって血糊を飛ばしたマリーシアが(うそぶ)く。

 や。時代劇じゃないんだから、そんなんで血は落ちないって。


 しょんぼりして、死骸がまとっている粗末な衣服で剣を拭う少女である。

 僕もそれに倣う。


「あー やっぱりたいした剣じゃないんだね。刃こぼれしちゃってるよ」

「俺のもだ。一回の戦闘でオシャカとか。質わるすぎねーか?」

「オシャカて。まだ使えるだろうけどね。近いうちにお亡くなりになりそうなのはたしかだね」

「せめてゴブリンどもの武器を拾うか」


 ぶちぶち文句を言いながら、ふたりして使えそうな武器を拾ってゆく。

 気分は追いはぎだ。

 殺して奪って。


「錆びだらけの短剣を使うか、刃こぼれした長剣を使うか、そこが問題だ」


 ハムレットよろしく腕を組むマリーシア。


 できればどっちも遠慮したいね。

 あんたは魔法があるからまだマシだろうけど、戦士の僕としては武器にはこだわりたいよ。


「あの……危急を救っていただき、感謝いたします」


 と、背後から声がかかった。


 振り向くと、立派な身なりの男性が立っている。

 馬車の人かな?


 そのまま逃げずに戻ってきちゃったんだね。

 律儀だなあ。



※参考資料


宇宙の戦士


ロバート・A・ハイライン 著

矢野徹 訳

早川書房 刊


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