バトルオブ魔王軍 1
腰後ろの隠しから、ザンドルが二振りのショートソードを抜く。
室内戦である。
弓は使い物にならないのだ。
「いくよ」
「おう!」
聖剣アイリスを構えた僕と、同時に前進する。
「ひぃぃぃぃっ!」
視界の隅で、ゾダンが悲鳴をあげながら逃げていった。
正しい選択だ。
正直、彼を守りながら戦えるほど生やさしい相手ではない。
ぶぉんと風を切って振るわれる大鎌。
間一髪、左右に跳んで避ける。
速い。
下半身が蛇のクセに、なんて速さだ。
「いや? 蛇ってかなり速いぜ?」
遊撃の位置についたマリーシアが、矢継ぎ早に攻撃魔法を放つ。
まったくいらない情報と一緒に。
着弾の直前、ラミアの左腕に淡く輝く光の盾があらわれる。
そしてそれは、なんとマリーシアの魔法を跳ね返した。
「反射魔法ってか! めんどくせぇ!!」
二転三転と蜻蛉を切って、自らが撃った魔法を回避するマリーシア。
ラミアの反射魔法も反則くさいが、こいつの反応速度だってたいがいバケモノじみている。
魔法でも矢でも良いけど、基本的に避けられるような速度では飛んでいないのだ。
「ふんっ!」
マリーシアへの対応に追われている隙に接近し、聖剣を振るう。
「なんとぉ!!」
大鎌で受けられた。
なかなかやる。
そのまま鍔迫り合いに移行し、ぐいと押し込むがラミアは小揺るぎもしない。
すごい膂力だ。
けど、ここで僕が引くわけにはいかない。
素早く後背に回り込んだザンドルが左右のショートソードで攻撃を仕掛けた。
なんとそれを、ラミアは大蛇の尾を振って防いだ。
がきんがきんと刃と鱗がぶつかる音が響く。
右手の鎌で僕の攻撃を、左手の魔法でマリーシアの攻撃を、そして尻尾でザンドルの攻撃を凌ぐとか。
ちょっと信じられないくらいの戦闘力だが、これで手詰まりだ。
いくら完璧に防いだといっても、僕たちは三人で仕掛けているのである。
すぐにでも攻撃のパターンを変えることができる。
そしてそれは、当然のようにラミアも判っているだろう。
ぎらりと目が光る。
瞬間、僕は大きく右に跳んでいた。
ぎりぎり間に合ったが、逃げ遅れたマントの一部が石化してしまう。
「くそ!」
咄嗟に首の留め金を壊し、急激に重さを増したそれを捨てる。
床にぶつかり砕ける石化したマント。
が、ごくわずかに隙ができた。
ぶんと風を切って迫る大鎌。
防御も回避も間に合わない。
「ぐっ!」
左腕で受ける。
ラーハーがかけてくれた防御魔法と鎌の魔力がせめぎ合い、過負荷の火花が散る。
ぱりん、と、ガラスの割れるような音とともに、プロテクションが砕けた。
そのときには、もちろん僕は床に身を投げ出している。
頭髪を数本斬り飛ばして鎌が通過してゆく。
数秒にも満たない攻防。
必殺の攻撃を受けられ、かわされ、ラミアがバランスを崩した。
それはごくわずかなものでしかなかったが、マリーシアとザンドルにとっては充分すぎる隙だった。
同時に踏み込んだ二人。
ショートソードとカタナが交錯し、ラミアの左腕を斬り飛ばした。
響き渡る絶叫。
滅茶苦茶に鎌が振り回される。
「こりゃたまらん」
接近戦を避けて距離を取ろうとしたマリーシアの胸先を、掬いあげるように漆黒の刃が通過する。
扇情的な衣装の、胸の紐を断ち切って。
「おおっと」
べろーんと露わになる豊かな乳房。
ものすごいサービスシーンである。
このときほど、僕はマリーシアの中身がオッサンだったことに感謝したことはない。
もし彼女が見た目どおりの美少女だったら、間違いなく目を奪われていただろうから。
戦場において、その隙は命取りだ。
だから僕がマリーシアに一瞬だけ視線を投げたのは、彼女がダメージを受けていないかを確認するためでしかない。
おっぱいなんぞ見てもいなかった。
ましてや、
「いやーん。まいっ○んぐ」
などという、くだらない言葉は、最初から聞いてもいない。
振り回される大鎌をかいくぐり、一気に踏み込む。
「せい!!」
そして振るわれる聖剣アイリス。
袈裟懸けに。
絶叫がふたたび轟いた。
のけぞったラミアの両目を、大きくジャンプしたザンドルのショートソードが切り裂く。
もちろん、石化光線を封じるために。
僕は振り抜いた剣を、そのままバックハンドで切り返す。
「疾っ!」
「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
胴薙ぎの剣光と、蛇女の断末魔が重なった。
「フーウ」
わざとらしい安堵の息とともに、ラーハーが錫杖をおろす。
先端に灯っていた光が徐々に薄れてゆく。
彼女はもちろん、ただぼーっと観戦していたわけではない。
いつでも支援魔法を使えるような状態で待機していたのだ。
今回は幸いなことに大きな怪我をしたものはいなかったが、備えなくても良いよって話にはならないのである。
まして相手は大物だ。
完勝したようにみえて、けっこう綱渡りの勝負だった。
「なんとか勝ったな」
愛刀を鞘に戻しながら、マリーシアが近づいてくる。
「乳を隠せ」
「いいじゃねえか。さーびすさーびす」
下品にも左右に揺すってやがる。
「くだらねーことしてんなよ」
ザンドルがごちんとマリーシアの頭に拳骨を落としてから、自分のマントをかけてやった。
「ってーな。せっかくこんな美少女がおっぱい出してんのに、嬉しくねーのかよ」
ぶちぶちと文句を言う美少女魔法剣士だった。
嬉しいか嬉しくないかで答えるならば、まったく嬉しくない。
同い年のオッサンが美少女化した姿のおっぱいがみたいですかって話である。
見たくないというより、むしろ痛々しくて見ていられない。
「よーし。エイリアス。ちょっと表でろや」
「OK。今日という今日は決着をつけてやる」
ふかーふかーと威嚇しながら睨み合うマリーシアと僕であった。
呆れたようにザンドルが肩をすくめる。
「けど、困りマシタねー 殺しちゃいマシター」
たいして困ってなさそうなラーハーだ。
仕方のないことである。
手加減をする余裕はなかったから。
攻撃に参加していた三人が、総力をあげてなんとか倒したのだ。
生きたまま捕獲して情報を吐かせるというのは、すこしばかり無理がある相手だった。
「仕方ないよ。ラーハー。命か情報かって二者択一だからね」
僕は微笑した。
後者を選ぶ馬鹿はいない。
「けど、手がかりがなくなってしまいマシター」
「そうでもないよ」
ラミアは、べつにひとりぼっちでここまで旅をしてきたわけじゃないだろうからね。
僕たちを騙そうでも倒そうでも良いんだけど、その任務に高位とはいえモンスターが一匹ってのは、ちょっとリアリティがない。
まず間違いなくチームで動いている。
最低でも二人以上の。
でなければ、本拠地に報告すらできないから。
現代日本ではないので、電話も無線も存在しないのである。
作戦を立てるもの、それを実行するもの、報告をおこなうもの、見届けるもの、補給等を担当するもの、そしてそれらを統括指揮するもの。
ざっと考えただけでも、このくらいは絶対に必要だ。
「あとはアレも必要だべな。前線基地てきなやつ」
「まあね」
口を挟むマリーシアに、僕は頷いた。
魔王軍だって、ずっと野宿ってわけにはいかない。
となれば、どこかに拠点を持つのは道理である。
そして彼らは、あんまり街の中に住むことはできない。見た目が特徴的すぎるから。
いくら協力者がいたとしてもね。
ちらりと視線を動かす。
部屋の隅でがたがたと震えている商人、ゾダンへと。
「どうやら俺らに語ってないことが、まだありそうだなぁ」
鼻歌交じりのマリーシアだ。
いいから、お前さんはとっとと自分の服を着なさい。
あとラーハーもね。
誰も喜ばないんだからさ。
いつまでもそんな格好でいたら腹を冷やすぞ。
「まあ、どうしてこのタイミングでラミアが襲ってくることを知っていたか、まずはそこから伺いますかね」
我ながら、人の悪い笑顔を浮かべる僕だった。




