バトルオブ魔王軍 4
「どうかな? ラーハー」
「だめデースね」
僕の問いに、おかしげなポーズで聖女さまが首を振る。
インドの神様かよ。
「みんな、お亡くなりになってマースね。ナンマンダブーゴマンダルブー」
なあ。
太陽神ラーファの聖女として、本当にそんな態度で良いと思っているのかい?
「異教徒には死を。死んだ異教徒だけが良い異教徒なのデースよ」
僕のジト目に、言い訳がましく応えたりして。
十字軍遠征のときの聖職者みたいなことまでいってるし。
「魔族やモンスターにまで博愛ってわけにはいかねーさ」
両手を広げてみせるマリーシア。
まして、戦っている相手である。
殺さないように気を使って戦えるほど、僕たちにだって余裕があるわけではない。
異種族だとか人間だとかいう以前の問題である。
前にも言ったと思うけど、殺意をもって襲いかかってくる相手に、危険でないものなど存在しないのだ。
これじつは、相手が子供だって同じ。
子供が大人を殺せるわけない。女が男を殺せるわけない。なんて思ったら大間違いで、体力で劣ると思ったら作戦も立てるし道具も用意する。
けど、最後の最後、決め手になるのは殺意だ。
なにがなんでも殺そうとする意志。
これを持っている相手は本当に怖い。
諦めないから。
もし腕を切り落とされたら、その腕で殴りつける。
もし首を切り落とされたら、その首で喉笛を噛み切る。
そんな覚悟の敵に、手加減なんてできない。確実に息の根を止めるまでは、背中を見せることなんてできないのだ。
「仕方ないか」
「前のときがラッキーだったのさ」
僕の歎息にザンドルが同意してくれる。
ダークナイトのデイビスと戦った際、僕たちは捕虜を得ることができた。
魔法使いで、たまたま遠くにいたから、接近戦に巻き込まれなかったのである。
今回はそういう幸運には恵まれなかったようだ。
「女だったらまた楽しめたのにな」
きししし、と笑うマリーシア。
下品すぎである。
あと、悪役そのものである。
情報を得るために、ちょっとした快楽拷問をおこなっただけだ。
オッサン四人の性技を駆使して。
その結果としてホウライ国に来ることになった。
情報を得られないのは痛いけど、無い物ねだりをしても始まらないのだ。
「確証が欲しかったけど仕方がない。装備を調えて魔王に挑もう」
「ルーファスと合流していないのにか?」
僕の提案に首をかしげるザンドル。
マリーシアとラーハーも似たような表情だ。
帰るなら五人で。
これは僕たち全員の、暗黙の了解である。
「ホウライにルーファスはいないと思うんだよ」
「そのこころは?」
やや真剣な顔で、マリーシアが問い返す。
たぶん言いたいことに気付いてるね。これは。
「ルーファスはすでに魔王軍に捕まっているかもってのが、可能性のひとつ」
僕は指を一本たてる。
じつは、いくつかの場合が考えられるんだ。
その中にはもちろんルーファスがホウライのどこかに隠れている、というものもある。
どこかで一人、魔王軍と戦ってるって可能性だってあるだろう。
けど、ここまで合流できないってのは、さすがにおかしい。
噂も聞かないしね。
「だから、すでにルーファスの身柄は魔王軍が押さえてるんじゃないかって? お前らしくもない雑な推理だな。エイリアス」
ふんと美少女が鼻を鳴らし、僕は言葉につまった。
ものすごい大きな穴があるのだ。
僕の推理には。
「魔王軍は俺たちを殺すつもりで襲ってきてるのに、ルーファスだけ生け捕りにする理由なんざ、ないわなあ」
唇を歪める。
その通りだ。
ルーファスだけを生かしておく理由など、魔王軍にはない。
では、すでに彼は殺されてしまったのか。
「そうじゃねぇよなぁ」
「うん。もともと、おかしなことだらけなんだよね。僕たちが日本で死んだことだって」
マリーシアの言葉に、僕は肩をすくめてみせた。
TRPGをするために集まった五人のおっさんが、たまたまこの世界の人間に殺される。
どんな数学的な確率だって話である。
「……河岸を変えないか? 死体が散らばるなかで立ち話って内容でもなさそうだし」
ラーハーが提案した。
あやしげな口調は作らずに。
内院をあとにした僕たちは、魔王軍が食堂として利用していたのであろうホールに移動した。
彼らの荷物や食材なども残っている。
「で? どういう事なんだ?」
テーブルにつきながら、ザンドルが訊ねた。
もちろん食事をするわけじゃない。
座って話ができそうな場所が他になかっただけだ。
「順を追って話すね」
一呼吸おいて、僕は自説を開陳する。
五人全員が同時に死ぬなんて、そう滅多にあることとは思えない。
僕が白い人に言ったことだ。
それに対して、この世界のものに殺されたのだという回答を得ている。
魔王復活の供犠として。
あのときは反論しなかったけど、べつに納得したわけじゃない。
まず手段がわからないよね。
世界を超えた殺人なんて、たとえば地球の科学力をもってしても不可能だ。
魔法的ななにかでおこなった、ということなんだろうけど、これまでのところ、そんな大魔法なんて見てないし聞いてもいない。
そもそも、なんで僕たちが生贄に選ばれたのかって部分も、なんかちぐはぐな印象だ。
これも前に言ったと思うけど、生贄なんて汚れなき若い乙女ってだいたい相場が決まってる。
まあ、そこまで処女信仰しないしても、くたびれたオッサンどもって選択は、もっとないだろう。
じゃあ、どうして僕たちだったのか。
偶然、たまたま、宝くじにでも当たるような確率で選ばれたって可能性は、もちろん否定できないけど、僕は違う説を提唱する。
「この世界のものと、なんらかの取引があったんじゃないかって思ったんだよね」
「取引?」
ザンドルが腕を組み、マリーシアが視線で先を促す。
「こちらの世界の誰か……たとえば魔法を熟知しているってことで、魔族あたりが適当かな。取引を持ちかけた」
「それはたとえば、魔王になってくれとか、そういう取引か?」
うつむいたまま、ラーハーが質問した。
いや、質問というより確認かな。
彼女もまた気付いてしまったんだろう。
僕はゆっくりと頷く。
いつまでも姿を見せない五人目の仲間。
白い人は、こちらの世界に転生していると言ったのに。
「まさか……そういうことなのか?」
ザンドルも気付いた。
「そうでなければ良い、と、ずっと思っていたよ。僕も」
しかしどうやら、もう疑う余地はなさそうだ。
僕たち五人を生贄にして魔王を復活させた。
この文言は、後半部分が不正確なのである。
僕たち五人の体を供物として捧げ、魔王が誕生したのだ。
「つまり、魔術師ルーファスじゃなくて、魔王ルーファスってことだやな」
両手を広げてみせるマリーシア。
あっけらかんとしているのは、彼女もまたずっと前からこの結論に至っていたってことなんだろう。
反対に、ザンドルとラーハーは絶望の表情で首を振っている。
そんなばかな、とか呟きながら。
気持ちは良く判る。
僕たちを殺したのが、三十年来の親友だなんて暗澹たる気持ちにならない方がどうかしているだろう。
「なんか事情はあったのかもしんねー けど、それをここで忖度したってはじまんねーべや」
「だね。直接本人に訊かないと」
頼もしき相棒の言葉に、僕は頷いた。
それに、これはまだ予測というか、推理でしかない。
あんがいルーファスは、囚われの姫さまよろしく、魔王の城に捕まってるだけかもしれないのだ。
「挑んで訊いてみるしかねーべ。そんで、くそくだらねー答えだったら、四人でボコる」
マリーシアが笑い、僕たち三人も微笑を浮かべた。
何に悩んでいたか知らないけど、一人で抱え込んだあげくに、こんなわけのわからない解決法をとられたのでは、僕たちに立つ瀬がない。
伊達や酔狂で三十年も付き合ってないんだ。
ちゃんと打ち明けろって話である。
「うん。くだらなくなくても殴るべきだね」
ふんと鼻息を荒くした僕に、仲間たちが大きく頷いた。




