ビジネスオブおっさんず 8
僕とザンドルは、使者に案内されて富豪の屋敷へと向かった。
ちなみ、ゾダンってひとらしい。
ナナミロと同じく交易商人だという。
「しっかしあいつらも、普通に情報を集められねーのか」
ぼやきのザンドルだ。
若い娘が酒場で知り合った男の屋敷に転がり込むとか、危機管理がなってなさすぎる。
ぶちぶち言ってるし。
きみはお父さんか。
つーかあいつら、中身オッサンだから。
意気投合した相手の家に遊びに行った、男同士なんだから危険なんぞないだろ、くらいの感覚なんだろうさ。
「それが危ねえって言ってんだよ。あんなんでもあいつらは女の体だ。なんかあったら妊娠とかしちまうんだぞ」
お父さんは心配性である。
まあ、たしかにそれはそうなんだけどね。
「今ですらめんどくせえのに、悪阻だ出産だ育児だと巻き込まれるんだぞ? オレもお前も」
吐き捨てている。
うん。
心配性じゃなくて、まことに現実的な危機感だった。
「やばいね。そいつは」
おもわず頷いちゃう僕である。
だってさ、あいつらの生理用品とか、僕とザンドルで洗ってあげてるんだよ?
「腹と腰が痛くてうごけねえ。布の予備もねえ。何とかしろ」
って命令されるんだ。
しかも鎮痛剤なんて存在しないから、マリーシアもラーハーもひたすら耐えるしかない。
ままならないイライラをぶつけてくるんですよ。
もちろん僕たちだって、どうしてあげることもできない。
これで妊娠出産って話になったら、果たしてどうなっちゃうのか。
ちょっとばかり、中年オッサンズにはきつい話です。
「女の体をたしかめてみたい、とか思いそうで怖いんだよ。あいつらは」
「わかるわー ちょーわかるわー」
あのふたりは本気で冒険者だからね。
海外で現地の娘さんをナンパするくらいだもん。
僕やザンドルには、さすがにそんな勇気はないよ。
ある程度の安全が保証された場所でないと、遊ぶなんてとてもとても。
食べ物とかだって、「これ初めてみるな。食ってみよう」みたいなノリだし。
なんでも、不味かったら不味かったで、話の種になるんだそうだ。
どうして話題作りに、そこまで命を賭けるのか。
僕にはさっぱり判らないのである。
「あんまり夜遊びさせないようにしないとな」
「全面的に賛成するよ」
巻き込まれてたまるか同盟の結成である。
退屈から救ったりしないよ。僕たちは。
平和が一番なのだ。
ゾダンの屋敷は、ちょっとびっくりするくらい豪華だった。
僕がお世話になったライカルの屋敷も立派だったけど、それすらはるかに凌いでいる。
お金って、あるところにはあるもんなんだねぇ、というベッタベタな感想を抱くしかないほどに。
そして、なんか使用人っぽいひとに案内されて広間にいくと、マリーシアとラーハーが、ゾダンに侍っていた。
ものすごい扇情的な格好をして。
マイクロビキニ的なやつ。
うん。
なにやってんだって話である。
「よーう。エイリアスにザンドル。遅かったじゃねーか」
「どうデースかー? 似合いマースかー?」
「連れて帰ってください。お願いします。お金なら払います」
両側から美少女にはさまれた恰幅の良い中年男が、たぶんゾダンなんだろう。
まったく嬉しそうには見えず、非常に弱り切った表情だ。
気持ちは判る。
僕だってそのポジションは嫌すぎるもの。
横を見ると、ザンドルが頭を抱えていた。
ほんとね。どうしたもんだべね。
「あー この状況の説明をしてもらえますか? ゾダンさん?」
仲間ではなく富豪の方に訊ねたのは、マリーシアとラーハーに訊いたって、ろくな答えが返ってこないのは明白だからだ。
「申し訳ありませんでした。勇者さまを陥れようとしたこと、万死に値しますが、ひらにひらにご容赦を」
がばっと床に身を投げして平伏しちゃった。
マリーシアが肩をすくめる。
やりたくないけど、彼女に説明してもらわないといけないのか。
「どういうことなの?」
「たいしたことはしてねーよ。お前らがくる前にちょっと情報を集めようと思ってな」
いろいろとやらかしたらしい。
具体的には、護衛の傭兵どもを皆殺しにしたりとか、そういうことを。
昨夜のうちに屋敷の人口が半分になってしまったゾダン邸である。
すっかりびびっちゃった富豪は、面白いようにぺらぺらと情報を吐き出し、ついでに高価なマジックアイテムとかも差し出したらしい。
ぶっちゃけ単なる押し込み強盗だ。
むしろ通報されろ。投獄されろ。
「んで、ただでもらうのも悪いからな。俺とラーハーでサービスしてやってたんだけどよ」
両側に座ってお酌をするってのはサービスだったらしい。
まあ、扇情的な格好もしてるしね。
「ちぢこまっちまって、たちもしねえ。せっかく俺らで抜いてやろうと思ったのに」
OK。
お前らはアウトだ。
僕はザンドルに目配せする。
無言のまま前進した僕たちが、ダメすぎる美少女たちをひょいと小脇に抱えた。
細いし軽いからね。
そしてそのままゾダンから距離を取る。
こんなのが近くにいたら、そりゃ怖いだろうから。
あと、抜くとか言わない。
物理的に引き離され、ゾダンはあからさまにほっとした顔をした。
「マリーシアとラーハーが怖がらせたようで申し訳ありません。こんなんでもエゼルの従士とトリアーニの聖女なんですけどね」
僕は愛想笑いを浮かべる。
情報を得たなら、これ以上追いつめる必要はないだろう。
彼は小者である。
魔王軍の幹部とか、そういう立ち位置ではないだろうし、そもそも重要人物だったら、マリーシアがこんなふざけたことをして遊んでいるわけもない。
「め、めっそうもございません」
ぺこぺことバッタみたいに頭を下げる富豪。
さすがに可哀想である。
「僕たちを騙したことについては、立場あってのことでしょう。咎めるつもりはありませんよ。マリーシアたちが奪ったものもお返しします」
「えー?」
「えーじゃない。あきらかにやりすぎだよ。マリーシア」
不満を漏らす相棒をたしなめる。
だめでしょ。
罪以上の罰を与えるとか。
「だって、こいつを痛めつけてれば、そのうち魔王軍が出てくるんじゃね?」
「ひぃぃぃっ!?」
「やっぱりそういう計算か」
悲鳴をあげるゾダンとため息をつく僕。
マリーシアの発想は、基本的に敵を罠にはめようとする。
マスタリングでも、けっこう罠を張り巡らせるタイプだ。伏線の使い方が上手いから、プレイヤーは後になって「あああ! あれがそうなのか!!」と納得したり悔しがったりすることが多い。
これがまた面白いんだ。
悔しいけど、むちゃくちゃ面白い。
ちなみに僕のマスタリングは、もっと王道な感じだね。
ヒロイックファンタジーの世界で、英雄になっていくストーリーを楽しんでもらうってシナリオにするのが多い気がする。
絵に描いたような大冒険ってのが好きなんだ。
「マジックアイテムは差し上げますから、どうかどうかお引き取りを!」
ゾダンは、可哀想に両手まですりあわせてるし。
けど、それは悪手かな。
商人が、しかも豪商が簡単に高価な魔法の品物を諦めるってのは、ちょっとリアリティがないよ。
喫緊に命の危険が迫ってるとか、そういうことでもないかぎりね。
命か金かの二択なら、そりゃあ命を取るだろうさ。
こっちが返すって言ってるのを断ってまで追い払おうとする。
つまり、
「そろそろお出ましだぜ。みんな」
にやりと笑ったマリーシアが注意を促す。
次の瞬間、広間の壁が砕け散り、何かがあらわれた。
大蛇の下半身に女性の上半身。
秀麗な顔だが髪は無数の蛇で、手にはなんかものすごく邪悪そうな形の大鎌。
かなり高位のモンスター、ラミアである。
危険度という点おいては、ぶっちゃけダークナイトよりも上だろう。
なにしろこいつは、目から石化光線を放つのだ。
かすっただけでも洒落にならない。
「まんまと罠にかかったな。勇者ども」
蛇女の唇が歪む。
「いや? 罠に落ちたのはおめえだよ?」
「アナタが現れるのを、まっていたのデース」
マリーシアがカタナを抜き、ラーハーが錫杖を構える。
勇ましい台詞とポーズだが、服装はマイクロビキニだ。
ここはストリップ劇場かよ。
「さあ。覚悟しやがれ」
「でもとりあえずは、プロテクションですネー」
防御魔法を使う聖女さま。
うん。
それが良いと思うよ。
僕たち四人の体が、光の鎧をまとった。




